2010/09/15更新
本連載ではゲーム業界の人材教育・キャリアパスについて、第一線で活躍されている方々へのインタビューを通して、さまざまな角度から紹介していきます。第1回目では翠猫館(すいねこかん)というモバイルコンテンツの制作会社を経営している佐藤聡子さんにスポットを当てました。CG デザイナーを振り出しに、会社経営に至るまでの七転び八起きの道のりを語ってもらいました。

翠猫館のWebサイトはこちら
声楽を勉強した私でもCG デザイナーになれる?
私、音大の声楽科出身なんです。それも短大卒。漫画やアニメが好きで、ミュージッククリップにも興味がありましたが、絵を専門に勉強したことはありません。小さい頃からピアノを習っていて、親の期待に応える形で進学しました。いわゆる「良い子」だったんですね。それでも映像関係の仕事がしたくて、ビデオソフトの製造販売会社に就職しました。でもミスばかりの「ダメOL」でした。伝票整理とか、ホントに苦痛だったな。そんな頃です、デジタルハリウッド設立のニュースを知ったのは。退職金で入学、第一期生でした。
並み居る美大出身相手に生き残るには?
デジタルハリウッドでは夜間の1 年コースに通いました。初めてCG に触ったときは、何回でもやり直しができる点に感激しましたね。おっちょこちょいの私に、とっても向いてるって。
ただ、周りには美大出身の学生もいて、コンプレックスもありました。でもCG モデルを動かしてみると、私の方が褒められたりして。「静止画は苦手だけど、動きなら負けない。これを武器にしよう!」と誓ったんです。
またCG ツールには、普通に描くだけじゃなくて、便利な機能がたくさんあるじゃないですか。それを使いこなせずに、地道にコツコツやってしまう人も、けっこう多かったんですよね。ところが自分でも意外だったことに、短時間で効率的に制作できる仕組みを提案するのが得意でした。私、何とか楽をしようとするんです。
家庭のことも考えて大企業に就職したんだけど・・・
ホントはゲーム業界に進みたかったんです。でもデジタルハリウッドの入学直前に結婚しまして。家庭のことも考えて、勤務体系や福利厚生が充実している業界が望ましいかなと。それで東芝に入社しました。
東芝ではフランスの企業と共同で、IMAX 向けのライドシミュレーション用CG などを作りました。お手伝いレベルの作業でしたけどね。 それから、もっと本格的にCG スキルを磨きたくて、映像制作会社に転職しました。テレビCM 向けのCG 映像をたくさん作りましたね。忙しかったけど、優秀な先輩もいて、みんなで切磋琢磨できて良かったな。ところが不況で、次第に仕事が減ってきたんです。
派遣社員だけど、憧れのゲーム業界に転身
一方ゲーム業界では派遣社員での求人が増えてきました。それで映像制作会社を退職して、派遣会社に登録し、ゲーム業界で働き始めました。セガ(現:セガサミーホールディングス)さん、コーエー(現:コーエーテクモゲームス)さんで数ヶ月ずつ。 キャラクタアニメーションの制作に携わったんです。モーションキャプチャデータの編集や、モーションデータの作成を担当しました。それまではCG といってもムービーばかりで、リアルタイム映像はやってこなかったし、キャラクタアニメーションの制作経験も、ほとんどありませんでした。なので、いろいろ新鮮だったな。
やっぱりキャラクタを作ったり、動きをつけたりするって、CG 制作の王道という印象がありませんか? 私は自分ではモデリングはしなかったけど、動きをつける工程にガッツリ携われたのは楽しかったです。
天職だと思ったのに、腱鞘炎で手が動かなくなって・・・
そこから知り合いのご縁で、ナムコ(現:バンダイナムコゲームス)に入社しました。当時は社内ツールがMAYA に一本化されていた時期で、リグ構築をはじめ、キャラクタアニメーションにおける制作環境の仕組み作りも行いました。ほら、ツールを応用したり、機能の組み合わせで効率化を図るのは、得意でしたから。その仕事が一段落したところで、再びモーション制作に移りました。
こんな風に、やっと好きなゲームの仕事で、天職に巡り合えたと思ったのに、腱鞘炎になっちゃったんです。マウスのクリックどころか、一番ひどいときは、箸も持てないほどでした。
猫に癒されながら、自分にできることは何かって・・・

ケータイ向け癒し系コンテンツ

腱鞘炎は頸椎の歪みが原因でした。座りっぱなしの仕事なのに、姿勢が良くなかったんですね。退職してほぼ1 年間、治療に専念することを余儀なくされました。 自宅療養中に癒されたのが、近所に集まってくる地域猫たちとのふれ合いでした。体調的にCG 制作の第一線で働くのは無理でしたし、夫の薦めもあって、ケータイ向けコンテンツ開発の翠猫館を設立したんです。猫に焦点を当てた癒し系コンテンツなら、1 人でも作るって思いました。 もっとも、キャリアの審査を突破するのは大変でした。それでも諦めずに、何度も企画を提出したな。最後なんて「これがうまくいかないわけがないじゃない!」というところまで、企画書を練り上げました。最初のコンテンツがサービスインするまで、3 年かかったんです。
iPhone 向けに猫アプリを配信しました

iPhone猫アプリ Petting cat

もともと翠猫館では、猫の待ち受け動画を3DCG で作りたかったんです。それが紆余曲折を経て、iPhone アプリで昨年、リリースできました。画面をタッチして、猫とじゃれ遊びができるコミュニケーションソフトです。

開発中のリバーシ(オセロ)ゲーム

開発中のソーシャルゲーム

今後の展開ですが、iPhone では3DCG の子猫がコマになっていて、盤面に置くとピョーンと跳んで、ニャーと鳴くリバーシ(オセロ)ゲーム、ケータイ向けには自己啓発とギフト機能を組みあわせたソーシャルゲームも予定しています。外部のプログラマと共同で開発していて、グラフィック作業はほとんど私一人でこなしています。 起業してわかったのは、仕事って玉葱の皮をむくようなものだってこと。一つのことを繰り返して、根気よく続けていけば、自分でも思いもよらなかった目標が見えてくるんです。まるで何かに導かれていくみたい。 ※2010年9月15日時点で、ソーシャルゲームは開発が完了し、リリースされています。
苦手な分野にも、大切な何かが眠ってる
私には何か特別な才能や技術はありません。なにしろ声楽科出身ですから。でも、複数の技を組みあわせて、新しい合体技を生み出すような力はあると思います。絵の勉強をしてこなかったからこそ、それがバネになって、自分を客観的に眺められたり、自分の武器を磨けたんじゃないかって。
それに今は、いろんな要素を組みあわせて、新しい価値を生み出すことが求められる時代ではないでしょうか。確かにCG を仕事にする上で、絵の力が優れているのは強みかもしれません。でも特定のスキルだけを磨いて満足すると、柔軟な発想ができなくなることもありますから。
なので指導者の方にお願いしたいのは、学生のいろんな力を、辛抱強く引き出して欲しいということ。学生は自分の苦手な分野は、すぐに投げ出しがちです。でもそんな分野こそ、大切な何かが眠っていると気づかせてあげて欲しいと思います。
自分の仕事の「周囲」を知るって、とても重要だよ
学生の皆さんは、いろんな悩みがあると思います。私も20 代の頃は灰色のOL 生活で、自分に自信がありませんでした。でも自分の殻を破るために、新しい世界に挑戦することも大事だと思うんです。
そのためにCG 検定を受けてみるのも、一つの方法でしょう。実は私もOL 時代にCG検定3級(現:CGエンジニア検定ベーシック)を取得しているんです。
それにOL 生活を経験しているからこそ、「伝票整理に比べればCG 制作は天国」だって思えるほど。辛いことがあっても、がんばれちゃうんです。
映像でもゲームでも、モノマネではない、何か新しいモノを作るには、今の自分にない知識が必ず必要になります。CG でも体系的な知識や、映像表現技術も含めて学んでほしいな。自分を広げる努力をした人だけが、新しい何かを生み出せると思います。楽しみながら、たくさん学んでください。