2012/04/11更新

本連載ではゲーム業界の人材育成・キャリアパスについて、第一線で活躍されている方へのインタビューを通して、さまざまな角度から紹介していきます。第17回で登場いただくのは、サイバーエージェントで携帯電話向けソーシャルアプリ「私のホストちゃん2」のスマートフォン対応を担当する新屋順平さん。Webデザイナーからエンジニアに転職され、現在はソーシャルアプリを手がける新屋さんに、仕事の醍醐味などを伺いました。

スマートフォンに感じた大きな可能性

ーー仕事の内容を教えてください

サイバーエージェントでフロントエンドエンジニアとして、ソーシャルアプリの開発業務を手がけています。現在は、フィーチャーフォン(※1)向けに開発されたソーシャルアプリをスマートフォンでも遊べるようにする、俗に「スマホ対応」とよばれる仕事をしています。これまでに「私のホストちゃん2」を担当しました。

※1 従来型の携帯電話のこと。スマートフォンの対義語として用いられる。スマートフォンとは異なり、端末内に多彩な機能(フィーチャー)が搭載されていることが語源。

フロントエンドエンジニアとは、携帯電話やPCなどの表示端末向けに、Webサイトのコーディングを行う(プログラムを書く)エンジニアのことです。これに対してサーバエンジニアという職種もあり、サーバ側でのコーディングを担当します。サーバエンジニアの仕事はネットワーク関係のコーディングが中心で、フロントエンドエンジニアの仕事はグラフィックスやUI(ユーザ・インタフェース)をはじめ、描画周りのコーディングが中心になるなどの違いがありますね。

ーーもともとエンジニア志望でしたか?

いえ、もともと絵を描くのが好きで、高校卒業後はグラフィックデザインの専門学校に進学しました。1年目は基礎的な内容を学び、2年目で広告専攻のコースに進みました。その後Webサイトの受託制作を行う会社に就職し、デザイナーとしてDreamweaver(※2)やFlash(※3)を使ったオーサリング業務を行いました。ところが、だんだんオーサリングよりもコードを書く方に興味がわいてきて、2年目からはおもにコーディングを担当するようになりました。ユーザの操作によって反応する何かを作ることは、ゲーム制作にも似ていておもしろいと感じました。

※2 Adobe Dreamweaver。アドビシステムズが発売しているWebサイトのオーサリングツール。

※3 Adobe Flash。アドビシステムズが開発している、動画やゲームなどを扱うための規格および、それを制作する同社のソフトウェア群の名称のこと。

ーー転職された理由を教えてください

前の会社で自分の立場でできることは、やりきった印象があり、新しい環境でスキルを磨きたいと思い始めました。広い意味でのソーシャルという仕組みにも興味がありました。また何度かスマートフォン向けのWebサイト制作にも携わったことがあり、常に持ち運べる点や、指で操作できる点、ブラウザごとの技術的制約が少ない点に、大きな可能性を感じました。そこでスマートフォン向けにソーシャルアプリを制作している会社を中心に転職活動を行いました。サイバーエージェントに入社したいと思ったのは、ただ言われたものを言われた通りに作るだけではなく、エンジニアも自ら発案、企画できる風土に魅力を感じたからです。僕が希望していた「スマホ対応」の人手が、ちょうど社内で不足していたので、すぐに「私のホストちゃん2」のチームに合流することになりました。

気持ち良いと感じるUIの動きを実現するための試行錯誤

ーー「私のホストちゃん2」は、どのように開発がスタートしたのですか?

「私のホストちゃん2」はプレイヤーがお客になってホストクラブに通い、意中のホストを指名して、お店のナンバーワンに育て上げるソーシャルゲームです。その過程でホストと仲良くなったり、衣装などで自分のアバターを飾ったり、スロットマシンでお金を儲けたりできます。もともとグラフィックがアニメ調だった「1」が好評で、テレビ朝日系の深夜ドラマ「私のホストちゃん〜しちにんのホスト〜」の制作が決まりました。そこで続編にあたる「2」の制作では、ドラマに登場する俳優さんたちの実写素材を使用することになった経緯があります。入社数ヶ月前に「2」の開発はスタートしていました。

ーー実際の「スマホ対応」はどのように行いましたか?

「1」はフィーチャーフォン専用ゲームでしたが、「2」は実写素材を活かして、フィーチャーフォンとスマートフォンの両対応にすることが当初から決まっていました。しかし開発はフィーチャーフォン向けが先行しており、私がチームに合流した時点で、スマートフォン対応の期間は1ヶ月しかありませんでした。そこで、まずは最低限スマートフォン向けに画面を作り直す必要があるものを抽出して、その作成から始めました。私はフロントエンドエンジニアとしてUI周りを担当し、ほかにミニゲーム担当のエンジニアと、「1」「2」共通のサーバエンジニアがいました。それからメインとサブを合わせて数人のデザイナーと、全体を統括するプロデューサー兼ディレクターがいましたので、全部で10人くらいのチームでした。

ーースマートフォン向けのUIで苦労した点は何ですか?

実際にサービスを使うユーザと自分自身との認識の違いを埋めることに苦労しました。「私のホストちゃん2」のスマートフォン版を遊ばれるユーザは、最近スマートフォンに機種変更した若い女性が中心になると予測を立てました。しかし、私自身はスマートフォンの操作に慣れていたので、そうしたユーザの視点に立つのが大変でした。またアニメーション付きのUI構築では、どのようにすればスマートフォンで操作したときに気持ち良い感覚が実現できるのか、試行錯誤が続きました。こういったライトユーザの視点に立つために、社内のプロデューサーでスマートフォンを使い始めた女性陣に何度もテストプレイをしてもらって改善していきました。これまではPC向けに静的なWebサイトを作ることが多かったので、すべてが新鮮で楽しかったですね。現在は「2」の開発が一段落したので、改めて「1」のスマホ対応を行っています。

新屋さんがUI周りを担当した「私のホストちゃん

 

お客様に商品のメッセージをきちんと伝え、楽しんでもらうことがクリエイティブの本

ーー将来的に作ってみたいコンテンツはありますか?

社内でフィーチャーフォン向けアプリのスマホ対応が一巡したら、次はスマートフォン専用のソーシャルアプリを作ることになると思います。自分としても早く新規のスマートフォン専用アプリを手がけてみたいですね。フィーチャーフォンからの移植の場合は、バックエンドのシステムを変えられないので、できることが限られてしまいます。最初からスマートフォン専用として開発できるアプリなら、より「ゲームらしい」表現が可能になりますから。

近頃はKinectなどのモーションセンサーをPCに接続して、自作のプログラムを書けるようになっていますよね。自分でもWebカメラを使って、色々なプログラムを趣味で書いています。また以前からダンスを続けていて、最近ではVJなども自分で行うようになりました。SFの映画を見たり、小説を読んだりすることも好きです。こうした趣味が仕事に繋がっている部分も多いと思います。

ーー学校で習ったことで、いま役に立っていることはありますか?

学校の授業は雑誌などの紙媒体の広告が中心で、Webサイトなどのデジタルメディアの広告はほとんど扱いませんでした。オーサリングツールの使い方などは一通り学びましたが、Webサイト制作に関するスキルは、ほとんど就職してから独学で学んだのが実情です。配色や見せ方などの基本的な部分をのぞけば、直接役立っていることはないですね。むろん就職したときには自分が将来ソーシャルゲームを手がけることになるとは、まったく思っていませんでしたから、自分自身が驚いています。

ただ、紙媒体の広告もWebサイトの広告も、それからソーシャルゲームも、お客様に商品のメッセージをきちんと伝え、楽しんでもらうことが一番大事だと思っています。批評家の方に褒められたり、すごい技術を誇ったりすることに、意味がないとはいいませんが、本質ではありませんよね。「エンドユーザ(人)に伝えるにはどうしたらいいのか」という思いを強くもっています。これは授業を通して学んだことで、就職して以来ずっと意識しています。

気持ちの良い動きやタイミングの引き出しが、UIデザインに影響している

ーーWebのエンジニアリングやUIを学んでいる学生に、メッセージをお願いします

技術の進化が激しい分野なので、新しい技術が出てきたら、萎縮せずに飛びつく方が良いですね。専門用語の羅列を見ると思わずひるんでしまいますが、一度立ち止まってしまうと、すぐに取り残されます。最近は技術セミナーも数多くありますから、自分も積極的に参加したり、ストリーミング中継などをチェックするようにしています。また弊社では職種に縛られず、自分でアイディアを出して、みんなで作っていく姿勢が求められます。今後はますますエンジニアにも企画を提案できる力が要求されると思うので、そのための勉強もしておくと良いのではないでしょうか。

UIの勉強をするなら、気持ちの良い動きや音などを普段からチェックしておき、自分の中の引き出しを増やすように心がけると良いと思います。先ほどダンスが趣味だといいましたが、その影響でしょうか、止まっている物よりも動いている物に魅力を感じます。これまでに蓄積された気持ちの良い動きやタイミングなどが、仕事に影響しているのかもしれませんね。加えて、ゲームのUIは非常に優れているので、いろんなゲームをプレイして、UIの善し悪しをチェックしたり、自分だったらどうするかを考えてみるのも良いと思います。

ーー学校に対する提言があれば教えてください

「できる学生」だけでなく、「できない学生」に対しても、もう少し配慮して欲しかったなと思います。自分が学生だったときは放任主義の先生が多かったですね。質問に行けばアドバイスをもらえるけど、やる気のない学生には関与しない先生が大半でした。自分はできるだけ、やる気をアピールしていましたが、そうではない学生も多かったです。やる気のない学生が増えてしまうと、教室全体の雰囲気が悪くなってしまうんです。教室全体のモチベーションを高めるような取り組みにも力を入れてもらえると、より多くの学生の可能性が広がるのではないでしょうか。