2010/09/01更新
教育という観点からCG研究開発の方法論を探る
今回の連載を始めるにあたって、その目的が何かということを少しだけ述べておきたい。CGの発祥はアメリカ、そしてその進化も一貫してアメリカに率いられてきていると誰もが信じて疑わない今日だが、果たしてそれが真実かというと、決してそういうわけでもない。ヨーロッパやアジアからも、次世代のCGの流れを作り出してゆくような数多くの斬新なアイデアが生み出されてきている。ただし、CGの進化を実質的に作り出してゆく研究開発とは、アイデアや理論の構築だけでは終わらない。その理論をどのように産業に生かしてゆくかということを明確に提示するところまでもっていって、はじめて研究開発が完了したといえるのだ。この見解にはもちろん異論を示す人々も多いと思うが、実際にこの10年のCG技術の新たな展開をつぶさに追ってきた筆者の目から見ると、これはゆるぎない真実だといえる。そして、このような理論と産業との橋渡しを含めた研究開発を組織だって行っている大学や企業の教育機関が最も充実しているのは、やはりアメリカだといえるのだ。

意外に今日の若い世代の人々には知られていないが、日本のCGも80年代から90年代半ば辺りまではアメリカに引けを取らない技術力を誇っていた。だが、理論と産業との橋渡しの術を心得ていなかったゆえに、しだいに大きな溝を空けられることになった。この問題を解決する方法論は、様々な分野のコラボレーションによって探索されるべきものではあるが、この連載では"教育"という観点からその方法論を探ってゆきたい。最終的には日本ならではの方法論を見つけ出してゆく必要があるのだが、まずはその参考に海外の様々な成功例を筆者の目を通して紹介してゆきたいというのがこの連載の目指すところだ。

CGは飽くことのない探究心と壮大な夢を抱いて進化してきた。日本の若い世代の人々に今一度それを思い起こし、是非とも将来の展望につなげていって欲しい。
SIGGRAPH2010に見るCG技術の新たな展開
初回にあたる今回は、CG技術の新たな展開を担った研究開発に理論と産業の両面から積極的に取り組んでいるコーネル大学のDoug L. James氏の研究室を、2週に分けて前後編で紹介する。

本題に入る前に、まず"CG技術の新たな展開"とは何ぞやという点を簡単に説明したい。CG=Computer Graphicsなるものは、その名の通りコンピュータを用いて"グラフィックス"を作り出す技術を意味している。そして長らくその出力は"2Dの画素(ピクセル)の並び=画像"とされてきた。

しかし、2009年辺りからこの認識が大きく変わりはじめ、SIGGRAPH2010ではそれを象徴するかのように、"Fabrication"や"Physics-Based Sound & Bubbles"といった新たな論文セッションが登場した。前者はこれまで2Dの画像を対象として色を算出するために開発されてきた手法を、3Dプリンターなどを用いて、人間が実際に手に取って見たり触ったりできる3Dモデル上で実装することを目指している。後者はCGの分野で開発されてきた物理シミュレーションの結果を音に反映させることを目指している。CG技術のアウトプットは、もはや2Dの画像に限られたものではなくなってきているのだ。今回紹介するJames氏の研究室が取り組んでいるのは、前述した2例のうちの後者にあたる"音"の研究プロジェクトだ。