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2012/12/12更新

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本連載では、先進的な取り組みをしている教育の現場を取材し、どのような人材を育てるべく、どんな観点で何を教育されているのかについてご紹介しています。今回は11月9日に開催された「ゲームエンジン教育活用セミナー」を軸に、ゲーム制作教育におけるゲームエンジンの役割について紹介し、今後の制作や教育、研究への導入の参考となるよう、代表的なゲームエンジンの特徴と、教育や研究事例などをリポートします。


ゲームエンジン全盛時代を迎えた産業界

ゲームエンジンの登場と普及によって、産業界はもちろん、ゲーム制作の教育現場は大きな変化の時を迎えています。ゲームエンジンとは、ゲーム制作に必要なさまざまな機能やライブラリが組み合わさった、統合的なゲーム開発環境のこと。DCCツールなどの制作に必要な2D(2次元)や3D(3次元)CGのソフトウェアと連携して制作パイプラインを構築し、ゲーム制作のプラットフォームとして機能します。

ゲームエンジンの重要性が注目され始めたのは、2000年代の前半です。大手企業から導入が始まり、2000年代の後半になると、無料で使える高性能なゲームエンジンも登場しました。代表的なものにエピック・ゲームズの「UDK(Unreal Engine Developers Kit)」や、ユニティ・テクノロジーズの「Unity3D」があります。また3Dグラフィックに特化したものでは、プレミアムエージェンシーの「千鳥」などがあります。これにより、ゲーム開発環境におけるプロとアマチュアの違いが、急速に縮まってきました。

こうした背景には、ハードウェアの進化とゲーム開発の大規模化があります。かつてはハードウェアが貧弱だったため、ゲーム制作では企画にあわせて作り込み、ハードウェアの性能をフルに引き出すことが必要でした。

しかしゲーム開発の大規模化に伴い、制作の効率化が強く求められるようになりました。またハードウェアの進化に伴い、個々の企画案件やハードウェアの違いを吸収できる、統合的なゲーム開発・実行環境が現実味を帯びてきました。PCや家庭用ゲーム機だけでなく、スマートフォン向けのアプリなどでも、ゲームエンジンの使用が可能になってきたのです。その結果、ゲームエンジンが全世界で爆発的な普及をみせるようになりました。


代表的なゲームエンジンの特性

これらの中でも、PCや家庭用ゲームなどのハイエンドゲーム向けに、いち早く普及したのがアンリアルエンジンです。2012年には最新版「4」がリリースされ、次世代のゲームエンジンとして大きな注目を集めています。アンリアルエンジン自体は商用ライセンスが必要ですが、「3」をベースに一部の機能を省略した、無料版のUDKも存在します。教育用途から実際の製品開発まで、幅広く使用されています。

UDKの特徴はKismetと呼ばれる簡易言語をサポートし、プログラミング言語を用いなくても、複雑なゲームの作り込みができることです。Windows、Mac、iPhone向けゲーム開発に特化しており、教育利用なら無料で使用できます。アプリケーションを販売する場合でも、売上が5万ドル未満ならロイヤリティは発生しません。国内でも日本工学院専門学校や、バンタンゲームアカデミーの専門講座などで採用されています。

一方で個人クリエイターや、インディーゲーム開発者(小資本の独立系ゲームスタジオ)を中心に、爆発的な人気を誇っているのがUnity3Dです。スマートフォンやタブレット向けアプリを中心に採用されることが多く、日本語で読める解説本も数多く存在します。無料版に加えて、チーム制作に向く「Pro」ライセンスも存在し、モバイル向けソーシャルゲームなどでも採用事例が増えてきました。

Unity3Dのモットーは「ゲーム開発の民主化」です。1980年代、PCユーザーの多くはプログラミング言語のBASICでゲームを作り、遊びながらゲーム作りを覚えていきました。Unity3Dはゲーム作りを、こうした誰もが気軽に体験できるものへと解放します。完成したゲームを商用販売するのも自由。なかには世界的なヒットを収めたゲームも少なくありません。世界中で文字通り「星の数」ほどのゲームがUnity3Dで制作されています。

これに対して千鳥の特徴は、数少ない国産の3Dグラフィックエンジンであることです。UDKやUnity3Dと異なり、ゲーム制作にはC++の開発環境が必要ですが、ゲームエンジンに依存しないエンジニアの育成が可能です。教育機関向けにWindows版・Android版・iOS版も無償提供されています。なにより、日本語でのサポートが充実している点が、教育現場には嬉しいところでしょう。

もっとも、千鳥のユーザーは教育現場だけでなく、商用ゲーム開発や番組制作などの分野でも使用されています。また開発・販売元のプレミアムエージェンシー自ら「千鳥アカデミー」を立ち上げ、教育カリキュラムを編成。国内外の教育機関と連携して、3Dアプリ開発者教育を進めてきました。香港・台湾・シンガポール・ベトナム・中国でも、現地政府などと協力して、ゲーム制作を通した人材教育が行われています。


ゲームエンジンがつなぐ産業界と教育界

ゲームエンジン教育活用セミナーでは、これら3種類のゲームエンジンの特徴が紹介されると共に、さまざまな活用事例が報告されました。このことは従来存在した産業界と教育界の垣根が、どんどん崩壊していき、互いに混じり合っていく未来を予感させました。実際、ゲーム制作環境は一足先に融合しています。なぜなら前述の通り、学生もプロも同じゲームエンジン上で制作を行っているからです。

ゲームエンジンの普及はゲーム開発のスタイルを一変させました。これまでのゲーム開発は、「ツール」を使って「データ」を制作し、それらを組み合わせて「プレイ」できる形に整えてから、内容を検証していました。しかし、テストプレイが可能になるまでの時間が長く、ちょっとした修正でも、すぐに内容を確認することができませんでした。その結果、おもしろさの検証や調整が不十分なまま発売されるケースも見られたのです。

しかしゲームエンジンによる開発では、思いついたアイディアをすぐにゲームエンジン上で実装し、実際に遊んで確かめられます。必要なデータ類は、ゲームの方針がしっかり定まってから、改めて作り込めば良いのです。プログラミングに関するコストやスキルも、それまでの制作スタイルとは比較にならないくらい軽減されています。その結果、プログラマの手をわずらわせることなく、高度な作り込みが可能になってきています。

このような状況から、中小企業や小資本の独立系ゲームスタジオ(インディーズ)では、ゲームエンジンへの依存度が非常に高くなっています。しかし、これは中長期的に見ると、企業戦略を狭める恐れもあります。そのため大手企業では、ゲームエンジンで「遊び」を創造できる人材と、ゲームエンジン自体を制作できる人材に、求められる人材像が分離する傾向も見られるようになりました。

こうした企業の動きに呼応して、教育分野でもゲームエンジンによる制作実習を取り入れる例が増えてきました。その最右翼が東京工科大学メディア学部です。同校では2004年からさまざまなゲームエンジンが活用されています。しかし、個々の学校で環境や事情が異なるため、実際の導入には注意が必要です。同校でも過去8年間、さまざまな試行錯誤が行われてきました。


いち早くゲームエンジンを教育に取り入れた東京工科大学の取り組み

東京工科大学の中でも、ゲーム教育を実施するメディア学部には、文理芸術系まで多彩な経歴を持つ43名の教員が在籍し、一学年あたり500名の学生が存在します。

もっとも、彼らすべてがゲーム制作教育に携わるわけではありません。そもそもゲーム制作にはプログラム、グラフィック、サウンドなどさまざまなスキルが必要で、教育においても一定以上の質を持った研究者や教員を、大量に確保することが求められます。しかし、これは実際には実現が困難です。また姉妹校の専門学校・日本工学院にはゲーム系の学科も存在します。そのため4年生大学ならではの差別化も必要でした。

そこで東京工科大学では、育成する学生の人材像について絞り込みを行いました。基本となるのは理系の学士力をベースに、制作経験と基礎技術力を兼ね備えた人材です。具体的には開発力や技術的知識を持ち、ロジカルな思考ができるプロデューサ・ディレクター候補。続いて新たな表現や技術を生み出せる、イノベーティブなアーティスト・エンジニア。ざっくり言えば前者が「ゲームエンジンで『遊び』を創造できる人材」、後者が「ゲームエンジン自体を制作できる人材」に当てはまるといえます。

もっとも、メディア学部はゲーム専門の学部ではないので、ゲーム制作教育の必修化が困難です。前述の通り教員の手が足りませんし、すべての学生がゲーム業界を志望するわけでもありません。教育カリキュラム自体も半期・通期といった、一定の制約を受けてしまいます。また学部生には大学院修士課程・博士課程といった研究開発分野に進む学生と、学部でゲーム制作を学び、就職を希望する学生が混在します。すなわち研究開発のための個人スキルを高めることと、チームでの制作経験を両立させる難しさもありました。

そのため同校ではゲーム制作教育を必修とせず、希望者のみが履修できる選択科目としました。そのうえで長期演習の「プロジェクト演習」と、短期演習の「メディア専門演習」という二種類の制作演習コースを設置。これ以外にも講義科目を通して、基礎教養や専門教育を学びます。これらの授業は3年間で履修し、企業の内定をとるだけの学力を習得。その上で、4年次を研究開発主体の「卒業研究」に当てるカリキュラムが組まれました。

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小野憲史

平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。主な連載に「小野憲史のゲーム評評」(inside)など。著書に『ニンテンドーDSが売れる理由』(共著)『ゲームニクスとは何か』(構成協力)がある。NPO法人国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)代表。