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2013/01/31更新

3DCGアニメーションやゲームコンテンツの制作環境はこの10年で飛躍的に進歩し、教育環境も大きく変化しました。しかしコンテンツの根幹をなすシナリオ作成やキャラクター開発、基礎造形、ミザンセーヌ構成といった領域の基盤教育はどうでしょうか。長く暗黙知として扱われ体系化されてこなかったのが実態です。そこに一石を投じようと近年、研究や分析が進み効果的な教育方法が考えられるようになってきました。今回は12月7日に東京で開催された平成24年度文化庁メディア芸術人材育成支援 事業シンポジウム「クリエイティブテクノロジー教育の普及に向けて」を取り上げ、映像コンテンツ教育の課題と新しい基盤教育の重要性についてリポートします。


夏のワークショップの成果発表とともに

シンポジウムはCG-ARTSが昨夏開催した「3DCGアニメーション・ゲームコンテンツ制作の基盤教育『教育者向けワークショップ』」と連動した企画で、ワークショップの成果発表も兼ねて行われました。「教育者向けワークショップ」は、2012年8月21日から24日まで文化庁の支援のもとで実施され、4日間16コマの短期集中で、4人の講師がシナリオライティング、キャラクターメイキング、基礎造形、ミザンセーヌレンダリングのテーマで講義と演習を行いました。全国の高校や専門学校、大学、企業から指導者23人が参加、全員が熱心に受講し交流を深めました。今回のシンポジウムではワークショップで学んだことを実際の授業に活かした実践事例も披露されました。前半に行われた基調講演では、夏のワークショップの講師を務めた金子満先生(北京徳稲マスターズアカデミー教授)が「人材育成の問題提起と新しい基盤教育」と題し、コンテンツ制作の基盤教育の重要性を訴えました。


基盤教育がなぜ重要なのか

80年代に日米両国でCGスタジオを設立し、日本のCGアニメーション制作に大きく貢献してきた金子先生は、私たちが「500年に1度のデジタル革命のただ中にいる」とし、デジタル技術を駆使してあらゆる国がコンテンツ制作に参入してくる中で、どのような人材育成が日本の生き残りに必要かを考えない日はないといいます。

映像コンテンツを作るのに必要なプログラミングやSFX、編集やミキシング技術は、ソフトウェア化が進み教育もしやすくなっています。ところがプロデューシングやディレクティング、シナリオライティングやキャラクターメイキングは名人の技であり「教えることができないもの」と人々が考えてきた点に問題があると金子先生は指摘します。

「成功者の経験や勘に頼ったり、才能ある人材の発掘をしたりするだけでは後継者は育ちません。プロデューシングやディレクティング、シナリオライティング等における成功例や失敗例の中から法則を見い出すことが重要です。こうしたら上手くいくというルールを確立すれば、誰もが指導できるようになるし、より多くの人たちがその教育を受けられます。その結果コンテンツ制作人材が育ち、さまざまな特色をもつさまざまな人を磨くことができるのです」と語りました。 夏のワークショップでは、こうした考えに基づいて、体系的で論理的な教育方法が具体的に伝えられました。


クリエイターに必要な観察力

経験則にたよらない、新しい教育手法の開発を重視する点において、同ワークショップ講師で、もう一人の基調講演者である中村泰清先生(デジタルハリウッド大学准教授/東京工業大学世界文明センター非常勤講師)も同じ立ち位置にいます。「本質を捉える基礎造形教育」をテーマに、ワークショップで行った新たなデッサンの指導法などを紹介しました。

中村先生は「基礎造形力」をすべての造形専門表現に関わる“創造する力”の源だと定義します。そこには造形表現の技術・知識だけでなく、観察力が含まれ、これこそがコンテンツを作る時に重要な役割を果たしているといいます。

ところが、従来の造形教育は、技術・知識に重きが置かれた、計測を重視した方法で「誰でもが描けるようにはならない」のがネックでした。中村先生は専門学校で、短時間でデッサンを教える授業を担当したのをきっかけに問題意識を持ち、指導方法の改善を試みてきたといいます。

どのような方法に変わったのかというと、中村先生のメソッドでは対象を“観察”することに重点を置いたものとなりました。モチーフの輪郭線を1本の線で丁寧に正確に、擬態語で捉えながら、ゆっくりと描かせるといった大変ユニークなものです。

指導前と後で学生のデッサンがどう変化したのかを比較すると効果がよくわかります。単純な表現や説明的な表現が省かれ、記憶していることを思い出すのではなく、見たものを正しく捉えた表現、つまり描画者の実感が表現されるのです。この実感こそ見る者にとっては「絵の魅力」になります。クリエイターの基礎造形力を向上させることが、良い作品制作の基礎となることは明らかですと訴えられました。


基盤教育を現場で展開する 実践者4人のレポートから

金子先生や中村先生をはじめとする講師たちから伝えられた新しい基盤教育に刺激を受け、昨夏「教育者向けワークショップ」を受講した教育者たちが、続々と自分のフィールドで実践を展開しています。シンポジウム後半はその実践報告と参加者を交えた意見交換が行われました。

カプコンに約5年勤務した後、都立高校で美術教師として教えている栗山紀先生は「鑑賞と表現」という科目の内容を紹介しました。これまでの指導は作品を作ることを中心に組み立ててきましたたが、夏以降は鑑賞を中心にした授業づくりに切り替えているそうです。例えば映画「マトリックス」のマシンガン表現を模した映像を生徒自身が作り、本物のシーンと比較する授業です。「鑑賞を通して作品のすごさを実感させる授業ができました。私の中でこれは新しい授業の発想で、ワークショップには感謝しています。鑑賞を取り入れると“よく見ている”“よく気付いた”という言葉を生徒たちは素直に受け入れてくれます。鑑賞者としての成長が将来の制作意欲につながり、コンテンツ制作者が育つといいと思います」。金子先生と中村先生も短期間の間で応用実践された授業に感嘆されていました。

横浜デジタルアーツ専門学校の日馬司先生は、デザインとCG表現を担当されています。ワークショップで学んだシナリオライティングとキャラクターメイキングを取り入れた1年生の「進級制作」で15週のシラバスを計画。現在進行で実施中です。その経過報告がありました。例えばシナリオライティングの練習として、絵本を使ってあらすじを組み立てる練習をしたり、学生の興味を持ちそうなアニメ作品のエンディング映像を見せてキャラクターを特徴づける「リマインダー」を探し当てたりしています。ワークシートなどを多用して学生が取り組みやすい材料も作成しました。「シナリオライティングの知識を得て練習していけば、学生自身が物事を俯瞰したとらえ方が身に付けられるのではと期待しています」。しかし、現場では新たな試みだったこともあり、こうした手法への理解が広がらないという課題もあげていました。金子先生は「この手法を疑問視する人が出てくるのは注目されていると捉えましょう。特にミザンセーヌについては映像を作った経験がある人だと理解しやすいと思います」と助言しました。

日本電子専門学校アニメーション科などでCG制作、キャラクターデザイン、イラスト表現など多彩な授業を担当している、松山恭大先生はCM制作やゲーム制作など豊富な経歴をお持ちです。「夏のワークショップではもっと論理的なアプローチ、作り手視点だけではない産業面からの“売れる”視点が必要だと学び、大きな刺激を受けました」。そこでキャラクターデザインの授業で3時間(週1回)×8週、計24時間の「キャラクターデザイン応用」を計画しました。課題は「ご当地キャラクター」を作ることです。桃太郎をモチーフにした女の子のキャラクターを作った作品例を元に、リテラル資料やビジュアル資料作成などキャラクターを完成させるまでの過程を紹介しました。「ワークショップで習得した手法を取り入れることで一定の成果を得られたと感じています。専門学校はとかくツールの使い方を教えるのに終始しがちですが、作品の基盤となる部分をしっかり考えて教えていかねばならないと思います」と語りました。

岩手大学教育学部美術教育科教授の本村健太先生は、映像メディア表現のほかに教職科目の美術科教育法などを担当しています。子ども達を教える教員養成の視点からも授業改善の重要性を認識しているそうです。学生の作品から過去の自らのデッサン指導を振り返ったところ、中村先生の基礎造形のメソッドを取り入れることの有効性に気づいたといいます。本村先生が報告した学生作品に対して、中村先生は喜びの表情を見せながら、さらなる指導法をアドバイスしました。シナリオやキャラクターメイキング、ミザンセーヌレンダリングに関しても、そのメソッドを取り入れる有効性を感じているそうです。「新しい造形教育が小中高の子ども達にもしっかりした技法として広がることにより、人材育成のすそ野が広がり、制作技術自体も洗練されてくるのではないでしょうか」と今後の期待を話しました。

夏の「教育者向けワークショップ」はコンテンツ制作の基盤教育をどのように社会全体に広めていくかという実験的側面の意味合いもありました。ワークショップで得た基盤教育の重要性を受講者が敏感に受け取り、すぐに実践を展開し成果をあげていることは、基盤教育の普及に拍車をかけるものです。

また、今回のシンポジウムの参加者の過半数はコンテンツ関連の企業や個人の実務者でした。そこには、制作現場においてもシナリオライティング、キャラクターメイキング、基礎造形、ミザンセーヌレンダリングの領域について問題意識が強くもたれていることや、今後の教育改善への期待が表れているといえるでしょう。

本協会では今後、指導者向け教材や初学者向けテキストなど、より実践的なツールの開発を行い、コンテンツ制作の基盤教育を広めていく予定です。


シンポジウム 「クリエイティブテクノロジー教育の普及に向けて」の映像紹介

■開催挨拶

   宮井あゆみ
(CG-ARTS 事務局長)

■基調講演

「人材育成の問題提起と新しい基盤教育」
   金子満氏
(北京徳稲マスターズアカデミー(Detaoma)教授)

「本質を捉える基礎造形教育」
   中村泰清氏
(デジタルハリウッド大学 准教授/
   東京工業大学世界文明センター 非常勤講師)

■パネルセッション

「教育者向けワークショップ」説明
   宮井あゆみ
(CG-ARTS 事務局長)

「教育者向けワークショップ」成果発表
   栗山紀氏
(東京都立世田谷泉高等学校 美術科 教諭)

「教育者向けワークショップ」成果発表
   日馬司氏
(横浜デジタルアーツ専門学校 専任講師)

「教育者向けワークショップ」成果発表
   松山恭大氏
(日本電子専門学校 教員)

「教育者向けワークショップ」成果発表
   本村健太氏
(岩手大学 教育学部美術教育科(映像メディア) 教授)


 

長尾康子

教育、福祉分野を得意とするライター。美術や保育の雑誌編集を経て日本教育新聞社に勤務。記者として小中学校の授業を取材。2001年よりフリー。現在、教師用雑誌、受験情報誌の記事執筆、学校パンフレット制作などを手がける。編集に『シナリオライティングの黄金則』(金子満著、ボーンデジタル)がある。地元で聴覚障害者をサポートする要約筆記ボランティアの活動も続けている。