2011/03/16更新

ゲーム業界における人材育成やキャリアパスなどを紹介する本連載。今回は特別編として、第13回インディペンデント・ゲーム・フェスティバル((IGF)の学生部門で最優秀賞を獲得した「FRACT」の作者、リチャード・フラナガンさんの素顔に迫ります。

これまでの経歴を教えてください

IGFは世界で最も有名なインディゲームコンテストの1つです。表彰式は毎年3月に、アメリカのサンフランシスコで開催される、ゲーム開発者向け国際会議・ゲームディベロッパーズカンファレンス(GDC)で行われます。インディゲームとは欧米ゲームシーンでよく使われる用語で、大手パブリッシャー(販売元)を介さずに、クリエイターによって直接制作・販売されるゲームのことです。日本の同人ゲームと似ていますが、より商業志向が強い点が特徴です。ゲームの核となる部分を1人で開発し、全世界でミリオンセラーとなった「マインクラフト」を筆頭に、欧米では大きなムーブメントを巻き起こしています。

インディペンデント・ゲーム・フェスティバルの授賞式

このような百戦錬磨の強者が集うIGFですが、別枠として学生部門が儲けられており、8本のゲームがファイナリストとして選出されました。その中で最優秀賞を獲得したのが、カナダのモントリオール大学UBIキャンパスで制作された「FRACT」です。公式サイトでβ版が無料ダウンロードできます。ゲームは映画「トロン」を彷彿とさせる、サイバーな世界観をもつアドベンチャーゲームです。一人称の主観視点で進み、さまざまな仕掛けを解きながら世界を探索していく、名作「ミスト」の現代版とも言える内容になっています。

作者のリチャード・フラナガンさんはWebデザイナーから一転、モントリオール大学UBIキャンパスの社会人コースでゲームデザインを学んだ異色の経歴の持ち主です。ゲームエンジンにはUnityが使われています。妻のクイン・グエンさんのサポートもあり、本作を1人で作り上げ、受賞を達成しました。リチャードさんへのインタビューは、海外のゲーム教育事情が透けて見える内容でもありました。

Webデザイナーから、ゲーム業界への転身

--プロフィールと、これまでの代表作を教えてください。

満29歳で、これまで約10年間、グラフィックデザイナーやアートディレクターとして働いてきました。はじめは紙媒体のデザインにたずさわり、そこからWebデザインに軸足を移しました。最近の主な仕事には、モントリオールの歴史を紹介したWebサイトのデザインがあります。

--小さい頃はどんなお子さんでしたか? 好きな遊びは何でしたか? テレビゲームは好きでしたか?

絵を描くことや、工作遊びが好きでした。レゴでいろんなものも作りましたよ。レゴは人生で一番好きな玩具です。テレビゲームで遊ぶことも大好きでした。家族と一緒にPCで、「KING'S QUEST」(1986)や「SPACE QUEST」(1986)などのアドベンチャーゲームを楽しんでいました。テレビゲームは、その頃からずっと遊んでいますね。

--なぜゲーム業界に進まなかったのですか?

たまたまWebと紙媒体の世界で仕事が見つかったけど、いつもゲームを作りたいと思っていました。特に理由はなくて、ただそういう状況だったんですね。

--今の仕事を辞めて、ゲーム作りの道に進もうと思った直接のきっかけは何でしたか?

Webやインタラクティブデザインの仕事は好きでしたし、クリエイティブな人々とすばらしい経験をさせてもらいましたが、やっぱりゲームデザインがしたかったんです。それまでの仕事が不況で厳しくなってきたというのもありました。だからタイミングと状況ですね。ゲームデザインに挑戦する潮時だと思ったんです。

--最初に「テレビゲームを作る!」と言ったとき、奥さんは何と言われましたか?

実はゲーム業界への転身は、妻のアイディアだったんですよ。それまで、いつもテレビゲームの話ばかりしていたので、妻も私がテレビゲームの道に進めば、もっと幸せになれるとわかっていたようです。妻はとても献身的で、いつも私が夢を追いかけることをサポートしてくれています。

ゲーム制作を学ぶためにモントリオール大学UBIキャンパスへ

--なぜモントリオール大学UBIキャンパスを選択したのですか?

教育プログラムを見つけてくれたのは妻で、社会人を対象にした8ヶ月間のものでした。ゲームデザインの授業で、短期間のコースでしたし、UBISOFTを通して業界との繋がりがある点も魅力でした。

--いつ学校に入学して、どれくらい勉強しましたか?

2009年の9月に入学して、授業は8ヶ月間でしたが、大学ストの影響でちょっと伸びまして、2010年の8月に卒業しました。

--モントリオール大学UBIキャンパスの特徴や、良いところを教えてください。一番良かった授業は何でしたか?

ゲームデザインの授業は非常にアカデミックで理論的でした。逆にプログラミングや3DCGモデリングなどの授業は、あまり技術的ではなく、私に合ったものは多くありませんでした。カリキュラムにはプロトタイプ制作や、ゲームセオリー、ゲームデザインのワークショップ、分析などの授業がありました。カリキュラムの最後には、インターンシップやインディゲーム制作に向けた練習や調査などもありました。一番好きだった授業はプロトタイプ制作のグループワークですね。

--学校でプログラミングの授業も受けられましたよね? 簡単ではなかったと思いますが、プログラミングはお好きですか?

実はプログラミングは学校では教わりませんでした。授業が技術的ではなかったんです。もともとWeb業界で仕事をしている間に、スクリプト言語をかじっていました。そのときの知識を「FRACT」でも使ったんです。「FRACT」はUnity上で動いていますが、幸運なことにUnityのスクリプト言語はとてもなじみやすかったんです。プログラミングには感謝していますよ。私が本当にやりたい分野ではありませんが、物事の理解に役立ちます。

Unityを採用し、プログラミングや技術的な課題を克服あります

--「FRACT」のアイディアはいつ、どのように生まれましたか? 開発前に他の人に話したことはありますか?

「FRACT」のアイディアは、私が好きなものや、影響を受けたさまざまな作品の結晶ですね。電子音楽やアドベンチャーゲーム、映画「トロン」、アナログな文化などです。私の中で温めていたアイディアですが、妻からもいろんな意見をもらいました。

--なぜゲームエンジンにUnityを採用したのですか?

プログラマでなくても開発がしやすそうだと感じたからです。中でもオンラインのフォーラムやQ&A、チュートリアルなどのコミュニティツールの機能は非常に強力で、短期間で習得できました。ただサウンドの扱いがちょっと難しかったですね。現バージョン(Unity 3)では改善されたかもしれません。

リチャードさんが使用した、ゲームエンジンのUnity

--なぜ全て1人で作ろうと思ったのですか? インディゲームの開発でもグループで作ることが多いと思いますが?

もともと「FRACT」は、学校に提出するためのインディペンデントなプロジェクトだったんです。制作に2ヶ月以上かかりました。当時は他にすることが沢山あったので、1人で作った方が完成しやすいだろうと思ったんです。将来的には他の人の力も借りて、「FRACT」の完成版を作りたいですね。

--開発中に心がけたことはありますか?

ゲームプレイと音楽をいかに融合させるかです。何曲かBGMを作成して盛り込み、状況に応じてユーザが、さまざまなフィードバックを得られるようにしました。

--とくに大変だったことは何ですか?

技術的な課題の克服です。私はプログラマではありませんから、とくに大変でした。解決作を工夫したり、うまく動くように試行錯誤したりしました。

--プログラミングの授業が理解できずドロップアウトしてしまう学生が、日本には沢山います。何かアドバイスはありますか?

仲間と競走したり、一緒に作ったりしてください。周りの人達から沢山のことが学べますから。

自分が誇れるようなゲームをデザインし続けたい

--インディゲームの魅力は何ですか?

コミュニティの雰囲気がとても良くて、みな協力的なこと。そして、ゲームがとてもクリエイティブなことです。

--ゲーム開発における夢は何ですか?

自分で誇れるようなゲームをデザインし続けることです。いつか同じ情熱とビジョンを共有できる他の開発者と、チームで仕事をしたいですね。

--IGFの学生部門で最優秀賞を獲得できた理由は何だと思いますか?

全然わかりません。だって他のゲームもみな、すばらしかったですから!私自身も他のすべてのゲームから、非常に刺激を受けました。あえて私なりに推測するなら、「FRACT」が他のゲームと比べて、ちょっとだけ異質だったからではないでしょうか。成功を予測するのは常に難しく、時にはタイミングや、運がモノを言うこともあります。本当に学生部門で最優秀賞を獲得できて、運が良かったと思います。誇りに思います。

--IGFの学生部門に挑戦しようと思っている日本の学生にメッセージやアドバイスをお願いできますか?

自分を信じてください。一生懸命制作してください。絶対に諦めないでください。

--ありがとうございました。

優秀な学生から起業する

リチャードさんと、妻のクインさん

筆者がリチャードさんとお会いしたのは、GDCのエキスポ会場に設置されたIGFブースの前でした。受賞はゲーム業界に進む、良いきっかけになりましたねと聞くと、「早く『FRACT』の完全版を開発して、自分で販売したいですね」と返答されて、たいへん驚かされました。てっきり「FRACT」は卒業制作で、これをポートフォリオに大手ゲームメーカの就職面接を受けるとばかり思っていたため、「自分で売る」という選択肢は想定外だったのです。「優秀な学生から起業する」という、海外のゲーム教育シーンの一端を改めて垣間みた思いでした。

一方妻のクインさんに、「夫が定職を捨てて大学に進み、ゲーム制作の道を選んだことに対して、妻として不安は感じませんでしたか」と聞くと、「まったくありませんでした。夫のことを信じていましたし、愛していますから」と返答されました。内助の功もまた、受賞の大きな要因だったようです。クインさんもつい先日、大学で博士号を取得したところで、現在は研究のかたわら、ソフトウェアの外注先企業の調査を行っています。「FRACT」の完全版開発ではプロデューサーを務める予定だそうです。一日も早く完成することを楽しみにしています。