2011/03/11更新
改善④ ルック・デブの新設

CG制作においては、あらかじめレンダリング画像を色、反射、影などのパス(成分)ごとに出力して、後でコンポジット(合成)することが一般的である。これは、各成分を素材として考え、それらを調整しながら様々な効果を加えて合成することにより、3DCGソフト単体では作り出すことが難しい質感を実現するためである。ただし、この手法の場合、コンポジットアーティストの力量によって仕上がりに差が出てしまう恐れがある。特に大規模プロジェクトの場合は、携わるアーティストの人数が多く、クオリティのバランスをどの辺りに置くかということが重要になってくる。

そこで、「トランスフォーマー」では、ルック・デブというパートを新設し、そこで質感を決定することにした。そして、本作で用いられているレンダラーのmental rayが計算する最終カラーの画像のみを使用し、マルチパス(複数のパス)によるコンポジットを行わないとする判断がなされた。

このルック・デブは、ワークフロー上ではモデリング&テクスチャ作業の後に位置づけられ、今回はリギングの作業と平行で行われている。つまり、今までは、コンポジットというワークフローの最後の方で行っていた質感調整を、ワークフローの最初の方で行い、かつ、決定してしまうのである。これにより、どんなショットにおいても一定の品質を保ったまま制作を行うことを可能にしている。この品質保証(Q.A.:Quality Assurance)という考え方は、日本のスタジオにはあまり浸透していない概念であるが、大規模案件を取り扱う海外のスタジオでは非常に重要視されている。ルック・デブが機能することにより、ショットの作業に入る前に最低限のクオリティレベルがクリアされるため、ライティングをしながらシェーディングを調整するといった作業の必要がなくなり、ルック・デブ以降の作業の負荷を減らすことに大きく貢献していると鎌田氏は語っている。

ちなみに、マルチパスの不採用も当初はアーティストから大反対を受けたそうだが、ルック・デブにより質感のクオリティが保証されていること、ライティングにイメージベーストライティングを用いているので最終カラーに質感が充分出ていること、効率化を考えればコンポジット作業はできるだけ少なくすべきこと、などの理由から実行に移されている。

改善⑤ レンダーシーンマネージャーの開発

PPIは前述のように完全分業体制で制作を行っているが、そのパイプラインの特徴は、各パートの成果物であるデータが独立して存在している点にある。一般的なCG制作体制では、たとえば、セットアップ済みのモデルにアニメーションを付けて、そのシーンデータごと次の工程に渡す、というように、同一のシーンデータがワークフローに沿って順番に流れていき、各パートのアーティストによって加工され続ける場合が多い。ところが、PPIの場合、アニメータがアニメーションを付けたシーンは、そのアニメーションデータのみが利用される。ライティングパートでは、何もない状態のシーンに、モデルやアニメーションなどの各パートが作成したデータを読み込んで、新たにシーンを構築してから、ライティング作業に入るスタイルを取っている。

ゆえに、今までの同社の制作体制では、ライティングアーティストは、DCCツールのMayaを立ち上げてからホロヴィッツ氏のチームが以前開発した「ショットシーンジェネレーター」という簡易選択ツールを用いて、必要な各種データをアセットからインポートしてシーンを構築していた。しかし、「トランスフォーマー」では、アセットの量が今までにないくらい膨大に存在するため、そのような手順を踏んでシーンを構築してからライティングデータをセーブすると非常に時間がかかってしまう。そこで、一連の作業をもっと自動化する必要性に迫られた結果、Mayaを必要とせず単独で使用できるレンダーシーンマネージャーが新たに開発された。このツールは単なるインポートサポートツールではなく、オブジェクトに設定されているアトリビュートの変更も可能な、各種調整機能が追加されている。このツールを用いれば、ライティングの実作業に入る前に、今までより短時間でシーンの構築を完了させることができるため、大幅な効率化を実現している。

改善② アセットとショットごとのワークフローの導入

「トランスフォーマー」では、現在、約130人のスタッフが制作に従事しているが、これだけの人数の個々の作業を把握し、かつ、円滑に進めるのは容易なことではない。以前のPPIでは、各パートのコーディネーターが表計算ソフトをベースに管理していたが、情報が断片的に、かつ、分散して存在しているため、一括して全体状況を把握することが難しく、正確な情報を得るために時間を要することが多かった。そのため、「トランスフォーマー」では、イントラネット上に制作データベースを作成し、誰が何の作業を行っていて、その進行状況がどうなっているかをスタッフ全員が知ることができるシステムを、市販のソフトを用いて構築している。なお、現在、PPIでは、更なる円滑な情報共有を目指して、グループウェアの本格導入を行った。

株式会社ポリゴン・ピクチュアズのスタジオ

優れたワークフローとパイプラインがもたらすもの

ワークフローとパイプラインは、作品のクオリティに直接的に寄与するような類のものではないため、明確な費用対効果を感じにくく、また、小さなスタジオであればランニングコストの面で負担が増える可能性がある。よって、今まではどちらかといえばお座なりにされていた感が強い。確かに、小規模短納期のプロジェクトであれば、厳密なワークフローとパイプラインなしでも対応できるかもしれない。しかし、1年も2年も続くような大規模プロジェクトにおいては、明確な方針に基づくワークフローとパイプラインがなければ、プロジェクトが途中で立ち往生するのは明白である。たとえば、優れたアーティストを大量に集めたプロジェクトがあったとしても、個々のアーティストが自分の思うままに無秩序に制作を行ってしまえば、作品を完成までもっていくことが難しいのは容易に想像できる。そこで、作品を完成させるために必要になってくるものが、目指したクオリティのショットをコンスタントに制作するためのパイプラインという仕組みであり、多くのアーティストに効率よく制作をしてもらうためのワークフローなのである。

このような効率を追求したワークフローとパイプラインは、海外の大手スタジオでは一般的だが、最初から現在の形だったわけではない。ハリウッドという大きなクライアントをもつ北米のスタジオが実践を積み上げていって作り上げたシステムであり、良いものだからこそここまで広がっていったのだ。その一因は、労働を時間単位で厳密に計算するコスト意識の高さと、工業製品的なクオリティの均一さを求める海外の社会機構にあると考えられる。また、現在のワークフローとパイプラインはこれで完成というわけではなく、テクノロジーの進歩に合わせて今後もどんどん進化していくであろう。

コミュニケーションこそがプロジェクトの要

海外映画のエンドクレジットをご覧になればおわかりになると思うのだが、実に多くのエンジニアが参加し、レンダリングなどの映像そのものに関わる仕事以外にワークフローやパイプラインのためにも従事している。ひるがえって日本の状況を見るに、エンジニアの絶対数が少なく、かつ、彼らを有効に活用できていない現実があると、痴山氏は語っている。よくいわれる原因として、エンジニアとアーティストでは話す言葉が違うからというものがある。確かにそうかもしれないが、お互いにコミュニケーションをとり、アイディアを交換し、それをツールやシステムとして具現化することによって、より良い作品作りができるはずである。

映像制作は多くの人たちのコラボレーションによって成り立っており、テクノロジーやテクニックだけの世界ではない。ワークフローとパイプラインによって集団をいかにコントロールできるかが、作品の成否を左右する。本リポートが、映像制作におけるワークフローとパイプラインの重要性を、読者諸兄にご理解いただくための助けとなれば幸いである。