2011/03/11更新
ワークフローとパイプラインの重要性

現在、CGに求められているクオリティは以前と比べて高くなっており、どのスタジオも限られた人的物的リソースからいかにそれをクリアするか腐心している。そのような状況で、最近、作業手順であるワークフローとそれを実行するためのパイプラインの重要性がにわかに語られることが多くなっている。このワークフローとパイプラインは学生諸兄には馴染みの薄いものかもしれないが、日本に比べて大規模スタジオが多く存在する海外のワークフローとパイプラインは、その制作スタイルに合わせて独自の進化を遂げている。今回は、2010年11月よりアメリカで放送中の、フル3DCG TVシリーズ「Transformers Prime(以下、トランスフォーマーと称す)」の制作において、海外の大手スタジオで一般的なスタイルのワークフローとパイプラインを取り入れた、株式会社ポリゴン・ピクチュアズ(以下、PPIと略す)にお邪魔して、同社の新たな取り組みを通して、大規模プロジェクトの最前線の状況についてリポートする。

(C) 2010 Hub Television Networks, LLC. All Rights Reserved.

取材には、次にご紹介する4名のスタッフにご参加いただいた。

村本 浩昭 氏
日本のスタジオでの業務経験を経て、2000年からはWeta Digital(ニュージーランド)、Framestore(イギリス)、Sony Pictures Imageworks(アメリカ)などの海外のスタジオにおいて映画のVFXに従事し、テクニカルディレクターとして活躍。2010年に帰国し、PPIの制作部 部長に就任。      

 

レオ・ホロヴィッツ 氏
アメリカでは、Pixar Animation Studiosに6年間、Electronic Artsに6年間在籍し、エフェクトやテクノロジーのリーダーを務める。4年前に来日し、現在、PPIのテクノロジー部 部長を務める。


鎌田 友樹 氏
「トランスフォーマー」を担当するPPIの3人のショットスーパーバイザーのうちの1人。今回本プロジェクトのために「レンダーシーンマネージャー」の開発を提案。

痴山 紘史 氏(株式会社JCGS)
株式会社IMAGICA、株式会社リンクス・デジワークスを経て、昨年、日本の映像制作におけるパイプライン整備のための会社、JCGSを設立。「トランスフォーマー」においては外部スタッフエンジニアとしてパイプラインの構築にともなうツール開発などのテクニカルな面をサポート。


PPIは日本のスタジオとしては珍しく以前から完全分業体制を採用している。たとえば、モデリングはモデラーが行い、アニメーションはアニメータが行い、ライティングアーティストがライトを決めるというように、ワークフロー上の各パートを専門のアーティストが担当している。このように、日本のスタジオとしてはワークフローもパイプラインも比較的整備されていたPPIではあるが、村本氏は「トランスフォーマー」という大規模案件に対応するには更なる整備が必要と考え、ワークフローチームを結成し、次の6つの点について改善を行った。

改善① TVシリーズ制作を支えるためのパイプライン構築

TVシリーズである「トランスフォーマー」は、1話正味22分の全26話で構成されている。よって、各話という短期的なものとシリーズ全体という長期的なものの2種類のゴールが存在しており、それに対応するため、各話の制作はA、B、Cの3班体制で行われている。このような状況において、アーティストの消耗を防ぎ、かつ、効率を良くするために、次のようなパイプラインが構築された。

このパイプラインで重要な役目を果たしたのが、後述するルック・デブ(正式名称:ルック・デベロップメント)である。

改善② アセットとショットごとのワークフローの導入

新たな概念として、次のようなプロジェクト共通の要素に関する作業はアセット(assets)、個々のショットに関する作業はショット(shots)と明確に分けたワークフローが導入された。

なお、これに合わせる形で次節に述べるような論理的なディレクトリ構造を採用し、両者の対応関係を明確にして運用効率を高める工夫がなされている。

改善③ ディレクトリ構造ルールの策定

以前のPPIでは、プロジェクトのスタートに際して、データ格納エリアの指定はあったが、そのエリア内でのフォルダの作成や移動に関するルールは特に決められていなかった。それゆえに、スタッフ個人個人が、勝手にフォルダを作ったり変更したりしてしまい、プロジェクトが進むにつれて、どこに何があるのか把握が難しくなる状況に陥ることが頻発していた。

そこで、「トランスフォーマー」の制作に当たっては、まず、データのディレクトリ構造ルールを次のような論理的なものに改め、プロジェクトスタート時の約150人のスタッフ全員に運用のためのセミナーを行った。

このディレクトリ構造は、一見してわかるように非常に深いものとなっている。これではかえって場所の把握が難しくなるのではと考える読者諸兄もいらっしゃるのではないかと思う。だが、村本氏は、たとえ深くても明確なルールにのっとって構築されていれば、迷うことはないと言い切る。実際、施行当初は非常に評判が悪かったが、その理念が把握できてしまえば、不満は一転して高評価に変わっていったそうだ。今では以前の方が良いというスタッフはいないとのことで、慣れてきた頃合を見計らって他の中規模プロジェクトにも働きかけ、採用されている。

また、このルールを徹底させるための重要な施策としては、このフォルダ構造を自動的に生成するツールであるディレクトリマネージャーを開発し、その使用を義務付けたことがある。この施策は、スタッフのアーティストが手入力でこのような作業を行うと、間違えてしまう可能性が高く、運用の大きな障害になってしまうために実施された。

なお、このツールはユーザであるアーティストの要望に応じて常にアップデートが行われているが、ディレクトリ構造がしっかりと固まっているため、ユーザも各種ツールの仕様の選定がやり易くなったとのことだった。このような、ツールを開発するエンジニアにとって、ユーザであるアーティストとの間のコミュニケーションや、ツールの使用方法を説明するドキュメントの作成は非常に重要なので、時間をかけて行われている。

また、ツールやドキュメントの充実は、新しいスタッフへの説明やデータ管理の面でもメリットがあり、アーティストの習熟期間の短縮にもつながり、人的リソースの効率アップに貢献している。