2012/03/07更新

リポーター/尾形美幸

今回のスペシャルリポートは、日本工学院八王子専門学校、ゲームクリエイター科の専任講師として、プログラマの育成に日夜尽力している大圖衛玄先生へのインタビューをお届けします。大圖先生は1998 年の就任以来、一貫して多くの有望な学生をゲーム業界へ送り出してきました。また、ご自身の知見を外部へと発信することにも積極的に取り組んでおり、CEDEC2011でのセッション「ソースコード の品質向上のための効果的で効率的なコードレビュー」は、ほかの教育機関の先生方はもちろん、ゲーム開発現場のプロフェッショナル からも高く評価されました。そんな大圖先生に、これまでの歩みや、教育方針、今後の展望などを語っていただきました。

興味のある情報をインプットし、学生にアウトプットする理想的なサイクル

ーー教育者になる以前は、ゲーム会社でプログラマをなさっていたそうですね。どのような開発に従事していたんですか?

僕自身、本校の卒業生なんですよ。情報処理科でプログラムを学び、とあるゲーム会社に就職しました。スーパーファミコン、ゲームボーイ、プレ イステーション、NINTENDO64 向けのゲーム開発に携わり、主にシステム部分を担当することが多かったですね。僕が開発した麻雀ゲームのAI は、3〜4本のゲームに実装されました。開発用のツールや、システムのライブラリ制作を通して、間接的に色々なゲーム開発に関わることができ、やりがいを感じていましたね。

ーーそんな中、どうして教育者になろうと思ったんでしょう。転職の動機を教えていただけますか?

僕はプログラミングが大好きだったので、会社の休み時間になると、自分が興味のあるプログラムをコツコツ書いたり、専門の洋書を読んだりしていました。新しい情報や技術が発表されると、触ってみたくなるんです。それが唯一の趣味になってましたね。でも仕事が凄く忙しかったので、その時間を取るのも難しい状況が続いていました。半年くらいは充電期間を取って、自分が興味のあるプログラムを研究したいと思うようになったん です。退職を決めたのは、入社して6年目の夏くらいでしたね。その時点では、教育者になろうとは全く考えていませんでした。

偶然にも僕が退職を決めたのは、本校がマルチメディア科を新設して間もない時期でした。在学時の担任の先生が、ゲームやCG 制作を教えられる現場経験のある人を探しており、声をかけていただきました。3〜4ヶ月くらいの充電期間を経て、本校の講師になったんです。

ーー講師になって以降、興味のあるプログラムを研究する時間は確保できましたか?

興味のある情報をインプットし、授業で学生にアウトプットする理想的なサイクルを実践できるようになり、凄くやりがいを感じました。就任当初はDirectXを積極的に教えていましたね。DirectXの登場で、やっとPCでも3DCGをスムーズに表示できるようになり、開発がますます面白くなっていった時代でした。最新の情報や技術を取り入れて学生たちに伝えることで、学生はもちろん、就職先である開発現場の方々にも喜んでもらえました。

最近はさらに踏み込んで、自分が得た価値や経験を、色々な方法で開発現場にフィードバックすることを意識しています。CEDEC2011 で実施したセッションは、その1つです。学生たちの「巨大」「複雑」「重複」といった問題を抱えたソースコードを、効果的かつ効率的にレビューして、品質を向上させるための方法を発表しました。僕の方法は過去に色々な方が発表したノウハウを自分なりに組み合わせて活用したもので、目を見張るような 新規性はありません。でも本校では成果が出ているので、開発現場でも活用できるんじゃないかと思ったんです。

ゲーム会社に入ってくる新人は、それぞれ違う教育を受けており、全員が会社の求めるソースコードを書けるわけではありません。ソースコードの品質をどうやって一定に保つかという課題は、どこの開発現場でも抱えていると思います。僕自身が開発現場にいた頃にも同様の課題に直面していたので、それに対するヒントになればという期待がありました。

ーー開発現場からの反響は如何でしたか?

専門学校の取り組みに、どれだけのプロが興味をもってくれるだろうかと発表前は不安で、身内しか来ないだろうと勝手に思い込んでいました。でも、沢山の方がセッションを聞きに来てくれて、立ち見が出る程の盛況ぶりとなったのは嬉しい誤算でしたね。社内向けのCEDECレポートで僕のセッションを紹介してくれた方もいたようで、それを読んだ卒業生たちから「先生のセッションの社内での評判が凄く良い」と聞かせてもらったのは嬉 しかったです。

ーーSlideShareで発表資料を拝見しました。ジョークの切れ味が良く、情報が綺麗に整理されているのに感動しましたよ。大圖先生の授業は、い つもあんなジョークが入っているんですか?

いえいえ(笑)、普段の授業はいたって普通です。CEDECの僕の発表は、最後の時間枠に設定されていたんです。つまり受講者が「疲れたな〜、帰りたいな〜」って思う時間帯です。真面目な資料では興味をもってもらえないだろうと考えて、ちょっと開き直ってネタを入れたら好評でした。 SlideShareのこれまでの累計ビューは75,000 回を超えていますが、これもネタの効果が大きいと思いますよ。

2年生から4年生までの3年間で、6回のチーム制作を経験させる

ーーどんな授業を実施しているのか、具体的な内容を教えていただけますか?

1年生から4年生までの全学年を対象に、3DCGの技術部分、プログラミングの基礎、応用など、色々な授業を担当しています。とくに力を入れているのは、チームでのゲーム制作の授業ですね。前期は東京ゲームショー(TGS)の本校ブースで展示することを目的に、後期は4年生の卒業制作 展での展示や、日本ゲーム大賞などのコンテストへの応募を目的に、1年間で2本のゲームを制作します。1チームの人数は7人〜8人、2年生〜4年生の混成で、各チームに1人、プランナーコースの学生が入ります。残りはプログラマコースの学生という構成になることが多いので、見た目のクオリティが高いゲームを作ることは難しいですね。3DCG 制作を専攻している他学科の学生がデザイナーとして入ることで、見映えのするゲー ムになる場合もありますが、つねにそういうチーム編成はできません。とくに前期の制作は、ゲームとしての完成度を高めることよりも、チーム制作のノウハウを学習させることに重点を置いています。

率先してチームリーダをやりたがる学生は少ないですが、3年生には必ずリーダを経験してもらうようにしています。4年生は少なくとも4回のチー ム制作を経験しているので、3年生のサポート役になってもらいます。我々講師の手が行き届かない部分を、代行してもらっている側面もあります ね。講師だけでは、毎回20以上になるチームを完璧に指導することは難しいですから。

ーー2年生から4年生までの3年間で、6回のチーム制作を経験できるわけですね。チーム編成は、講師が決めるんですか?

前期の制作では、全員の技術やモチベーションなどのレベルを考慮しながら、講師側ですべて決定します。高いレベルのゲームを作ることが目的ではないので、いわゆる「できる子」だけを集めた選抜チームのような編成にはしません。柱となってメンバーを導くことで、ゲームを形にできそうな学生を各チームに2人は入れて、全チームのバランスを調整しています。全チームが何とかゲームを完成させることで、全員に成功体験を得て欲 しいと思っています。

後期の卒業制作では、前期で学んだチーム制作のノウハウを活かして、より高いレベルのゲーム制作を目指します。日本ゲーム大賞への応募を目標に、学生たちの希望を考慮したチームや、選抜チームを編成することもあります。前期の制作が練習で、後期の制作が本番というイメージですね。

ーー前期はチームのマネジメントを勉強してもらうことが目的で、後期は面白いゲームを作ることが目的なんですね。ゲームの内容も講師が指示するんでしょうか?

ゲームの企画段階からは、チームの意志に任せています。「与えられた時間と自分たちの能力で完成させられる内容にしなさい」とだけ伝えます。 3DCGのゲームに挑戦するチームもあれば、完成させることを重視して2DCGを選択するチームもあります。ゲームのデバイスや言語の選択も自由 です。最近はスマートフォン用のゲームに人気が集まっていて、Androidを集中して勉強する学生もいますね。まだ少数ですが、Unreal EngineやUnityといったゲームエンジンを使うチームもあります。

ーーCEDECで発表したソースコードレビューのノウハウは、このチーム制作の指導のなかで培われたものなのでしょうか?

そうです。チーム制作は4〜5年前から行っているので、ソースコードレビュー以外にも様々なノウハウが蓄積されています。アジャイル開発もそのうちの1つですね。エクストリーム・プログラミングなどの手法を学校教育用にアレンジして実践しています。CEDEC でもアジャイル開発のセッションは人気があり、開発現場の関心も高いようなので、いずれ本校の成果をどこかで発表したいと思っています。