2011/04/20更新

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

安定した収入を捨て、CGの世界へ 〜相応の覚悟と危機感を抱いてのスタート〜

前述の通り、尹さんが日本電子専門学校の学生だった頃も現在のように就職難であった。

「ちょうど僕が就職活動をしていた2000年頃も就職氷河期と言われていて、『まあ、贅沢は言ってられないよね』という風潮がありました。ただ、僕は自分が本当に行きたいところ(会社)に、最初から入ることが必ずしも正解ではないと考えていたんです。多くの人が言われるように、CG・映像に限らず、コンテンツ業界って狭いじゃないですか。だから、門を叩いて1度その業界に入ってしまえば、後は自分の頑張り次第で目指すところに行けるだろうと。なんだか凄く偉そうに聞こえるかもしれませんが(苦笑)、要は会社に就職することが目的になってはいけないと思うんですよね。こうした考え方ができたのは、金属加工職人としてではありますが、社会に出て仕事をするということを自分なりに経験できていた結果かもしれませんね」

よく言われることだが、個人作品の創作と、クライアントや監督のニーズを汲んでの制作とでは、その性格は大きく異なる。飲食店でメニューを選ぶような軽い気持ちで、入りたい会社を選ぶのではなく、“自分が志望する業界で生きていく”とはどのようなことなのかイメージするために、自分に合った働き方や近い将来の人生設計を、分からないなりにも、具体的に考えてみることは有効かもしれない。尹さんは、専門学校に入り直した時から、“CG・映像業界で生きていく”という覚悟をもっていたという。実際に就職した株式会社オムニバス・ジャパン(以下、OJ)から内定を得るまでのエピソードにも、そうした意思が窺える。

「ポートフォリオは、僕だけA4ではなくA3サイズで作りました(笑)。セオリーで考えると、極端に変わった仕様は避けるべきだと思うのですが、我ながらポートフォリオの内容には自信があったし、さらにヤル気やインパクトも見せたいなと思ったんです。プラスαの部分も打ち出したかったので、個人的に制作したWebサイトやフライヤーのデザイン、VJ素材、知り合いのバンドのでかいポスターといった作品も積極的に入れました。面接官は“あぁ、そんなにもってこなくてもいいよ”みたいな顔をしていましたけど(笑)。ただ色々見せる中でも“音と映像の結びつき”という自分の核となる売りの部分は、ブラさずにプレゼンできたと思いますね」

その後、実際にOJで面接官を何度か担当したそうだが、学校の課題をとにかく収めただけでは、よほどのインパクトがない限り見る人の気を引くのは難しいと改めて感じたという。

こうしてOJへ入社した尹さんだが、実は入社から半年ほど経過した頃に挫折を味わったそうだ。

「ある作品で映像デザインを担当したんですが、自分でもわかるぐらい全然上手くできなくて、先輩にも『なんだ、言うほど大したことねぇな』みたいなことを言われたんですよね。もう、悔しくて悔しくて。改めて自分が得意とする表現は何か、その表現力を高めるにはどうすれば良いかを問い詰めた結果、『シンプルな形状を複雑に組み合わせる=レイアウト力』という結論に達して、それから独学でレイアウトを必死に勉強し直しました」

自分は決して3DCGの技術や理論に精通しているわけではない。だから、ある程度は感性でカバーできるレイアウトが上手くできないのであれば、この業界では生き残れない。尹さんは自分が置かれた状況を冷静に分析し、自身の武器となるスキルを意識的に磨いていった。そうした努力によって“3DCGをベースにしたモーショングラフィックスを得意とする”という、尹さんの今の立ち位置が確立されたと言えよう。現在、業界を目指している人たちも、モデリングやアニメーション、プログラミングといった、自分が好きであったり、得意であったりする分野について、それが武器にもなっているのかどうか、冷静に見直してみてはどうだろうか。

最近、尹さんが手掛けたというSONY WALKMAN「チューニング」篇TVCM(2010年、制作:葵プロモーション、Dir.:舟越 響子)150秒バージョンに登場する商品カット。同じ形状の3DCGオブジェクトを複数レイアウトし、印象的な動きを付ける手法は、尹さんが得意とする表現の1つだ。CMはこちらで視聴できる。

映像制作は総合芸術であり、観客がいて初めて成り立つ 〜プロとしての心構え〜

現在、CG・映像業界を目指している人は、どのような映像を表現したいと思っているのだろうか。尹さんが学生だった当時は、現在も大きな支持を集める『ファイナル・ファンタジー』シリーズ(以下、FF)のような表現を好み、自身もその制作に携わることを志望する人が多かったそうだ。結果的に、似たような表現の作品ばかりが目についていたという。

「僕が学生だった頃の卒業制作では、人が剣をもって戦うといった表現が本当に多かったです。確かにFFシリーズのビジュアルはいつだって素晴らしいできばえで、今も学生に人気があります。学生の話を聞いていると、彼らの多くはあのクオリティを 1人で作れるものだと勘違いしているんじゃないかと心配になります。この業界に長くいると、稀にそうした天才と出会うこともあるんですが、残念ながら大半の学生は中途半端なクオリティで没個性に陥ってしまいがちです。だから学生と話す機会があれば、『いきなり難しいことに挑むのではなく、まずは簡単なことを確実に身に付けてください』と必ず伝えるようにしています。例えば、単純な立方体モデルにアニメーションを付けさせてみると、同じモデルなのに凄く良い動きに仕上げられる学生と、まったくできない学生がいるんです。同じツールを使っていても、その差は歴然です。“感性”という言葉で片付けられてしまいがちですが、自分の経験をふり返ってみると、感性以上に努力がものを言うように思います。こうした基礎の部分がしっかりできていないと、難易度の高い表現を頼まれることはあり得ません。だから、まずはCGや映像制作をする上で必要になる、基礎的な技術をしっかり習得して欲しいんです」

CGを学び始めて数ヶ月ぐらい経つと、ついつい商業作品の真似事ばかりに力を入れてしまいがちではないだろうか。尹さんは、プロとして一目置かれる立場になった現在も、変わらずに基礎的な技術の修練を心掛けているそうだ。さらに基礎の重視に加えて、作品を人に見せることにも慣れておいた方が良いそうだ。

「VJをやっていた時に、ふとフロアに目をやると、自分が作った映像を見てくれている人がいた、なんてこともありました。誰かに見てもらえることの喜びをしみじみと感じましたね。当然ながら、大半の人は踊りに夢中で映像なんかに目もくれませんからね(笑)。自分の作品を見てもらうことって、最初は凄く勇気がいることでしょう。だけど、それが仕事となった時には、完パケした作品が巷に流れていくのは当然として、それ以前に、監督やクライアントのチェックを受けて、色々な指摘が入るわけです。だから学生のうちから慣れておいて損はありませんよ」

自身が憧れたような映像を、いつか作ることを目標とし、意識することは大切である。しかし、そうした目標となる作品が、実は小さな基礎の積み重ねの上に成り立っていることを、しっかりと理解する必要があるだろう。加えて、制作した作品を自己完結させず、第三者に見てもらって評価を受け、その評価を糧とすることも“制作”の大切な行程であることを忘れないで欲しい。尹さんの話を伺っている最中、“ローマは一日にしてならず”という言葉が頭をよぎった。使い古された感もある昔の格言ではあるが、最先端のCGや映像制作を志す人の心構えとしても、この言葉は十分に適用できるのだ。

後編では、“映像制作のプロとして喰っていく”ために尹さんが必要だと考える素養と、それを磨くための具体的な学習法を紹介する。

十十(ジット)尹剛志さんインタビュー ~後編 プロとして必要な素養~