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2012/09/12更新

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本連載では、先進的な取り組みをしている教育の現場にお伺いし、どのような人材を育てるべく、どんな観点で何を教育されているのかについてご紹介します。今回は、早稲田大学 先進理工学部 応用物理学科でCGやCV、音などの研究に幅広く取り組まれている森島 繁生先生〈http://www.mlab.phys.waseda.ac.jp/〉にお話をお伺いしました。


どんな経緯でCGの世界に進まれたか、また学生時代にはどんな研究をされていましたか?

森島 繁生 先生

スタートはCGではなかったんです。1984年に東京大学 原島博研究室の博士課程一期生として、情報理論とか信号処理を研究していました。当時原島研は新進気鋭で、宮川洋教授の研究室の傘下にあり、通信以外にも医用画像処理や脳波解析など幅広い分野を研究していました。宮川研の先輩たちは文字認識、暗号、AIなど、分野に捕らわれず、興味のあることをわりと自由にやっていましたが、それぞれの分野でオーソリティになるように教えられていましたね。自分は、修士論文で医療診断エキスパートシステムの推論部分を音声認識に移植し、AIベースで音声認識精度の向上を図る研究をし、87年に博士号をいただきました。画像の研究にも興味はあったのですが、当時は、512×512ピクセルのカラー(RGB)画像1枚を表示するフレームメモリが500万円以上もしていたので、手軽に画像の研究ができる環境ではなかったです。まだまだCGという分野が日本では活発ではなく、どちらかといえばMPEGの基礎となる画像符号化などの通信技術に注力されていたと思います。


その後CG分野に興味をもたれた経緯を教えてください。

たしか90年頃ですが、知的符号化の研究に携わることになりました。電話線という極めて狭帯域の通信路を通して音声プラスアルファの情報量で、画像通信を擬似的に実現するというものです。送信側の情報、状況を分析し、そのパラメータのみから、受信側でリアルに画像合成して情報伝達する技術です。少ない情報量でクオリティをおとさずに、アバターという分身が送信側の情報を受信側に的確に伝達させる、といった認識と合成を加味した通信システムの研究に没頭していました。通信の思想はもとの情報を劣化なくありのまま伝送することが目的ですから、その信号に加工を加えるというのは極めて斬新なアイデアでした。受信側により的確に送信側の感情や状況をどう伝えるか、どうパラメータ表現すればよいかを突き詰めて行くうちにこれって通信じゃなくてCG(コンピュータグラフィックス)だよね?CV(コンピュータビジョン)だよね?と思うようになってきました。そうこうしているうち、光ファイバの時代になり、情報圧縮の必要は無くなってきたんです。通信路容量が大きくなり、電話線みたいに伝送レートの低い時代は終わりを迎えた。もう何も加工する必要もなく、ハイビジョンで送ってしまえばいい、送れてしまう技術があたり前の時代になりました。そうすると、通信路の話は渦中になくなり、つまり情報量の大小については解決されたわけですから、課題として残された末端のCGとCVの技術の先進的開発に必然と移っていきました。


ご卒業後の進路について教えてください。

大学院卒業後の進路が、いま思えば転期だったかもしれません。企業の研究所で働く道もあったのですが、自由さという点で成蹊大学での講師の道を選択しました。でも、いざ着任してみると研究室にはPC_9801が3台しかなくて、これじゃあ何もできない!と原島先生にお願いして、夜中に研究室をお借りして毎日朝まで成蹊の学生と研究をさせてもらいました。当時原島研には、一枚一枚動画を蓄積して、連続的にフレームレート60とか30で再生する2秒程度の動画像をつくれる動画像シミュレータがありました。いまでこそPCで普通にできることですが、当時は動画をつくるためにこのような特別な装置が必要でした。その装置でモナリザがしゃべるリップシンクアニメーションを87年頃につくりましたが、これが森島研のCG分野の研究の黎明期という位置づけでした。当時は装置が仕事する時代だったので、何をやっても先駆的でよい時代でした。

モナリザ
1994年
ベターフェースコミュニケーション

そうして少しずつCG分野へ足を踏み入れていくことになり、93年頃からSIGGRAPH(シーグラフ)〈http://www.siggraph.org/〉に毎年必ず参加するようになりました。現在、UCLA(University of California Los Angeles)に在籍されているデメトリ・テルザポーラス氏〈http://www.cs.ucla.edu/~dt/〉が当時トロント大学で、顔の筋肉モデルの論文をだされていたのですが、これがとても興味深く、印象に残っていました。この頃、第二の転機が訪れます。ATR(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)での共同研究に参加していたこともあり、ATRの国際シンポジウムで講演を行うことになったんです。そこにデメトリ・テルザポーラス氏も顔関係の研究発表者として参加されていました。それがきっかけで、トロント大学のコンピュータサイエンス学部客員教授として一年間招聘いただきました。おもに人工生命関連の研究をし、先端の研究者たちとの交流も深まりよい刺激になりました。そして、94年にベターフェースコミュニケーションという来場者の顔を即座に取り込んでアバタ生成し、リップシンクや表情合成を行うインタラクティブ作品を95年にロサンゼルスのSIGGRAPHにだしたところ、みごとプレゼンデビューとなりました。この頃から、本格的にCGの世界にのめり込み始めましたが、まだまだ国内では外様な感じでしたね(笑)。デメトリ氏とは、何本か共著で論文も書きましたが、いまでも仲の良い親友です。

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森島 繁生 先生

早稲田大学 先進理工学部
応用物理学科 教授


早稲田大学理工学部教授/工学博士。87年東京大学大学院博士課程修了。同年成蹊大学工学部専任講師。1988年同大助教授、2001年同大教授。2004年より現職.この間、1994年から1995年トロント大学客員教授、1999年より2008年ATR客員研究員、2008年より2010年NICT客員研究員。現在、明治大学非常勤講師、 新潟大学非常勤講師,早稲田大 学セキュリティ・セイフティ研究所所長を併任。1991年電子情報通信学会業績賞、2001年インタラクションベストペーパー賞、 2009年WISSソネット賞、2010年電気通信普及財団賞テレコムシステム技術賞受賞。顔学会、画像電子学会、芸術科学会各理事。