大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.3 公平で円滑なデジタルコンテンツの流通をめざして。

世界で初めてアナログ耐性を持つ電子透かし方式を開発。

映画やゲームの海賊版やソフトの違法コピー。デジタル化されたコンテンツは品質を落とさずに不正なコピーや配布が簡単にできるため、著作権保護の問題が起きている。デジタルコンテンツの不正コピーを防止する一つの手段として暗号化技術があるが、どんなに優れた暗号化技術でも復号化後のデータに著作権情報を残しにくい。そこで、著作権保護技術として注目されているのが「電子透かし」である。

電子透かし技術とは、画像や音などのデジタルコンテンツに対して、そのデジタルコンテンツとはまったく別の情報を、人間に知覚されないように埋め込む技術。紙幣の透かしは人間でも視認できるが、電子透かしは利用者が気づかないように埋め込まれている。たとえば、デジタルコンテンツの購入者IDを電子透かしで埋め込み、圧縮やフォーマット変換などによりオリジナルのコンテンツデータに修正が加わった場合でも検出できるようにしておくと、不正流通した場合にその出所を特定できるというメリットがある。また、電子透かしを埋め込んでおけば、たとえデジタル画像中の一部を不正に書き換えられた場合でもそれを発見することができる。

このように著作権保護に極めて有益な電子透かしだが、これまではオリジナルのデジタルコンテンツから家庭用VTR(アナログ)などの"アナログ出力を介した不正コピーを防止できる電子透かし"の実現は難しかった。そのネックとなっていたのは、家庭用VTRでのコピーによって画質が劣化したとき、埋め込まれた電子透かしが破壊されるという問題があったからである。

この問題を解決し、世界で初めて家庭用VTRで2回コピーしても破壊されない強固な「アナログ耐性を持つ電子透かし方式」を三菱電機株式会社が開発した。

開発メンバーは、情報技術総合研究所の馬養浩一、伊藤浩、鈴木光義、藤井亮介の4氏と先端技術総合研究所の三島英俊氏。特許出願を国内で10件、海外で2件行っている画期的な技術だ。今回は情報技術総合研究所のマルチメディア符号化伝送技術部の浅井光太郎部長以下、馬養、伊藤、鈴木、藤井の諸氏に話を伺った。

「DVD全盛の時代になりつつありますが、2004年度には国内で約166万台のアナログVTRが出荷されています。しかも、技術の進歩によりアナログ処理後の品質が向上し、オリジナルのデジタルコンテンツが高品質化しているため、現在ではアナログ複製も極めて重要なコピー源となっているんです。電子透かし技術は、アナログ出力を介した不正コピーを抑止するためのとても有効な手段の一つです。当社では以前から電子透かし技術を利用した不正コピー防止技術の研究・開発を進めてきましたが、不正なアナログ複製の抑止を目的とした電子透かし技術の研究開発については、2年前に独立行政法人情報通信研究機構(NICT)殿の委託研究受託を契機に、本格的に着手することになりました」と開発の背景が語られる。

開発目標は、2回コピーした後の画像からでも埋め込まれた情報が検出できること。3回コピーすると画質の極端な劣化で、コンテンツ自体の価値がなくなるという。

透かしの強さと画像劣化の最適なバランスを求めて。

実用化のためには、まず電子透かしが破壊されない条件を明確にする必要があった。そこで、デジタル/アナログ変換、家庭用VTRによる録画再生、アナログ/デジタル変換からなる一連のアナログ画像信号の処理過程を詳細に検討してシミュレーターを構築。それを利用してアナログ処理が電子透かしに与える影響を多角的かつ徹底的に解析したという。
 「解析の結果、電子透かしとして埋め込む『画像パターン』を構成するブロックサイズが小さいと、家庭用VTRコピー時の画質劣化により画像パターンが破壊され、逆にブロックサイズが大きいと、コピーによる破壊はされにくくなりますが、電子透かしを埋め込むことでの画質劣化が目立つということがわかりました。そこで、試行錯誤を繰り返し、コピーによっても破壊されにくく、かつ、画質劣化が目立ちにくい画像パターンのブロックサイズを決定したわけです」。

その方法について、紙面の制約から開発技術をすべて網羅的に説明することはできないので、技術のポイントを以下に記したい。

電子透かしの埋め込みでは、まず、埋め込みたい情報と対応させた画像パターンを生成する。次に、埋め込み先の映像の各フレームに「+」あるいは「−」の符号をランダムに割り当てる。最後に、先ほど生成した画像パターンを各フレームに埋め込むが、このとき「−」が割り当てられたフレームには画像パターンの正負の符号を反転させて埋め込み、「+」の符号が割り当てられたフレームにはそのまま埋め込む。

検出時には、まず、映像の各フレームに対し、埋め込み時と同様の順番で「+」あるいは「−」の符号を割り当てる。次に、隣接する数十フレームを使ってフレーム平均画像を作成する。このとき、「−」が割り当てられたフレームでは、すべての画素値をマイナスにした上で加算する。このようにフレーム平均画像を作成すると、フレーム平均画像には埋め込まれた画像パターン(電子透かし信号)が浮かび上がってくる。つまり、「−」が割り当てられたフレームにおいて正負の符号を反転して埋め込んだ画像パターンが、検出時に再反転された上でフレーム平均画像が生成されるので、フレーム平均画像では埋め込んだ画像パターンが蓄積される形になる。その一方、オリジナルの画像信号は、「−」が割り当てられたフレームでは、検出時に初めて画素値の符号が反転されるので、フレーム平均画像ではオリジナルの画像信号は0に近い値となる。結局、フレーム平均画像では、埋め込んだ画像パターンが蓄積される一方、オリジナルの画像信号が弱まるため、埋め込んだ画像パターン(電子透かし信号)が浮かび上がってくるのである。

電子透かしの埋め込み例
電子透かしを意図的に見えるようにしている 電子透かしを見えにくく埋め込んだ場合

「デジタル出力なら電子透かし埋め込み時と検出時との画像の位置ずれはありませんが、アナログ出力の場合は機械の変動などで時間・空間方向の位置ずれがすぐに起きてしまいます。そこで、画像パターンの規則性に着目。埋め込み時と検出時でこの規則性が最大限合致する位置を求めることで画像の位置ずれが回復できるようにしました。この方法により、電子透かしをHD(高精細)映像に埋め込んだ後、SD(標準)映像にダウンコンバートしたとしても電子透かしが検出できるようになりました」。

プロジェクトチームではさらに、現在、ほとんどのデジタル映像が圧縮後に配信されていることから、圧縮された映像データへの電子透かし埋め込み技術を開発。電子透かしとして埋め込む画像パターンを映像データ圧縮技術で使っている係数値に変換し、圧縮映像データ中の対応する係数値に加算することにより、映像データが圧縮された状態でも符号量を増加させることなく電子透かしを埋め込めるようにした。
 また、電子透かしを実用化するためには、処理速度も重要になる。そこで、電子透かしの埋め込み・検出処理をリアルタイム(30フレーム/秒)でできる、非圧縮映像用やMPEGストリーム用、PCを使ってMPEGストリームに埋め込める個人ユーザー用の3種類の専用ハードウェアも開発した。

「技術を見せてくれ、といわれても、見えないほうがいいのが電子透かしです。アナログ耐性はこれまでほとんど研究されていなかった領域ですから開発は大変でしたが、画像処理技術、画質評価技術、著作権保護、セキュリティ、暗号化技術など研究すべき技術が多くあり、その分、やり甲斐がありましたね。実用化によって、デジタルコンテンツが公平かつ円滑に流通していけばうれしいです」と開発メンバーの面々。

コンテンツが産業を牽引する時代。

マルチメディア符号化伝送技術部では、MPEG4やMPEG7といった国際標準MPEGなどの規格化に参画し技術提案を行っているほか、MPEGを活用した画像伝送装置や画像応用システムなどの先行技術開発などを行っている。

最後に浅井部長は「映像、情報、教育、生活、文化などあらゆる分野でマルチメディアの技術が必要とされ、コンテンツが産業を牽引していく時代です。企業の研究者・技術者も、情報理論を身につけていることはもちろん、さまざまなソフトへの適応処理など、技術やハード&ソフトの進化に応じて常に学んでいかなければなりません。何でもやりたいという好奇心を持ち、研究熱心であることが大切です。そしてチームワークが重要ですから、ネゴシエーションやコミュニケーション能力も求められます。こうした資質は一朝一夕では身につきませんから、学生時代から熱心に勉強する習慣を身につけておいてもらいたいですね」と期待する人材像を語られた。

[Vol.2] 世の中に真に役立つ技術を求めて。
[Vol.1] 人間の個性や人間らしさをデジタルでサイエンスする。
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