大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.9 映画「HINOKIO」で、子供たちが未来に飛翔する勇気を与えたい。

自分の分身となって代理登校する二足歩行ロボット。


印象的な白とオレンジの筐体、部品が露出したボディ、どことなく愛らしさが感じられるロボット「HINOKIO」。このロボットを生み出し、映像にしたのが秋山貴彦監督だ。これまで「河童」、「ACRI」、「FINAL FANTASY」など数々の映画でVFX監督を務め、「HINOKIO」が第1回監督作品となった。CGが大活躍するこの映画では、監督・原案・脚本を兼ねるとともに、もちろんVFXも担当している。
 「この映画の構想は20年間にわたり温めてきました。人工知能を持つ『鉄腕アトム』のような自立型ロボットではなく、遠隔操作のできるロボット、人間の感覚の代わりとなって働く、インターフェィスとしての独立した機械を造り出すことに興味があったのです。普段なにげなく使っている携帯電話やインターネットなどによって私たちの身体感覚や意識は次第に拡張されてきたといえます。このような道具が進化した形態として遠隔操作のできる二足歩行ロボットが誕生したらどうなるか・・」と、秋山氏は映画でまずこの問いかけをしたかったという。
映画では引きこもりになった少年が自宅にいながら操作することでロボットを代理登校させ、自分も学校という集団生活を疑似体験していく。
遠隔操作のロボットというテクノロジーがもたらす友人や家族との新しいコミュニケーション。人間の意識と感覚、心と体がバラバラになったとしたら…そこから何が生まれるのか。引きこもりの主人公の意識の変化をたどり、彼を通して現実と非現実、「HINOKIO」というフィルターを通したもう一つの現実を観客は体感する。こうした、現代人がすでに無意識の裡にもっている新しい現実認識のあり方を浮き彫りにしながら、映画は子供たちの心のありかに焦点を絞って、未来に飛翔するための勇気を描いていく。
これらのテーマが根底に流れているこの作品を作るにあたり、視覚的な効果として、こだわらなくてはならない点がいくつかあったと言う。

ロボットが本当にそこに存在しているかのように見えるVFXメイキング。


1つは、現実と非現実の違いを明確に観客に判らせる為の仕掛けを作ることだった。それは、通常の映像部分は、懐かしい未来というコンセプトで「HINOKIOトーン」なる独自のカラーを設定し、近未来でありがら、生活とテクノロジーの融合した世界をノスタルジックに表現。そして、「HNOKIO」を通して見る主観映像には、通常の映像とトーンを変えた生々しい色彩と特別な魚眼レンズを用いることにより実現した「HINOKIOビジョン」。それによって主人公サトルが接している曖昧な非現実の世界というものを観客に印象付ける効果を狙うというこの映画独特のテイストを作り上げた。

そしてもうひとつ、この映画の最大の課題となるロボットのHINOKIOが、現実の世界に全く違和感なく融合すること。「ロボットが自然にそこに存在することで、主人公サトルの分身としての役割と意義が果たせるからです」と秋山氏。この違和感のない融合を実現するために実写の背景にCGの「HINOKIO」とが合成されるショットの場合、最低でも5回以上の撮影が一場面ごとに繰り返されている。
1.モーションアクターと役者のガイド映像 (HINOKIOトーン)
2.モーションアクター抜き役者のみ (ノーマルトーン)
3.プロップリファレンス 参照用映像 (ノーマルトーン)
4.プロップリファレンス 参照用映像 (HINOKIOトーン)
5.グレー & ミラー (ノーマルトーン)
6.その他、影素材など (ノーマルトーン)
 
このように、ガイド映像や参照用映像の撮影でVFXの精度を高めるとともに、グレーボールやミラーボールを同じように動かして撮影することで、HINOKIOの陰影や周りの環境の映り込みをCGの世界でうまく再現している。

また、実物大プロップを制作したことが、映像のクオリティを高めるために大きな効果をもたらしたという。このプロップを一場面ごとに撮影したリファレンス映像を参考にCG作業を行うことにより、限りなく実写に近いリアリティ溢れるCG映像を追求することが可能となった。
これらの撮影を終えた後さらに、モーションキャプチャーデータの作成、マッチムーブ、バレ消し、エフェクト、デジタル合成、など莫大な作業を行うために、あらかじめ7ヶ月のポストプロダクションでの作業期間が予定されていた。
主役であるロボットが登場するシーンだけでもこれだけの工程を必要とする「HINOKIO」には秋山監督のこれまでのVFX映像監督としての豊富な経験が活かされている。
この映画の場合、事前にパイロット映像を制作し、次にストーリリール、アニマティクスによるストーリーやカメラの動きの検証や予測を事前に行い、VFXのブレイクダウンの精度を高めることによってポスプロにかける時間やコスト、その配分や撮影を含めた制作の全体計画を立てている。これによって、スケジュール通りにあらかじめ想定された思い通りの映像を創り出している。秋山氏は「多くのスタッフを抱える大掛かりな映画製作、特にVFXが多用される作品では、後でシーンを増やしたり追加撮影などを行うことは大幅な予算超過を招く危険性があります。VFXのクオリティを上げるために必要なリファレンス(参照映像)の撮影、それを行うための撮影段取りの徹底、撮影時の計測などの随所に正確さとスピードと合理性が要求されるんです」と、朗らかで気さくな人柄の奥にある緻密さとこだわり、そしてなによりもこの企画に対する20年の思いを込めて語られる。


自分が本当に好きなもの、夢中になれるものを。

秋山氏は、クリエイティブ分野を目指す学生に向けて「20年前、まさに若い年代だった頃に考えたこと、それがこの映画を始め、これからやろうと思っている企画の根源となっています。目的意識の生まれない『お勉強』はきらいでした。ただ、創りたいものがあったから、CGと出会ったときそれを実現する手段として、いろいろなことを経験しながら学んでいきました。目的があればそれを達成するための勉強や経験は全く苦になりません。だから自分ではあまりがんばったつもりもありません。クリエイティブ分野を目指す若い人は、今思っていること、考えていることを忘れずに思い続けてください。そして、いろんなことに好奇心を持って、チャレンジしてください。決してそれは無駄にはならず将来の発想の助けになってくれるはずです。自分が本当に好きなもの、夢中になれるものを見つけてください。そうすれば夢が実現することも可能なのだということを是非伝えたいと思います」とエールを送った。

【秋山貴彦氏プロフィール 】
東京造形大学の卒業制作で監督した8mm映画「宇宙虫」が88年PFFアワード入賞。CF、博覧会、ライドシミュレーター等の映像ディレクターとして数々の国際賞を受賞。 94年石井竜也監督「河童」、96年同「ACRI」のVFX監督。97年ハワイに渡り、4年の歳月をかけた映画「Final Fantasy」のCGディレクター及びVFXアートディレクターを務める。03年経済産業省主催のプロジェクトインキュベーション型コンテンツ支援事業に採択されたパイロットフィルム「I.G.L」を製作、監督。この企画が映画「HINOKIO」となり、第一回監督作品として05年7月に全国公開された。

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