2012/02/22更新

デジタル・フロンティア 元生晃司さん 〜前編 戦略的アプローチでプロのクリエイターを目指す〜

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

前編に引き続き株式会社デジタル・フロンティア(※以下、DF)にてシニアデザイナーを務める元生晃司さんのキャリアを紐解きつつ、シニアデザイナーという仕事の取り組み方や、制作ロジックなどを中心にご紹介しよう。

足りないスキルは“工夫”で補う

前編でお伝えしたように、元生さんは戦略的なアプローチによりDFへと就職した。その後、最初に任されたのはアニメーションの仕事だったという。

「学生時代は自分の武器さえ磨いておけば、入った会社がその人の資質を見計らって適材適所に配置してくれるはずです。ただし、何か1つだけにやりたいことを決め込んでしまうと、それに執着しすぎて自分の可能性を消しかねない。だから最初のうちは『どうせ業界のこともわからないし、CG・映像の知識も少ないのだから、あまり賢く立ち回ろうとせずに、会社に身を預けてみよう』くらいの心構えの方が、上手くいくように思います」


プロに入ってからの3年間は1つの目安となる期間だ。これを過ぎれば、自分の実力や、業界に関する多くのことが把握できるようになってくる。裏を返せば、この3年間を耐えられない人材も多いといえるだろう。事実、元生さんもDFに入社した当初は、大きな葛藤を抱えていたようだ。

「思い返すと、自分の場合は入ってからずっと劣等感の固まりでした。『自分の力不足でプロジェクトのクオリティを下げてしまうのでは?』という恐怖と戦っていました。いかに足を引っ張らないようにするか、つねに考えていましたね」

しかし、2003年に参加したPS2対応ゲーム『ネオコントラ』のプロジェクトをきっかけに、元生さんは弱気な自分と決別することになった。同作品に関わり始めてからは、プロジェクトのクオリティを上げるため、自分に何ができるか積極的に考えるようになったそうだ。「この意識の変化を起こせた瞬間が、本当の意味でのプロデビューだったと思います」と、当時を振り返る。

また、前職の営業マン時代はどうしても「給料を貰うために仕事をやらされている」という受け身の意識だったが、同プロジェクトでのアウトプットの際に、初めて「仕事を楽しみながら給料を得ている」という実感をもてたそうだ。

「当時の自分は、一番トンガっていた時期でしたね(笑)。ほかの人より1カットでも多く、1ピクセルでも多く仕事を取ってやろうと、いつも考えていました。プログラミングができる人間や、美大出身で絵画・彫刻などの技術や知識をもつ人間を見ると、羨ましく感じたものです。そういった人間に負けないためにはどうしたらいいかを考え、“工夫で勝つ”ことを常に目指していました」

“工夫”とは、具体的にはどういったことを指すのだろうか。元生さんは、自分を売り込むための努力や、仕事を頼みやすい環境づくりを例にあげた。

「CGの制作作業だけではなく、できるだけ発言することを心がけたり、使い勝手の良い資料作成にこだわったりしました。それから、フォルダ名をわかりやすく整理するなどの、草の根活動的なことも率先してやりましたね(笑)。そんな人がいたら便利でしょうし、きっと仕事を頼みやすいだろうと思っていました」

「そのカットは僕がやりますよ」と声を出し、積極的に行動することで、全体スケジュールを管理する人間がスタッフをアサインする時に声がかかりやすくなり、色々な案件が舞い込んでくる好回転に繋がっていった。

ただし、こうした流れを起こすためには、元生さんのように与えられた仕事をきちんとこなすのが大前提だということを忘れてはならない。通常の仕事で結果を残し、さらに自分で新たに獲得した仕事でも結果を残す。こうした積み重ねが、組織内の人々からの大きな信頼へと繋がっていくのである。

スタッフのモチベーションにも配慮した、チームマネジメントの実践

DFのジェネラリストのスタッフには、デザイナー ⇒ チーフ ⇒ シニアデザイナー ⇒ ディレクターという4段階の昇級システムが適用される。元生さんはデザイナーとして、モデリング、アニメーション、コンポジット、エフェクトなどの幅広い業務を経験し、現在はシニアデザイナーとなってチームを管理している。モノ作りをしたいという思いを抱いて業界に入ってきた人間が管理する側に回ることは、1つのターニングポイントになるだろうと話す。

「今の若手は、僕よりも若くして管理する側に回ることになると思います。自分のクリエイターとしてのキャリアがそこで途絶えるのではないかと、不安が生まれ悩むこともあるでしょう。自分の場合は『まずそこから逃げない』という決断をしました」

管理側に回れば、実際に自分の手を動かす機会は減るかもしれない。CGソフトよりも、エクセルなどの管理用ソフトを使うことが多くもなるだろう。しかし同時に、画作りへの責任は増すことになり、クリエイターとしてのキャリアが途絶えることにはならないはずだと元生さんは考える。では元生さんは、シニアデザイナーとして具体的にどういったポイントに重きを置き、日々の業務を行っているのだろうか。

「自分のスキルアップよりも、チームのスキルアップを優先しています。1人の力だけでは到底カバーすることができない規模のプロジェクトでは、チームの力をいかに発揮させるかが重要になってきます。プロジェクトのウィークポイントを早めに見つけて、それに対し早めの対処をすることも大事になってきます。また、チームのチーフとなった人間の力を上手く発揮させ、その力をチームの細部にまで行き渡らせる最善の方法を常に考えるよう意識していますね」

プロジェクトに関わるすべての人間に制作方針を浸透させ、待機などで時間をもてあます人間が出ないよう、しっかりと全体の進行を管理するためには、チーフとなったスタッフへの気配りが欠かせないようだ。また元生さんは、情報をできるだけ正確に伝えることも心がけているという。

「例えば、スケジュールが10日の場合でも『5日が締め切りだ』といって作業を急がせる人もいます。でもそのやり方は、作業する側の人間を軽視していると思うんです。僕なら『10日が締め切りだから、5日をメドにやりましょう』と伝えます。だましてコントロールするやり方は性に合わないので、情報はなるべく正確に行き渡らせるようにしています」

指定された締め切りに間に合わせるため、何日も徹夜して頑張ったのに、実は締め切りがまだ先だったと知らされたら、当然ながら「徹夜までして間に合わせた自分の時間を返してくれ」という気持ちになるだろう。不満や不信感は、その後の制作のモチベーションにも影響し、逆にクオリティが損なわれる部分が増えていくことも否めない。

元生さんは情報を正しく伝えることを心がけ、スタッフのモチベーションにも配慮したチームマネジメントを実践しているようだ。
貴重な経験を得た、リーダーやシニアデザイナーとしてのプロジェクト参加

DFでのキャリアにおける大きな転機となった作品として、元生さんは次の3つを挙げた。
バイオハザード ディジェネレーション』(2008)
GANTZ』(2011)
GANTZ PERFECT ANSWER』(2011)

「『バイオハザード ディジェネレーション』では、エフェクトチームのリーダーとして、チームの立ち上げから1年間に渡って参加し、大きな経験となりました。それまではDFの中にエフェクトの専門チームはなかったので、ワークフローの構築からマシンの増強やソフトウェアの導入まで、幅広い挑戦ができました」

この作品ではチームの管理者として、ディレクターとの直接のやり取りも経験できた。画の決裁を誰かに相談することなく、自分で判断できるようになったことで、「あぁ、自分もここまで来たか」と感慨深かったという。

元生さんは本プロジェクトに関わるまで、エフェクトをメインにやってきたわけではない。しかし、チームのリーダーとしてアサインされたのは、前述した元生さんの仕事に対するスタンスが会社に評価されたからだろう。

「『GANTZ』シリーズではシニアデザイナーとして参加でき、これらも貴重な経験となりました。前後編合わせて1年半の長期間、プロジェクトの最初から最後まで関われる機会はなかなかありません。VFXカットの撮影現場に立ち会えたのも良い経験でした。今後またチャンスがあれば、実写作品も手がけていきたいです」

同作に携わることで、実写VFXの面白さを改めて実感することができたと話す元生さん。日本の制作スタイルに根ざした実写VFXの模索に興味があるそうだ。

「ハリウッドスタイルをそのまま導入するのではなく、制作のスリム化を実践して、日本独自のスタイルで勝負できたら良いなと思っています」

フル・アニメーションに対する日本独自のカウンター表現として、リミテッド・アニメーションは生まれた。そう遠くない未来、ハリウッドVFXに対するカウンター表現として、日本独自のVFX表現が確立されるかもしれない 。


「バイオハザード  ディジェネレーション」
(C)2008 カプコン/バイオハザードCG製作委員会
元生さんがエフェクトチームのリーダーとして参加した『バイオハザード ディジェネレーション』(2008)。本作のヒットを受け、続編『バイオハザード ダムネーション』も今年S3D作品として公開予定だ。