2011/11/18更新

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/大沼洋平

CG業界の第一線で活躍するクリエイターのキャリア遍歴を通じ、3DCGにおける学習や教育方など、現場で求めているものは何かを探っていく本連載。第4回となる今回は、株式会社ポリゴン・ピクチュアズをはじめ多くの企業からその仕事ぶりが認められ、現在はマーザ・アニメーションプラネット株式会社でアニメータ、およびディレクターとして『初音ミク –Project DIVA-』などを手がけられている木下秀幸さんにお話を伺った。

アルバイトで学資を貯め、CGクリエイターを目指す

現在、CGクリエイターとして活躍されている木下さんだが、CGの道に進まれるまでは、ごく普通に部活とゲームに熱中する少年時代を過ごしてきたそうだ。

「中学高校とハンドボール部に所属していたので、毎日が部活動中心の生活をしていました。学校の授業では理数系科目と体育が得意で、反対に国語や歴史、英語は苦手でした。でも今考えるともっと義務教育の間に勉強しておけば良かったなと思います(苦笑)。ゲームに関しては幼い頃から大好きだったので、部活で疲れて帰ってきても毎日1時間はやっていましたね。それから当時、プログラミングができる友人がそばにいたので、一緒に簡単なゲームを作って遊んだりもしていました」

時代はちょうど家庭用ゲーム機が市民権を得て、一般家庭にも当たり前に存在しはじめた頃であり、木下さんも遊びの選択肢の1つとして、ごく自然な流れでゲームに触れてきたようだ。高校卒業を控え人生の岐路に立った頃には、大好きなゲームを学ぼうとゲームクリエイターを養成する専門学校への入学を決意していたという。こうして専門学校に入りゲーム制作を学び始めた木下さんだが、すぐに1つの転機が訪れることになる。

「その専門学校はプランニングからプログラミングにいたるまで幅広く学べるカリキュラムだったんですが、そこで3DCGソフト(LightWave 3D)を触った時、凄く楽しいと思ったんです。また、当時『アーク・ザ・ラッド』というゲームのプリレンダームービーを見て触発されたこともあり、自分が本当にやりたいのはゲームのCGではなく、映像としてのCGだということに気が付いて、そこをもっと深く学ぼうと考えるにいたりました」

語弊のないように補足するが、当時のゲームはインゲーム映像とプリレンダー映像との間にどうしても大きなクオリティの差が生じていた。したがって、3DCG制作に楽しさを覚えた木下さんがプリレンダームービーを見て、映像としてCGを極めたいと思うようになったのも頷ける反応だろう。こうして自らのビジョンが明確に定まった木下さんは、当時通っていた専門学校を辞め、新たな学校に入学するための準備に入った。

「もっと深くCGによる映像制作について学びたいと思ったので、専門学校を辞めて2年ほどアルバイトをしてお金を貯めました。もちろんこの期間も、自分でShadeを購入して個人的にCGの勉強をしていました。おかげでCGへの熱意を維持することができたので、その恩恵はありましたね」

2年間ずっとCGへの熱意をもち続けた木下さんは、CG映像制作をより深く学ぶため、WAOクリエイティブカレッジ(※以下WAOと表記)へ入学し、本格的な学びをスタートさせることとなる。本記事を読んでいる学生の方々は、ぜひこのエピソードを自分に置き換えて考えてみてはどうか。学資を貯めるために2年という期間、情熱を冷ますことなく目的のため黙々と働けるだろうか?本気の覚悟と信念がない限り、情熱を持続することは困難だろう。この話はCGを学ぶ人に限ったことではないが、今一度自分の熱意と、それにかける本気度を見つめ直してみる機会としていただきたい。


マーザ・アニメーションプラネットの作品、「ソニック ナイト・オブ・ザ・ウェアホッグ ~ソニック&チップ 恐怖の館~」(2008)。木下さんはアニメーションを担当した。同社は、ハイクオリティを維持しつつ、オリジナルCGムービーを制作できる体制をもつ日本屈指のCGスタジオである。

CGアニメーションの学習アプローチ

WAOのCGクリエイター コース(1年)に入学した木下さんは、ここでMayaをベースにしたCG制作について深く学んでいくこととなる。絵コンテやデッサン、映像編集などといった、映像コンテンツ制作に有益な授業もWAOのカリキュラムには含まれていたそうだ。授業自体は週2日だったが、それ以外の時間でも機材は自由に使えたため、週5〜6日は通って勉強していたという。そして毎日空いている時間のほとんどを、大好きなゲームもプレイせずにCGの学習にあてていた木下さん。その当時のユニークな勉強法の1つに、ノートを2冊制作するというものがあった。

「1冊は授業中に速記で取ったノートで、もう1冊は実際にMayaを触りながら授業で学んだ内容を復習しつつ清書していったノートです。これによって頭の中がきちんと整理され、授業でしっかり理解できていなかった箇所も、もう1度見直しながら『こういうことだったんだ』と再認識できたんです。今では当時教わった内容であればすべて頭の中に入っていますよ」

理解した気になって問題を先送りしてしまうことは往々にしてあるだろう。木下さんが2冊のノートを作ることで実践したように、授業で学んだ内容を日々の地道な復習の繰り返しで確実に理解していくことが、根本的なスキルアップに繋がる道ではないだろうか。

こうして、木下さんはWAOで密度の濃い学生生活を送りながら、1年間に2本の動画を制作した。しかし、これらの動画制作では与えられた期間を有効に使うことができず、思うようにクオリティを上げられなかったという後悔が残ったそうだ。そこで、今度こそ悔いのない動画を作りたいという思いから、卒業後は3本目の動画制作を続けながら、サポートスタッフとしてWAOで働くという道を選んだ。ここで木下さんは、学生時代に教わった内容をサポートスタッフとして“教える”という経験をすることになる。

「自分が正しく理解していないと人に教えることはできないので、緊張感がありました。同時に学生時代には難しく感じていた内容が、スタッフとして関わるうちに簡単になっていき、より理解できるようになったことは大きな収穫でした」

当たり前だが、教えるためにはその内容を本当に理解していなければならない。間違ったことは教えられないという緊張感の中に身を置くことで、今の自分に足りない点や、誤って理解していた点などを再確認できたことも、木下さんの更なるスキルアップに繋がった。

ここで、モデリングと比べた場合に、多くの学生がおろそかにしがちなアニメーションの学習方法について、現在プロのアニメータとして活躍している木下さんの視点から学習のポイントを挙げてもらった。

「たとえば、基本的な物理アニメーションをスフィア(球形のモデル)だけで表現していく方法があります。ピンポン玉やスーパーボール、バスケットボール、ボーリングの玉など、色々な材質のボールの多様な弾み方を、何の質感も付けていないスフィアのアニメーションだけで表現できるようになることが、ファーストステップだと思います」

そのほかにも、“歩き”のアニメーションはシンプルな見た目以上に複雑な作りを要求されるため、表現力を磨くのにうってつけのテーマだそうだ。キャラクタの性格や心情によって、同じ“歩き”のアニメーションでも表現方法は多種多様に存在するからだ。これからアニメーションを勉強する人、あるいはアニメーションに行き詰まっている人にとっては、非常に参考になる学習方法なのでぜひ実践してほしい。


映画『モンスターズ・インク』の劇中で描かれているドアのシーンの開放感ある映像が好きだった木下さん。WAO卒業後の動画は、“ドアを開けたら目の前に広大な空間が広がる”というコンセプトで制作したという。もちろん就職活動を想定してのデモリールだったそうだが、木下さんが業界に入る経緯は通常とは異なる特殊なものとなった。