大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.5 「CGをコミュニケーションのツールに」インタフェース研究でCGに新たな可能性

手書きの絵が自動的に3DCGに

1999年にロサンゼルスで開催したSIGGRAPHで優秀論文(Impact Paper)に選定された「Teddy: A Sketching Interface for 3D Freeform Design(手書きスケッチによる3次元モデリング)」。当時多くの関係者が、新鮮な驚きを感じ、SIGGRAPH東京のレセプションの会場でも話題の的だった。

この論文で紹介されたツール「テディ」を使うと、プロジェクタで投影された画面に手をかざして描く2次元の輪郭が、瞬く間に3次元になっていく。会場内に設けられたデモのスペースでも多くの人が熱心に「テディ」を試していた。その魅力は、使いやすさと効果がとても分かりやい点にある。インタフェースの技術とCG生成のための研究成果が見事に融合している研究として注目を集めた。

99年にこの論文を発表した五十嵐健夫氏は、その後もCG制作のためのインタフェースの研究を進めている。今年のSIGGRAPH2005と、併催のSCA05でも、それぞれ論文を発表。SIGGRAPH2005では、「As-Rigid-As-Possible Shape Manipulation(物体の堅さを表現した2次元形状の操作手法)」を、またSCA05では「Spatial Keyframing for Character Animation(空間的キーフレーム法によるキャラクタアニメーション)」と題した論文を発表した。いずれも、五十嵐氏が研究テーマとしているCG制作のためのユーザインタフェースに関わるものだ。

五十嵐氏は、大学生時代からこれまで、一貫してインタフェースの研究を進めてきた。五十嵐氏の卒論の指導教官であった松岡聡氏(現・東京工業大学学術国際情報センター 教授)が当時、インタフェースの研究をされており「その影響が大きい」(五十嵐氏)という。学生時に、サマーインターン制度によって、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC=Palo Alto Research Center)や、マイクロソフトリサーチ、CMU(カーネギー・メロン大学)などで研究を行い、それぞれ研究論文を発表している。また、ATR、NTT、リコー、ゼロックスで企業実習をした経験も持つ。

ユーザインタフェースとコンピュータグラフィクス

大学生時代には、パロアルト研究所やマイクロソフトリサーチ、国内のメーカでもインタフェースに関する研究論文を発表している。こうしたインタフェース研究の中でも、初心者がCGアニメーションを簡単につくれるようなインタフェースの研究は、氏の主要な研究テーマの一つである。

「今のCGは、ゲームにしても映画やテレビにしても、作り込んでできあがったものを見せるという使い方が多いですが、そうではなくて、もっと普通の人が簡単にCGをつくってコミュニケーションに使えるツールを作りたいと考えています」。五十嵐氏は、CGもまた、ワープロやビデオカメラのようにプロの手から一般の手へと広められていくべきだと考える。「現状ではまだ、一般の人にとってCG映像は物珍しいものであり、プロの人たちがプロ用のツールを使ってつくるものと見られています。普通の人が三次元CG的な表現を日常生活の中で扱うという段階にはなっていません。しかし、一般の人が使いやすいものとして普及してこそ、技術が成熟したといえると思うのです。私は、普通の人がコミュニケーションの道具としてCGを使えるようにしたいと思っています」。

先に紹介した「テディ」はその後、高校で立体の概念を把握するための授業などにも採用されているほか、NHKの子供用バラエティ番組でも活用されるなど、具体的な成果を挙げている。「学校の授業では、リアルタイムにCGを制作しながら教えるといった使い方をしており、コミュニケーションツールとして有効に使われています」。まさに、コミュニケーションの道具として利用され始めている。


SIGGRAPH2005、SCA05で論文を発表

五十嵐氏はこれまでに、「3次元モデリング」「テクスチャ」「プリミティブのモデリング」「キャラクタの服を着せる」などのテーマで、インタフェースの研究・開発を進めてきた。

今年のSIGGRAPH2005と、併催のSCA05において、それぞれ論文を発表した。SIGGRAPH2005では、「As-Rigid-As-Possible Shape Manipulation(物体の堅さを表現した2次元形状の操作手法)」を、またSCA05では「Spatial Keyframing for Character Animation(空間的キーフレーム法によるキャラクタアニメーション)」と題した論文を発表している。いずれも、五十嵐氏が研究テーマとしているCG制作のためのユーザインタフェースに関わるものだ。

「物体の堅さを表現した2次元形状の操作手法」は、テーブル上にプロジェクタで表示された2次元のキャラクタCGを両手でつかむことにより、CGを移動させたり、変形させたりできるもの。これまで、CGに骨組みを仕込むことなく形状の変形をする場合、空間を歪ませる方法が主に用いられていたが、この方法では物体の形状を考慮していないために、実際のキャラクタを動かすような効果を得ることが困難であった。その他の方法もあるが、計算に時間がかかるという問題があった。今回の手法で五十嵐氏は、ユーザがつかんでいる点を制約として、その制約を満たしながら図形の局所的なゆがみが最小になるように、形状を決定している。また、その作業を瞬時に実現することで、あたかも手でキャラクタを動かしているように見せている。

アルゴリズムとしては、制約点の動きに対してメッシュ内の3角形要素を拡大縮小させながら変形をさせ、その結果から3角形要素の大きさを補正するという2段階の手続きを経るという手法を採っている。

また、SCA05で発表した「空間的キーフレーム法によるキャラクタアニメーション」は、3D空間上にキーフレームを設定することにより、複雑な動きを簡単な操作で実現している。こうして作り出したキャラクタの動きをリアルタイムに記録することで、誰にでも簡単にアニメーションを生成できるようにするのがねらいだ。ユーザは簡単な設定でキャラクタをマペットのように動かすことができるようになる。それをあたかも「録画」するように記録することでアニメーションとして再生できる。

リアルタイムにキャラクタを操作するための方法として、キャラクタの複数のポーズをキーフレームとして設定し、キーフレーム間をマウスで動かせるようにしている。キーフレーム間の補間法には、Radial Basis Function(RBF)を用いている。これによって、より少ない数のキーから自然なポーズを生成することを可能にしている。

大きな特徴は、ポーズを設定することでその間を補間する際に、複数の関節を同時に動かしている点にある。通常、関節角は一つずつ動かすことが必要だが、デモのキャラクタでは、手足や首の動きなど複数の部所がスムーズに連動して動いていた。同じキーフレームの設定を用いて、ユーザがマウスを操作することによって、おじぎやジャグリング、物を拾うといういくつかの動作を見せることができる。面白いのは、必要に応じてキーフレームを次々と追加できる点だ。動きを確かめながらキーフレームを足すことができる。

五十嵐氏は、論文の中でさらに、この空間的キーフレームとインバースキネマティックスを組み合わせる手法を紹介している。インバースキネマティックスは、端点の制御は正確にできるが、途中の関節の位置が思い通りにならないことがある。「そのため、アニメーターは、関節の可動範囲や重みといった付加情報を与えるが、これらはあまり直感的でなく、デザイナーは試行錯誤に時間を費やしがちである」(五十嵐氏論文より)。

こうした問題を解決するために、五十嵐氏は空間的キーフレームとインバースキネマティクスを組み合わせることで問題を解決することに成功している。


CGを日常的な知的生産活動の道具に

後者のSCA05で発表した論文と前出の各種のインタフェースの研究は、平成14年度から3年間の計画で進められている、JST(独立行政法人 科学技術振興機構)の戦略的創造研究推進事業さきがけプログラム「情報基盤と利用環境」領域の研究課題「思考支援とコミュニケーションのための3次元CG制作・利用技術の開発」の一環として進められているものだ(研究は現在2年延長となり、平成19年度まで継続される)。

同研究では「日常的な知的生産活動の道具として使用可能な3次元CGアニメーションの構築・利用環境の実現」を目指している。スケッチ入力などによって簡単に3次元形状や3次元的な動きを表現する技術や、複雑な3次元構造を正しく理解することを助けるためのインタラクション技術などの開発を行っている。この研究課題によって、五十嵐氏は「第18回日本IBM科学賞」<コンピュータサイエンス分野>を受賞しているなど、産業界からの評価・注目度も高い。


新たな領域-CGから画像処理へ

コンピュータが日常生活にあふれ、さまざまな領域で使われるようになってきた昨今、より多くの人に受け入れてもらうためには、使いやすさが重要な鍵となる。情報家電製品やコミュニケーションツールの商品開発にとって、ユーザインタフェースは非常に大きな役割を担っている。そうした中で五十嵐氏はまず、「学問としてのユーザインタフェースの確立を目指したい」と言う。

五十嵐氏がこれまでCGのインタフェースの研究を進めてきたのも、そうした考えによるところが大きい。
「大きな枠組みでは、インタフェースによって、コンピュータを使いやすくするということなので、CGに限定しているわけではありません。対象としてはグラフィックスなり、音楽なり、ペンコンピューティングなり、あるいは医療などさまざまなものがあります。その中で現在、グラフィックスをメインにやっているのは、まず"見て分かる"ということがあります。他の研究対象はすごいことができても、なかなか伝わりにくい。CGを簡単につくって動かすことができると、非常にインパクトがあるし、その効果がわかりやすいですね。またCGのコミュニティが、他のインタフェースの分野の研究と比べると割と技術よりであるということが大きな理由です。他のインタフェースの学会の論文を読むと、ユーザの行動を分析して、その結果を発表するというようなものが多いのですね。私はそれにはあまり興味がないので、アルゴリズムなどがある技術の分野ということでCGの分野を選びました。もう一つの理由としては、個人的に絵を描くのが好きだということもあります」。

インタフェース研究を科学の一分野として確立していこうとする五十嵐氏。自身の今後の展開について、次のように話す。
「3DCGについてのインタフェースを一通り終えた後は、少し違うことをやりたいと思っています。これまでのディスプレイとキーボード、マウスという環境についてはすでにやりつくされた感があります。今後は、『実世界志向インタフェース』の方面を研究しようと考えています。新たな入力デバイスについての研究や、ウェアラブルコンピューティング、ユビキタスコンピューティング、情報家電など、コンピュータの中にとどまらない環境でのインタフェースについて関心を持ち始めています」。

今回のSIGGRAPHでの論文「As-Rigid-As-Possible Shape Manipulation(物体の堅さを表現した2次元形状の操作手法)」は、「その手始めでもある」という。この研究は、PARCなどが行ってきた、机上にプロジェクタを使って計算機のデスクトップを投影して、実世界のデスクトップを計算機と同じ感覚で扱えるようにしようという、いわゆる「机型実世界志向インタフェース」の流れを汲む研究といえる。

「今後はまた、カメラを使ったインタフェースにも興味があります。今まで私がCGのインタフェースで実現してきたことを画像処理やコンピュータビジョンの世界に利用できないかと考えているところです。コンピュータビジョンや画像処理も、今はまだ工業の測定や監視システムなどでしか利用されていない技術ですが、これも一般の人や家庭で利用できるアプリケーションが登場したときに、使いやすいインタフェースが必要になると思います。家庭でペットを監視するとか、こちらの疲労の状態を見てくれるとか、家の中に目があるといろいろなことができるのかな、と思っています」。

【五十嵐健夫氏 プロフィール】
1995年 東京大学工学部計数工学科卒業
1997年 東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修士課程修了
2000年 東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程終了(工学博士)
ブラウン大学・博士研究員
2002年 東京大学大学院情報理工学研究科コンピュータ科学専攻・講師
2005年 同・助教授に就任

[Vol.4] SIGGRAPH2005特集
[Vol.3] 公平で円滑なデジタルコンテンツの流通をめざして。
[Vol.2] 世の中に真に役立つ技術を求めて。
[Vol.1] 人間の個性や人間らしさをデジタルでサイエンスする。
個人情報保護方針ウェブサイトにおけるプライバシーポリシー 個人情報開示請求について