大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.15 たった一人で全編CG怪獣映画『惑星大怪獣ネガドン』を制作

昭和30年代怪獣映画への憧れが、ネガドンへ結集。

怪獣映画生誕50周年を祝う形で2005年に公開され、大きな話題を呼んだのが全篇25分・自主制作の『惑星大怪獣ネガドン』だ。実写を一切使用しない世界初の全篇フルCG怪獣映画で、監督・脚本・制作をたった一人で行ったのが粟津氏。映画は東京国際ファンタスティック映画祭2005で初上映されて喝采を浴び、テアトル池袋のレイトショーでは動員記録更新という快挙を成し遂げた。

時代の設定は、昭和百年。資源探求の宇宙開発事業が国際規模で進行する中、火星から帰還途中の宇宙貨物船が日本に墜落し、積載されていた怪獣ネガドンが覚醒。首都東京に向け破壊のかぎりを尽くす。立ち向かうのは、亡き娘との約束を胸に秘め、人類科学の結晶である巨大ロボット・ミロク2号機に乗り込む中年のロボット工学者・・・。全篇CGでありながら、映像は昭和30年代のフィルム質感を彷彿とさせ、メカや人物キャラクター、背景などのタッチやテイストもやはり昭和30年代に大活躍した"小松崎茂ワールド"を思い起こさせる。

第1作以来のゴジラをこよなく愛し、1999年公開の『ガメラ3』を劇場で見てCGを志したという粟津氏はもともとは愛知県立芸術大学大学院で日本画を専攻したというユニークな経歴。トライデントコンピュータ専門学校デジタルクリエイター研究科で学んだ後、映像プロダクション・(有)マリンポストで怪獣映画や特撮映画などのCGデザインやVFXを担当し、ネガドンを制作するために独立。自作の『大怪鳥マガラ襲来』でCG-ARTSの「学生CGコンテスト」アニメーション部門に入選したこともある。  粟津氏は「勤務していたときから、CGでオリジナルのエンターテインメント作品が作れないかとずっと考えていました。冒険はあったんですが、得意な怪獣映画や特撮の分野で、大人が観て楽しめるものを作りたかったんです。昭和30〜40年代はまさに怪獣映画の黄金時代。映画の本数やバリエーションが多いうえに、クオリティも高いものがありました。
このネガドンがその中にあってもおかしくない、というものをめざし、実写の代用品としてのCGではなく、CGでこそ実現できる表現に挑戦しようと思いました」と、ネガドンづくりの狙いを語られる。

映画の完成までに2年4ヶ月。

『惑星大怪獣ネガドン』は、「中年科学者の再起」をテーマに、「怪獣映画を3DCGでつくる」をコンセプトとして企画を立案。映画の世界観としては「昭和百年」に加えて、「テラフォーミング」と「雨」を設定し、ネガドンと3人の人間のキャラクター設定、巨大ロボット・ミロク、宇宙貨物船・いざなみ、防衛軍のメカ設定を行う。絵コンテ、デザイン、セリフ録音以外は、ほぼパソコン上で作業したという。音楽・音響効果は寺沢新吾氏が担当し、アフレコとは逆の先に声を入れるプレスコで声優たちのセリフを入れる。ナレーションとTVのアナウンサーは同じ声優が担当。そして、(株)コミックス・ウェーブの角南一城氏がプロデュースした。  完成させるまでに2年4ヶ月を要し,その8割から9割はカット制作に当てられたという。モデリングは半年間かけ、600くらいのパーツが必要なロボットのモデリングには2ヶ月かかったとのことである。

ディテールの描写でCGの可能性を追求。

昭和30年代の実写フィルム風にしたいという粟津氏のCG制作は、怪獣ネガドンと巨大ロボットや防衛軍との迫力ある戦闘シーンはもちろんのこと、何気なく見過ごしてしまいそうなディテールの描写にもこだわっている。 「CGというとやはり派手な特殊効果に目がいきがちです。でもこの映画ではなんの変哲もない地味なシーンでもCGが威力を発揮するということに気づいてくれるとうれしいです。当然、テクスチャーでできる部分はそれでやり、カメラが映らないところは一切作らない、商店街の路地は曲げることで遠景を省くといった時間を省略できるところは省略し、その分、世界観を忠実に映し出す実写フィルムのような表現に時間をかけました。
たとえば、街のシーンでは、真っ暗な空の部分に、フォグを入れ、曇り空を入れ、飛ぶジェット機を加え、さらに、グローで光がにじむ感じにして雨をかけ、光が上からくる感じのレイヤーをつけたうえで、迫力を出すためにレンズにゆがみをつけるなどの工夫をしています」と粟津氏。
       

 確かに、戦闘機が滑走路を離陸していくシーンでは、あたかも望遠レンズで撮影しているかのようなブレを再現しながらスピード感を表現したり、戦闘機と影を一緒にレンダリングした上にフィルターを重ねて、背景の芝生がくすんだりしている様子を表現している。また、戦車が街を疾駆するシーンでは、発砲の反動をアニメーションで描写するとともに、砲弾が炸裂する時の光もエフェクトのポリゴンで忠実に再現している。そして、脇に登場する古いテレビや柱時計、電柱、ポスト、のぼりなども昭和30年代風と徹底している。

当時のフィルム質感を再現するため、「粟津フィルター」を開発。

粟津氏の真骨頂は、実写のような撮影効果のみならず、昭和30〜40年代怪獣映画のフィルムに近い質感を再現するために、今回独自に「粟津フィルター」という映像エフェクトを開発したことである。
粟津氏は「3Dレンダリングの後のアフターエフェクトで、レイヤーをかけて当時のフィルム質感に近づけるために、フィルムにちらばるゴミやより粒の大きなゴミ、縦すじ、フィルム一コマ一コマの汚れ具合の違いなどを石の素材集などから集めモノクロ化して処理。なんとなく汚れている感じを出すために、透明度を3%までに抑えるとともに、フィルムに入っているグレインという粒まで再現して入れました」と語られる。こうした手間をかけた工夫が、完璧なまでにアナログな質感を再現することにつながったといえる。

さらに、粟津氏のこだわりはポスターやチラシといった映画の宣材物にまで及ぶ。ポスターのビジュアルはもちろん小松崎茂タッチ。その上で、昭和30年代当時は配給元から各映画館に配布されるポスターは4つ折りされていたが、その折じわまでネガドンのポスターやチラシでは再現されている。 まさに平成の映像技術を駆使して昭和の魂を再現した映画・ネガドン。粟津氏は、CGによる映像表現はさらに高度化すると思われるため、CG特撮、視覚効果を中心にこれからもCG映像に携わっていきたいとのことである。





色彩感覚とデッサン力の訓練を。

 CGクリエイターを目指す若い人たちへのメッセージとして粟津氏は「昭和に作られた怪獣映画は本当に面白いです。この映画をきっかけに、CGをやっている人もやっていない人も黄金期の作品を観ていただきたいですね。
クリエイター志望の方は、色彩感覚を養うとともに、デッサン力を日頃から高めるように努力してほしいと思います。CGは新しいものなので画質の劣化はありませんが、フィルムは経年変化で劣化します。その劣化具合にフィルムの味わいがあるので、その味わいをCGでつけるということにも挑戦していただきたいと思います」と語られた。




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