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2013/10/11更新

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表現を支える技術の可能性、今後の課題と方向性とは!?

前半がカリキュラムの側面から議論が行われたのに対して、後半のパネルディスカッション「表現を支える技術の可能性、今後の課題と方向性とは!?」では、企業と研究室のつながりなど、技術面から見た産学のあり方について議論が行われました。パネリストは産業界からプレミアムエージェンシー代表取締役の山路和紀氏、スクウェア・エニックスCTOの橋本善久氏、drawiz代表取締役の尾小山良哉氏。学術界から東京大学大学院教授の苗村健氏、早稲田大学先進理工学部教授の森島繁生氏、そしてモデレータもつとめた慶應義塾大学理工学部の藤代一成氏です。


各社のスタンスと技術を基盤とした取り組み

プレミアムエージェンシーの山路氏ははじめに、日本のコンピュータグラフィックスの父と言われ、CG-ARTSの設立にも携わった金子満氏が1980年に設立した企業CGスタジオ、JCGL(ジャパン・コンピュータ・グラフィックス・ラボ)の企業パンフレットを紹介。当時のビジョンが約30年を経て一般化したと解説し、同社でも2006年に自社開発した3DCG向けエンジン「千鳥」を2012年より無償配布中だと紹介しました。一方で海外のトップ企業が数十億円規模で技術投資をするなかで、日本企業の存在感が年々低下している現状を説明。あらゆる映像技術を組み合わせて、世界の最先端で活躍していきたいと抱負が語られました。

スクウェア・エニックスでCTOを務める橋本氏は、ゲームエンジン「Luminous Studio」の開発責任者でもあります。橋本氏はオンラインゲーム「ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア」と、テクニカルデモ「Agni's Philosophy -- FINAL FANTASY REALTIME TECH DEMO」の映像を上映。前者がPlayStation3世代、後者はPlayStation4世代の映像だと語りました。そのうえでDirectX 11世代の技術とPlayStation4などのマシンパワーにより、フォトリアルなCG映像をリアルタイムに作り出すことが可能になったと総括。現在はハイエンドなゲームを、いかに生産性を高めて開発できるかに注力していると言います。

drawizの尾小山氏は、もともとCMディレクターとしてテレビ-CMの演出に携わってきた経歴の持ち主です。2008年に設立されたdrawizも、CGスタジオとしての機能に加えて、実写映像の撮影スキルが高い点が特徴で、CGと組み合わせた実写映像をワンストップで制作できる点が強みだとしました。また最近の傾向としてマルチデバイスに対応した映像制作が求められていることをあげ、同社でもWeb内ムービーやバナージャック広告、さらにはプロジェクションマッピングなどを全方位に対応。最近ではプリレンダリングからリアルタイムCGへの移行を見越して、研究開発に力を入れていると紹介されました。


外界との入出力手段の進化と影響とは

これらを受けてモデレータの藤代氏は「それぞれ『外界との入出力』という共通点がある」と整理し、新たな問題提起を行いました。映像出力がプリレンダーCGからリアルタイムCGに進む一方で、入力手段においてもセンサーやデバイス群の進化が続いています。今後も外界との入出力手段が進化し、さらにシームレスな映像体験が可能になっていくのは明らかでしょう。こうした技術トレンドが映像制作にどのような影響をもたらすのか、またそのビジョンは・・・というわけです。

これに対して山路氏は「センサー技術などを駆使して、いちいちモデリングしなくてもすむようになったり、一度作った仮想世界をバーチャルセットとしてライブラリ化し、ほかの用途に使い回せるようにしたい」と回答。そのうえでスマートフォンやタブレットなどのデバイスと連動させて、新しい体験を提供したいと語りました。一方で橋本氏は「CGキャラクターに限っても、映像の品質が上がっていくと、自然な動きであったり、AIであったりと、他の部分が気になっていく。全体がバランスよく進化していくことが重要」とコメント。尾小山氏も「どこまで自動化し、省力化して、浮いた労力を創造性に当てるかがポイントだ」として、目的意識をもった研究開発の重要性を訴えました。

こうした産業界の方向性に対して、大学側でもさまざまな人材育成の取り組みが紹介されました。藤代氏は博士課程の前期で学生が興味のある分野に対して、50本程度の論文を調査させ、研究領域のマッピングを行わせていると回答。これをもとにブレイクスルーとなる研究分野を探させているといいます。「大学や会社でも、市場調査をもとに攻略法を見つけ、生き残る術を自分で考えられる人材を育成することが大事」との思いからです。

苗村氏は「大学で技術は教えられても、技術の価値を定義する術を教えることは難しい」と課題を語りました。「特定の表現のために必要な技術を開発する」ことが多い産業界と異なり、学術界では「新しい技術開発で新しい表現を生み出す」という逆のベクトルが一般的。それだけに研究の途中で目的を見失ったり、研究の着地点が見つけられず悩む例が増えるというわけです。そのため産業界から講師を招き、講演などを通して、学生が自分なりの価値観や答えを見つけてもらう取り組みも行われているそうです。

森島氏は研究室が所属する「応用物理学科」という性質上、宇宙や自然科学などの研究に憧れる学生が多いため、いかにコンテンツに興味を持たせるかが最初の課題だと語りました。3年次までプログラミングを行う機会もないため、CG-ARTSの検定試験が取り入れられ、学生の意識付けに利用されています。もっとも、せっかくCGレンダリングなどの基礎研究を行っても、コンサルティング会社など別の業界に人材が流出してしまうため、いかに優秀な人材をコンテンツ業界につなぎ止められるかも課題だとしました。


今後の動向と求める人材像とは

こうした大学側の現状を踏まえて、再び藤代氏は産業側に求める人材像について質問を投げかけました。橋本氏は「これまではハードウェアの限界で制約があったが、PlayStation4世代では、一気に学術界での研究成果がゲーム開発に生かせるようになる」とコメント。SIGGRAPHの論文をゲーム制作に応用する例が一般的になっているといいます。同社では今春、学生向けに技術説明会「スクウェア・エニックス オープンカンファレンス for Students」も実施。今後も大学との関係性を深めていきたいと語りました。

尾小山氏も「CGスタジオの就職希望者はクリエイティブに憧れる人が多いが、CGのレベルが高くなると、モノを一つ表現するだけでも、アカデミックな部分がより重要になる」と指摘。絵が描ける人材よりも、技術的な素養があったり、論文が読めて実装できる人材を求めていると語りました。「面接でも大学での卒業研究の内容について質問しますし、興味をもって聞いています」(尾小山氏)。

山路氏はデジタル化の進展に伴い、世界規模で制作費の二極化が進んでいるなかで、いかにクリエイターの年収を上げられるかが重要だと指摘。そのためには世界市場でのリクープが不可欠で、企業には世界戦略を考えられる人材が必要だと語りました。また技術をエンターテイメント分野だけに留めるのではなく、医療や教育をはじめ、世の中全体で活用していく方策も業界全体で考える必要があるとコメント。クリエイターにおいても、より一層ラジカルな視点が求められると指摘しました。


これからのコンテンツ業界の技術者の展望

このほか質疑応答では、森島氏から「コンテンツ業界では最新技術が必ずしも歓迎されるわけではなく、監督の一存で慣れ親しんだ技術が採用されることもある。エンジニアとして、どのように生きていけばよいか」という質問がなされました。これに対して尾小山氏は「CG業界では長く技術とアートの境界線が曖昧なまま進化してきた」と分析し、時としてエンジニアが振り回されることがあったとコメント。そのうえで求められる技術レベルの向上に伴い、ようやくアーティスト側でもエンジニアとの交流の仕方がわかってきたとのこと。これから「生きやすく」なるのではないかといいます。

これに対して橋本氏は「エンジニアといえども技術だけでは不十分で、コンテンツに対する目利き力が必要」だと釘を刺します。「どれだけ理論的に正しいものを作ろうとしても、必ずバグだったり調整が必要なことは入り込んでくるので、最終的には自分の目を頼りにする必要があります。自分の作った道具を使ってもらう人の目線で、それが正しいか間違っているかを考えることができない と、いいものを作ることができないと思います。そして、ユーザーに対する『おもてなし』ができないと厳しいのは、アーティストもエンジニアも同じです。」(橋本氏)

山路氏は「エンジニアには現実世界の理解が求められるが、アーティストには残念ながら『好きだから絵を描いている』という程度の、レベルが低い者もいる。社内の多数派はアーティストなので、多数決をとるとエンジニアが負けてしまうこともある」とコメント。エンジニアには強い意思をもって世の中を変えていくという気概が必要だと語りました。最後に藤代氏は技術革新によってコンテンツ産業全体が地殻変動を起こしつつあるなか、人材育成についても技術トレンドだけでなく、企業の世界戦略も見据えるなど、幅広い洞察力が求められるとコメント。議論をまとめました。

その後、二部で行われた交流会では、一部のパネルディスカッションで語りきれなかった議論や質問が、企業と教育者の間で積極的に行われていました。筆者は今回のような、産学をつなぐ取り組みの必要性を改めて感じ、今後も積極的に行われていくことに期待を寄せています。

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小野憲史

平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。主な連載に「小野憲史のゲーム評評」(inside)など。著書に『ニンテンドーDSが売れる理由』(共著)『ゲームニクスとは何か』(構成協力)がある。NPO法人IGDA日本代表。