大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.16 医学と工学の高度な融合をめざして

患者と医師の両者に負担がない手術を支援。

骨の3次元形状モデルやX線、CT、MR、超音波などの医用画像による診断支援、遠隔医療のための画像診断システムなどコンピュータグラフィックスや画像処理技術の医療領域への応用が進んでいる。

田村進一教授率いる大阪大学大学院の田村研究室では、学内の工学系情報科学系の研究員と医科系研究員とが相互に協力して、コンピュータ科学と、臨床で大きな役割を担うようになった画像診断学が融合した領域の研究を行っている。  

最近注目されているのは、まず九州大学病院の橋爪教授らと共同で行っている「内視鏡術中支援」の研究だ。内視鏡手術とは患者の体に小さな穴を開け、そこに内視鏡や手術器具を入れて行う手術。通常の切開手術に比べキズが小さくてすむため、患者にとって負担が少なく社会復帰も早くなるという利点がある。一方で、外科医にとっては内視鏡の狭い視野の中で自分の手で直接患部に触れずに手術をするため肉体的にも精神的にも負担が大きいという。

田村研究室の佐藤助教授は「内視鏡手術では、現在手術している患部がどの部分でどのような状態にあるのかを正確に把握することが重要です。内視鏡や超音波がいま体内の3次元空間のどこを撮っているのか、これが正確にわかれば、外科医の負担が少なくなります。
この手術支援システムは"手術室をマルチメディア空間にする"というコンセプトで研究しているものです。複数の超音波画像から患部の腫瘍や血管構造などの3次元モデルを生成し、拡張現実感とよばれる技術を用いて、生成した3次元モデルと内視鏡が撮っている患部の映像をリアルタイムで重ね合わせます。これにより、通常は見えない血管の情報や見えている部分がどこであるかといった情報を正確に把握できるとともに、腫瘍の切除範囲を決定することができます」と患者のみならず外科医にとっても有用な点を語られる。

内視鏡手術で肺ガンを正確に切除するために。

「内視鏡術中支援」の具体例としては、たとえば日本で初めて開発された「胸腔鏡手術支援システム」がある。これは肺の腫瘍を摘出するために、内視鏡を見ながら肺の部分切除を行う手術を支援するもの。
この胸腔鏡下肺切除手術では、肺と胸郭の間に内視鏡や手術器具を入れて手術する空間を作るために肺の空気を吸引して縮ませる、"虚脱"という状態にする必要があるという。

システム開発を行った中本助手は、「術前に患者さんが仰向けで普通の肺の状態のCT画像を撮り,手術は患者さんの肺がしぼんだ状態で体が横向きになって行われます。この胸腔鏡手術支援システムは、術前のCT画像を術中の胸腔鏡画像に重ね合わせて腫瘍の位置を提示するのが開発の狙いです。しかし、肺の表面には目印が少ないためCT画像と胸腔鏡画像との対応づけがしにくいことや肺の収縮により腫瘍の位置が変化することで、腫瘍の位置決めが難しくなるというのが問題でした。

そこで、しぼんだ状態の肺の変形をどう推定できるかに開発の力点を置きました。
手術前に、体表と肺、肺が接する縦隔面の表面形状モデルをCT画像から作成し、体表での3次元位置センサーの計測点と縦隔面からサンプリングした点、CT画像の肺の表面モデルからサンプリングした点とを位置合わせして、虚脱後の肺の変形を推定していきます。モーフィングみたいなものが医療の現場でも行われているわけです。ブタによる動物実験では、予測した腫瘍の位置と見つかった腫瘍の位置のずれは約1cmでした」と語られる。
   

臓器の動きや内部の血管もビジュアライズ

術中支援に関しては「術中臓器運動モデリング」の研究も進められている。
これは腹腔鏡に対応するもので、呼吸に伴い肝臓がどう動き、変形していくかを復元するもの。肝臓の動きが正確に把握できると、肝臓ガンなどを対象とした放射線治療がしやすくなるという。「これまでは術前に肝臓の動きを推定していたものを、術中に簡便、迅速、かつ正確に推定するというものです。これもブタを使って実験が進められていますが、各超音波断層動画像から推定された2次元変形場と超音波プローブの位置姿勢情報とを合わせて、3次元変形場を復元しています。
こうした画像医療は、画像でガンはどこにあるかとか、手術で傷つけてはいけないものはどこにあるかといったことを正確に把握するのが狙いです」と佐藤助教授。
さらに、CTの解像度向上に伴う3次元画像解析の進展を活かして、リアルタイムで臓器内の血管を自動的に抽出し、ツリー構造で血管の形状や断面、径を見せることができるようになったという。医師がほしい血管情報をより細かいところまで見ることができ、体内にカテーテルを入れる時や手術での正確さの向上が期待される。
   

患者一人ひとりにフィットする人工関節の手術計画。

田村研究室は「ニーズ・オリエンティッド」で医学と工学をつなぎ、医学各科のニーズに合う技術を開発している。 整形外科の領域ではたとえば、学内の整形外科菅野講師や神戸大学工学部多田教授らと協力して「人工股関節自動手術計画システム」を開発。
股関節を人工股関節に置き換える手術では、手術前に、X線画像や3次元CT画像などを基に、患者ごとに応じた人工関節部品を選び、脚の長さや角度、人工関節の固定性などといった複数の条件を満たすように設置計画を立てるのが重要で、それには高度な熟練を要するという。
そこで、熟練した整形外科医の知識やノウハウをアルゴリズム化することによって自動的に各条件をバランスよく満たす手術計画を立てられるようにした。

システム開発を行った中本助手は、「骨盤と大たい骨をつなぐ臼蓋カップ上部の形状がポイントで、どう固定性と整合性をもたせるかで苦心しました。この3次元自動手術計画があれば、より正確な手術ができます」とシステムの意義を語られる。
人工関節に関連しては、術後の人工関節の3次元動態解析を行うことで、たとえば膝関節が正しく機能するか、手術が適切に行われているかなどを評価し、最適な人工関節の設計にも役立てている。また、大たい骨のCT画像をストックして統計的モデリングを行い、個人差がどこにあるかを研究して診断に役立てたり、人工股関節自動手術計画などにフィードバックさせているという。
佐藤助教授は、「患者さんの個人差に応じた最適かつ高度な医療のために、医学と工学が融合した部分の研究開発はまだまだあります。診断支援、手術支援、術後支援の面で、学内はもちろん、他の大学や企業などとのコラボレーションも積極的に行って先端医療に貢献していきたいですね」と締めくくられた。

日本のいい技術を大合併していく夢をもてる人材に。

これからの若い研究者に期待するものとして、佐藤助教授は「残念ですが、いま手術室には日本製の機器が少なく、欧米製ばかり、というのが実情です。
人工関節のメーカーも日本製よりも外国製が使われることが多いのです。また、医療にはハイリスク、ハイリターンのところがあり、さらに病院との一体化もしにくい面があって、ベンチャー企業が成り立ちにくいという問題があります。まさに医療に関しては高齢化社会に向けての社会的な構造改革が必要なのですが、一方で医用画像ソフトや手術支援などは国際レベルです。3次元の高精細画像、動いている時間画像や空間画像の4次元画像、ロボット技術の応用など、期待できるフィールドはまだまだあります。
日本のいい技術を大合併すれば、欧米にも太刀打ちできます。たとえば、CGクリエイターまで巻き込んで、人体内部の隅々までCGモデル化する、しかもそれをモーフィングして個人別にカスタマイズする。こうした夢を持って研究に取り組んでもらいたいと思います」とエールをおくられた。

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