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2016/9/12更新

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「先輩からのメッセージ」のコーナーでは、デジタルコンテンツ制作の第一線で活躍する方々に、ご自身の学生時代から現在にいたるまでの道のりや、業界を目指す若手へのメッセージを伺っています。今回登場するのは、映画「アナと雪の女王」「塔の上のラプンツェル」の日本人モデラーとして有名な糸数弘樹氏。 ハリウッドという厳しい制作現場の第一線で、3DCGアーティストとして20年以上の経験を持つ糸数氏が、その夢を達成するまでの道のりと、実際に海外で働いて想うことについて語っていただきました。


7年かかった『塔の上のラプンツェル』

『アイアンジャイアント』終了後、ワーナーブラザーズのデジタル部門が閉鎖されてしまい、仕事がなくなってしまいました。そんな頃、友人から誘われてウォルト・ディズニー・アニメーションスタジオに転職することになりました。ハリウッドといってもCG業界は狭い社会なので、一生懸命仕事をしていれば、必ずどこかで誰かが見ていてくれます。逆に一回悪評がつくとダメですね。だからいつでも全力を尽くすことが大切です。

映画の仕事で最初にかかわったのが『塔の上のラプンツェル』でした。これは自分のキャリアの中でも、もっとも難産な作品で、リサーチ段階から参加し、公開まで7年もかかりました。キャラクターデザインにそって、元となる3Dモデルをつくりましたが、ストーリーが二転三転した上に、キャラクターデザインがコロコロ変わって、しかも監督やキャラクターデザイナーがみんな凝り性だったので、すごく大変でしたね(笑)。 Executive Producer and Animation SupervisorのGlen Keaneが隣にすわって、いろいろな指導を受けました。鉛筆でさらさらとキャラクターのスケッチを描いてくれて、それがすごく上手いんです。上手いんですが、そこまでこだわらなくても・・・。いやいや、こうしたこだわりが大事なんです。

ディズニーではリサーチの重要性についてたたき込まれました。ディズニーは2006年からチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任したJohn Lasseterもリサーチの重要性について強調していました。実際ベテランのアーティストほどたくさんリサーチをしていました。自分も幼年時代のラプンツェルのCGモデルをつくる時は、子供の手足の写真をたくさん調べましたね。リサーチをすればするほどいい作品ができる、これは真実だと思います。

またキャラクターをつくる時、解剖学(アナトミー)を知っているか否かで、できあがりが大きく違います。ディズニーのキャラクターはかなりデフォルメされているように見えますが、その根底にあるのが骨格や筋肉の付き方です。実際、複数のモデラーに同じデザイン画を渡すと、それぞれが微妙に異なるモデルをつくります。その時に解剖学を知っているかで完成度が変わります。

 

アナと雪の女王

『塔の上のラプンツェル』を皮切りに、ディズニーではさまざまな映画制作に携わりました。その中でも最大のヒットとなったのが、アカデミー賞で長編アニメーション映画賞を受賞した『アナと雪の女王』です。日本人が制作に参加しているということで、個人的にもマスコミに多く取り上げていただきました。

自分がメインで担当したのは背景のモデリングです。アーティストがPhotoshopで描いたイメージをもとに、Mayaで元となるモデリングをしていきます。特に大変だったのが、無数のつららが伸縮するシーンです。ツール担当がワンクリックでつららが伸びるツールをつくってくれましたが、最終的には監督の指示に従って、手作業で一つずつ修正しました。 この時も監督がこだわって、こだわって…。どうでもいいんじゃないかと思えるような細かい部分まで、丹念に修正指示が入ります。でも、この時も熱意を持って作業をしていくと、どんどんテンションが上がっていって、いいものがつくれるようになります。逆にいい加減にやると、どんどんテンションが下がっていきます。どんな小さな仕事でも一生懸命やるのが大事です。

 

ディズニーが大切にしている3つの要素

ディズニーでは映画制作において「Compelling Story(感服せずにはいられない物語)」「Believable World(真実味のある世界)」「Appealing Characters(魅力的なキャラクター)」という3つの要素を大切にしています。この中でも特に重要視しているのが「Compelling Story」です。日本のアニメ制作では、脚本が途中で変わることはありませんが、ディズニーでは制作途中でどんどん脚本が変わっていきます。下手をすると、ほとんどすべてのキャラクターが変わったりもします。実際に自分も『ズートピア』の途中までディズニーに在籍していましたが、劇場で見てストーリーがまったく違っていることに驚いたくらいです。それほどストーリーを大切にしています。

「Believable World」は単にリアルなだけじゃなくて、実際にあるような、それでいて格好いい世界ということですね。そのためにものすごくリサーチを行います。『アナと雪の女王』ではリサーチ班が1ヶ月くらいノルウェーをロケハンして、資料となる写真を数千枚も撮影してきました。『ベイマックス』も同じで、東京の街並みをたくさん写真に撮影して持ち帰っています。リサーチを重視する姿勢はこんなところにも見られます。

「Appealing Characters」も同じですね。映画は最終的にはキャラクターの魅力がモノをいいます。外見だけでなく、キャラクターのアニメーションも重要です。ドアを開けて部屋に入ってきて椅子に座る、これだけの動きでも、キャラクターによってまちまちです。動きだけみればどんなキャラクターかわかるようにするのです。昔のディズニーの名作映画を参考に動きをつけたりもします。このようにディズニーではアニメーションにものすごくこだわっています。

 

ディズニーでCGアーティストとして働くために

もし学生の方で、ディズニーでCGアーティストとして働くことに興味がわいたら、「ディズニーインターンプログラム」への応募をお勧めします。在学中と、卒業後1年以内の2つのコースがあり、Webサイト上で申し込むことができます。実際にインターンプログラムから正社員に登用された日本人も何人かいます。相応の語学力が必要になりますが、ぜひ挑戦してみて欲しいですね。最も、CGアーティストになるより、長く働いていくことのほうが、ずっと大変です。まず自分が単なる作業員ではなく、アーティストだという自覚を常に持ってください。大きな会社に入ると、実際は歯車の1つとして働くことになります。しかし、精神まで歯車になってしまってはダメです。どんな仕事でも熱意を持って真剣に取り組むことが大切です。そうやって働いていると、次第にモチベーションが上がっていきます。つららの動き1本とっても、真剣につけることが大事なんです。

また人の意見をよく聞くことも大切です。人の意見を聞いてはじめて自分の位置や状態がわかります。最初は批評されると落ち込みますが、すぐに慣れます。

 

アメリカで働くためには

ポートフォリオは量より質を重視して、デモリールは1~2分以内でまとめるようにしてください。得意分野だけを盛り込むことが重要です。自分の不得意な部分を見せると、そのぶんマイナスのイメージがついてしまいます。ラフスケッチを盛り込むことも大事です。カッチリと完成したものより、ラフスケッチをみることで、その人の才能がわかります。専門分野をハッキリ言えることも大切です。あれも、これもできるとアピールしても、インパクトに欠けてしまいますからね。それから語学力!もっとも、仕事で話す内容は限られます。CGをやるのに株取引の話などはしません。そのためCGに関する基本的な語彙を増やすことが重要です。英会話の上達のためには耳で聞いて、口で話すことです。ネットにさまざまな動画教材があるので、それらをうまく活用するのがお勧めです。

 

CG BOOSTERで目指すこと

私は才能ある若い人材の育成に貢献したいという思いで、「才能を引き出すための教育」「より正しい進路決定ができる指導」「日本のCG業界のレベルアップ」「海外で活躍できるグローバルな人材育成」という4つの指針を立て、いま教育活動に取り組んでいます。CG BOOSTERで進めているオンライン教育のプロジェクトでは、初心者のための教育とともに、プロフェッショナルなクリエイターに向けてコースを作っていくことを考えています。より技術やクリエイティブマインドを高めたい、2Dのイラストレーターだけど3Dをやってみたい、ハリウッドや世界で活躍するクリエイターの技術を学びたいといった人たち向けになります。CG BOOSTERのカリキュラムでは、われわれが得た技術を伝える…ということに加えて大切なことがあります。ものの作り手としては、毎日の生活の中でも、ちょっとしたことでも興味を持つ、疑問を感じる、考えるといった「感じる力」を持ち続けることは、1つの「能力」としてなくてはならないことだと感じています。知識やテクニックも大事ですが、それ以上に想像力…イマジネーション能力を養うのはもっと大切です。そういうことも、CGを学びたいという人たちに伝えたいし、教えていきたいと考えています。

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糸数弘樹さん

GUNCY'S

沖縄県久米島出身。琉球大学美術工芸科を卒業し渡米。Art Center College of Designを卒業後、キャリアをスタートしたWarner Bros. Companyで『バットマン』シリーズの舞台となる架空都市ゴッサム・シティのビル群モデリングや特殊効果、『アイアン・ジャイアント』では全てのモデリングを手掛ける。その後、20014年までWalt Disney Animation Studiosのトップクリエーターとして『シュガーラッシュ』『塔の上のラプンツェル』など30本以上の作品に参加。ディズニーアニメーション史上初の長編アニメーション賞を受賞した『アナと雪の女王』では背景のモデリングを担当。独特の世界観を生み出すため、氷の一粒一粒にまでこだわった表現技術が受賞に大きく貢献した。

 

小野憲史

平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。主な連載に「小野憲史のゲーム評評」(inside)など。著書に『ニンテンドーDSが売れる理由』(共著)『ゲームニクスとは何か』(構成協力)がある。NPO法人IGDA日本代表。