2011/07/27更新

グラフィニカ 吉岡宏夫さん インタビュー 〜前編 CGとの出会い〜

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

(c)2004 黒澤明/橋本忍/小国英雄/NEP・GONZO
吉岡さんが撮影監督として参加した、TVシリーズ『SAMURAI7

デジタル・コンテンツ制作の第一線で活躍中の方々に、ご自身のキャリアや、CG・映像制作に求められる知識、人材育成について尋ねる本連載。今回は、株式会社グラフィニカで、アニメーションの撮影監督、および実写のVFXスーパーバイザーとして活躍中の吉岡宏夫さんへのインタビューの後編をお届けする。吉岡さんが実践する仕事スタイルや今後の目標について伺った。

できなかった理由は必ず調べる

現在、株式会社グラフィニカでアニメの撮影監督として活躍中の吉岡さん。前編で触れたように、学生時代はアーケードゲームに没頭し、足繁くゲームセンターに通いつつ、作画やコンピュータ・プログラミングを楽しんでいた。そんな吉岡さんが、アニメーションの"撮影"という業務でAdobe After Effects(※以降AE)を使い始めたきっかけは何だったのだろう?

ディジメーション時代に、AE 3.1 と出会ったことですね。ディジメーション入社当初は、AnimoというNEXTSTEPで動くCGアニメーション制作ソフトを使い、仕事をしていました。ただ、当時のアニメーション業界はデジタル技術の導入が始まったばかりの黎明期で、アナログでやっていた作業をデジタルで再現するノウハウが未熟だったため、対応できないことも多くありました。そんな時、社長がそうした未熟な部分を補えないかと買ってきたのが AE 3.1だったのです」

今やAEのスペシャリストともいえる吉岡さんだが、メインツールとしてAEを使い始めてから現在に至るまで、その過程は常にトライ&エラーの繰り返しだったそうだ。

「商業制作全般にいえることですが、締め切りの都合上、決して致命的ではないのですが、思い通りに仕上がらなかった部分は出てくることがあります。そんな時は時間を見つけて『なぜできなかったのか』『どうしたらできるか』を考えます。それを繰り返していくことで原因が見つかり、『なるほどな』となります。こうした、原因を探求するスタンスを大事にしているのです」

「なぜできなかったか、どうしたらできるようになるかを考える」ことを心がけている吉岡さん。その背景には、ハードウェア、ソフトウェアともに発展途上で、扱える人材も不足していた CG 黎明期の映像制作において、ツール操作だけでなく、マシンのセットアップやメンテナンスの一翼も担っていたことがある。

「ディジメーションでの仕事は、Animoの使い方を学ぶところから始まりました。基本的な使い方は教えていただきましたが、それでもわからない機能や、見つけられない機能は独学で学んでいきました。使用OSはUNIXでした。常駐のSEなどいませんから、制作現場にある13台のPCのセットアップやインストールまで、自分でできる部分はやっていました。当然、わからないことだらけの暗中模索状態だったので、常に勉強が必要でした。結果として、『これをしたい→どうやる?→なぜできない?→どうしたらできる?→こうしたらできる』といった具合に、行動は行き当たりばったりですが、ある程度ロジカルに原因を究明することが自然とできるようになったのは大きな収穫でしたね」

このように、CG・映像制作においては、多かれ少なかれ理系の知識が求められる。“できないこと”を放置するのではなく“なぜできなかったのか?”“それを実現させるためには、どうすれば良いのか?”を考える吉岡さんの学習スタイルは、実に有効だと思う。そうした学習の中で蓄積したノウハウは、積極的に外部に公開することはないというが、それらの一部は吉岡さんの個人サイトAfterEffects compZeroや、AEユーザの有志が起ち上げたAEP PROJECTなどを通じて公開したり、グラフィニカ社内向けにスクリプトを作成したりしているそうだ。

「個人サイトはあくまで僕の個人的なメモです。真剣にもの作りを探求している人であれば、いずれは見つけ出すノウハウばかりだと思うので、僕が隠していてもしょうがないですから。オープンにすることで、便利に使ってもらえるなら嬉しいですしね」

どこか飄々とした吉岡さんのスタンスは、“ツールはあくまでもツール”という明確な考えに基づくものだろう。最近も、あるアニメのTVシリーズ用に波を撮影側で表現する必要があった際、AEだけでなく、社内にある流体シミュレーション機能を備えた様々なソフトウェアを試してみたという。ツールありきでは、もし仮にそのツールでは対応できない表現に直面した時に、手詰まりになってしまう。だからこそ、目先のことに惑わされず、"自分が求める画に対して、それを実現するには何が必要か"という思考プロセスを、吉岡氏は地道に重ねているのだと思う。

"原理"を知ることでも見えてくるものがある

作画が生み出す動きの妙に魅せられアニメーション業界へと飛び込んだ吉岡さん。それゆえ“動き”に対するこだわりは人一倍大きい。

「単に動きが多い、大きいということではなく、アニメーションを通じてキャラクタの心情が描き出されているように感じる作品に惹かれますよね。最近観た作品では、映画『塔の上のラプンツェル』(2010/日本での公開は2011)に凄く感動しました」

ディズニーアニメーションといえば、長年にわたり2Dセルによって制作されたきた。しかし、映画『ボルト』(2008/日本での公開は2009)以後、グループ企業であるピクサー・アニメーション・スタジオ社のジョン・ラセターがウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ社の制作にも携わるようになったのを機に、本格的にフル3DCG長編アニメーションの制作をスタートした。そしてついに本作にて、ディズニー特有のアニメーション表現をフル3DCGで再現することに成功したと、多くの識者から賞賛されている。

吉岡さん自身が携わった作品については、どのように接しているのだろうか。

「忙しい時でもOP(オープニング映像)などは観るようにしていますし、思い入れのある作品はセルパッケージを買ったりもしていますよ。ただ、自分が関わった作品全部のOAチェックをしている訳ではありません。次に控えている仕事があるので、1つのプロジェクトが終わったら気持ちを切り替え『はい、次!』という感じですね。また、制作をする上では1つのカットや表現にハマらないようにも心がけています。まずは全カットの体裁を整えた上で、合格点に達していない部分のクオリティを上げていくようにしています」

自分が関わった作品に固執しないそのスタンスは、過度に思い入れない分、余計なストレスを溜めることなく、作品のジャンルや表現を問わずにクオリティの高い仕事をコンスタントに行う近道となっているように感じた。規模や慣習の違いから、ハリウッドのようにプロダクション・マネジメントを徹底することが難しい日本の制作現場では、クリエイターが作品内の担当する作業に対して過度な思い入れをする(ディテールのクオリティに固執してしまう)あまり、経営を圧迫してしまうことがある。吉岡さんのスタンスは、一見ドライに感じるかもしれないが、そうした意味では適切な対応ともいえるのではないだろうか。

コンテンツ制作者の中には、ツールの使い方や用語には馴染んでいるが、“なぜ、そのような仕様、そのような名称なのか”といった原理までは知らない、知ろうと思わない人もいるだろう。しかし、使用するツールの原理を学ぶことは、自らの表現の幅を広げることへ繋がっていく。また、原理と聞くと難解な技術論文を読まなければいけないのかと思う人もいるかもしれないが、そうではない。たとえば、アルファチャンネル光の三原色など、普段の制作業務の中で何気なく用いている言葉の意味を正しく理解することから始めれば良いのだ。アニメ撮影の定番ツールであるAEの仕様を調べていくことで得られた知識に、仕事をする上で助けられたと話す吉岡さんの"疑問をもったら納得いくまで探求していく"というスタイルを手本としてみてはどうだろう?