
一見、それぞれが関連のない研究のように見えるが、実はこれらに共通し一貫したテーマがある。「形状」である。金井氏が形状についての研究を展開する方向性は、東大の学生時代に関わった「ネアンデルタール人復活プロジェクト」にある。


そこで、メッシュを用いたモデリングを行い、歩行のアニメーションまで作成している。「私は、ちょうど博士課程の1年生だったのですが、プロジェクト自体は9カ月ぐらいしかなくて、その間はほとんど毎日、徹夜のような形でやっていました」という。「今後の研究ということを考えると、その後10年ぐらいはポリゴンの研究をしていますので、そこで基礎ができたという感じはします」

金井氏が進める形状に関する研究が、多くの分野で活用されるのには、コンピュータ上でシミュレーションや解析などをする際、さまざまな過程で形状を生成するということがどうしても必要となってくるという背景がある。そうしたシミュレーションを行う際に、現実世界を踏襲したモデルがどうしても必要になる。形状の生成方法は主に「モデリングツールを用いる方法」と、「計測データを用いる方法」の二つある。現実世界の状況を予測したり、シミュレーションする場合、なんらかの形で現実世界にあるデータを用いる。ここで、問題となるのは、データをもとに形状を生成する場合、データ量が膨大になるということだ。また、測定データをもとにして生成した形状は、不規則で扱いにくいも

測定データによる形状生成は、メッシュ自体があまりきれいにならないので、より使えるモデル、編集をしやすいモデルを生成することが必要となる。そのための研究として、メッシュ上の直線や曲線の編集手法や、再メッシュ化、データ最適化のための圧縮などの研究を行っている。また、計算を簡略化する方法として、テンプレートのような基本形状を利用して、そこに測定データを合わせることで新しい形状をつくるという方法も発表している。
測定データによる不規則なメッシュ(任意位相メッシュ)を規則的なメッシュに再メッシュ化(リメッシュ)する手法として金井氏は、メッシュを任意の領域に分割し、それぞれの分割面ごとにリメッシュする方法を発表している。また、メッシュを分割する方法として、直接ユーザが形状表面に線(測地線)を引くツールを開発している。この測地線に

測地線の研究はこれまでにもあったが、安定した手法がなかった。金井氏は、メッシュの最短経路を計算するために、近似的な線を引くことで、計算を効率化している。これによって、測地線を1本引くのに1秒もかからないという。これにより、インタラクティブに測地線を書き入れることで、ユーザは意図する加工・編集に適したリメッシュを行うことができる。

こうした形状の研究を続けながらも、研究対象がさまざまな領域にまたがっていることについて、金井氏は次のように話す。「形状の研究は、それだけでは大きなテーマになりにくい。そこで、いろいろな領域におけるニーズに対応しながら、研究を進めてきたということがあります。そういう意味では、いろいろな分野を常にウォッチしていますね。しかし、根底にあるテーマは形状モデリングということで共通していながら、領域ごとにディテールが違ってくるので、自然と要求されることも違ってきます。ある程度、それぞれのニーズに対応しながらも、研究としてのスタンスで進めてきました。外部のニーズに対応することは、活動の上でも必要であると同時に、研究自体が社会のニーズに適合した、独りよがりにならないものとして成立させるというねらいもあります」
「あまり分野を特定してしまうと先が見えなくなってしまうので、あまり分野を決めずに、なるべく基本的な問題をやってみて、分野は後から考えるようにしています。基礎的な研究を企業の人などに見せると、それぞれの領域での活用方法について考えてくれることが多いですね。なので、特に大学にいるときにはかなり基礎研究をやることを重視していました」
金井氏の研究は「形状」を軸に幅広い領域にわたったテーマに対するソリューションとして結実している。金井氏の主な研究を紹介する。
東京大学の博士課程在籍時、「ネアンデルタール人復活プロジェクト」でメッシュの研究を始めた後、2つのメッシュの間を滑らかに補間する3Dモーフィングの研究を行った。2つのメッシュの間を滑らかに補間するには、メッシュ上の各点の間に対応関係を構築する必要がある(この問題は対応問題と呼ばれる)。この関係を構築するために、メッシュを一旦パラメータ空間上に写像し(これをパラメータ化と呼ぶ)、その上で合成処理を行い、もとのメッシュ上に戻す、という処理で実現している。これにより、メッシュ全体を補間したり、またメッシュの一部だけを補間して別のオブジェクトにすることも可能だ。また後に、メッシュの多重解像度表現を利用して、3つ以上のメッシュに対するマルチターゲットモーフィングを行うことにも成功している。
理化学研究所(理研)では、解析・シミュレーションの研究室に在籍し、地殻システムの研究を担当した。これは、地震予知のために地殻プレートのモデルを生成するためのもので、年間に起きる地震の震源地を点群データとして集め、そこから、プレートを推測するためのデータベースを構築した。震源データ、地表のデータ、海底のデータ、断層のデータなどをデータベースとして管理、表示するシステムで、これを元に、地震学者が自らの理論に従い、プレート面を作成できるようになっている。名古屋大学や東大地震研究所などが中心となり、その後も研究は続いており、現在ほぼ、日本全体のメッシュはできているという。
その翌年、理研で始まった生体力学シミュレーション研究にも参加。ここでは、人間の個体差のある人間の形状のモデルを効率的に生成する技術を開発した。まず、人間のモデリング形状の標準的なテンプレートを作り、CTスキャンによる個々の測定データにあわせてモディファイすることで効率的に個人の形状データを生成できる。
2001年には、ある大企業からの委託研究で、自動車の組立工場の設計シミュレーションのためのデータサイズの簡略化のプロジェクトにも携わっている。これは、デジタルアセンブリ(DA)と呼ぶシミュレーションのためのもので、コンピュータ上に自動車の組立工場をつくり、作業効率を高めるための組み立てロボットの配置や作業工程の工夫などをコンピュータ上で行おうというものだ。車のデータは通常、一台で500万ポリゴンぐらい必要となるが、それでは工場全体をインタラクティブに動かすことは不可能だ。そこで、組み立て作業に直接関係のない、エンジン内部などの見えない部分のデータを省略する技術を開発した。
慶応大学では、リアルタイムグラフィックスの研究を行っていた。事前計算放射輝度伝達(Precomputed Radiance Transfer:PRT)などを使っていかに美しく、早く表示するかを研究していた他、ポイントレンダリングと呼ばれる、スキャナによって得られた点群データをそのままレンダリングするという研究をも行っていた。ポイントは、点群データをもとに、シェーディング計算のために重要な要素となるオブジェクトの法線ベクトルをいかにして計算するかという点にある。この、法線ベクトルの計算処理にGPUを利用することで、リアルタイム(30fps)で点群データのシェーディング表示を実現している。
慶応大学ではまた、小檜山賢二教授の研究「Micro
Archiving: A Virtual Environment for Micro Presence with Image Based
model Acquisition」にも協力している。これは、複数の光学カメラによって撮影した昆虫の画像から、やはり点群データによるモデルを生成し、それをレンダリングする手法や、点群データに付属する色を編集するためのペインティングツールを開発している。小檜山教授の研究は、2001年のSIGGRAPHの
sketch とエマージングテクノロジーで発表されている。
今年8月、ロサンゼルスのシェラトンホテルで開催したSCA05(Symposium on Coputer Animation05)で、金井氏らが発表した「Directable
Animation of Elastic Objects(制御可能な弾性体アニメーション)」は、弾性体を用いた物理アニメーションに対して、キーフレームによってクリエイターが介在することができるものだ。
(※SCA05の詳細は別ページ)
この研究でも、金井氏が各領域における現場のニーズとの関わりを重視している点が伺える。実はこの研究の前に「物理法則にもとづく弾性体アニメーションシステム」と題する研究をしている。これは、慶応大学の教員として、大学生とともに発表したものだ。剛体や流体の研究は多いが、弾性体の研究は、スイスのローザンヌ連邦工科大学(EPFL)で積極的に行われているぐらいで、他には単発的な研究例しかないという。医療分野でのシミュレーションなどニーズはあるのだが、計算処理が膨大であるという点がこれまでネックだった。
いわゆるゴムのような動きをする弾性体のシミュレーション計算には有限要素法を用いる。そのため計算量が膨大となり、インタラクティブなものには向かないとされていた。研究論文では、その解決方法として、動きを計算するためのモデルに簡略化した形状を用いている。計算処理のためのモデルに実物のデータではなく、よりデータ量の少ない近似モデルのデータを使うことによって、短時間で計算できるようにしている。実験では、20000ポリゴンの弾性体モデルの動きを、近似した1000ポリゴンの形状の計算で作り出している。より実物の動きに近づけるために、表面だけでなく、モデルの内部の4面体メッシュを用い、両者を対応させている。これによって、弾性体の変形と動きの両方を高速な計算で導き出している。
この弾性体の物理的な動きのシミュレーションについては、当初の目的を果たしているのだが、この研究の成果をアニメプロダクションのアニメータに見せて意見を聞いたところ、ほとんどすべてのアニメータが「これでは使えない」という意見だった。
それはアニメータが、物理的な動きよりも、思い通りの動きを作ることに重点を置いているからだ。そこで金井氏は「物理的な動きを元にして、キーフレームで動きや形状を制御できる物理シミュレーション」の研究を考えた。
シミュレーションで形状を制御するためには通常、動かす前に制御するためのパラメーターを設定する。つまり、最初の段階で初期値を制御するしか方法がないのだ。しかし、それではアニメータが形状を見ながらインタラクティブに制御するという状態とはほど遠い。そこで今回とった方法は、最初に物理運動シミュレーションの計算をして、その計算で作り出された動きに対してキーフレームを設定する。それからさらにもう一度、物理シミュレーションの計算を行う。2度目の計算では、キーフレームによって「この時間でこの形状になるように」という制約が与えられている。その制約にあわせて、なめらかに移行するように計算を行う。これによって最終的に、動き自体は物理法則に支配されているという保障がなされるわけだ。
自然現象に則って物理計算をするのと、アニメータの意図に沿った動きを指定するキーフレームとは、本来はトレードオフの関係といえるだろう。今回の研究の基本には、やはりあくまでも「物理法則に沿った動き」がベースになっている。その上で、いかにアニメータの演出を自然に加えるかという試みがなされている。そのため、キーフレームはあくまで「目標位置」であり、物理的な計算をして、必ずしも全く同じ時間に同じ位置をとるものではない。
この研究は現在、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)のもとでデジタルアニメーションラボが進めている研究の一環として進められており、金井氏はCRESTの協力研究員として研究に携わっている。
金井氏が現在、最も力を入れているのがGPUの研究だ。よりきれいな形状データを高速に生成するという点で、これまでの金井氏の形状モデルの生成の研究の延長線上にある。
中でも現在取り組んでいるのが、曲面のレンダリングだ。曲面のレンダリングは通常、ポリゴンを生成し、それをレンダリングするのだが、GPUを用いて高速計算をすることが可能なため、曲面を直接レンダリングする、ダイレクトレンダリングの手法を採っている。ピクセルごとに位置と法線をGPUで算出し、それをレンダリングに使う。ピクセルごとに正確な法線と位置をもとにしているため、非常にきれいな形状が表示できるという。
細分割曲面(Subdivision Surface)の一つであるCatmull-Clark細分割曲面においては、そのパラメトリック表現を用いて計算を行っている。まず制御点群と細分割行列の固有値の対角行列、固有基底関数の係数の積をあらかじめ計算し、テクスチャに格納しておく。そして、双3次Bスプライン基底関数の計算コードをGPUに埋め込んでおき、GPUの中でそれらの線形結合を計算することで位置と法線ベクトルを求める。
これによって、特に反射線の表示において、ゆがみのない正確な表示が可能になる。反射線とは、曲面の形状を評価するときの2階微分量を評価するための線だ。ポリゴンでレンダリングすると、法線ベクトルは基本的に四隅の頂点の法線の線形補間を使うので、反射線が歪んでしまう。それを、ピクセル単位で正確に法線ベクトルを計算することによって、正確な法線ベクトルで正しく評価量が計算される。
その他、ベジエ曲面やB スプライン曲面等のパラメトリック曲面や、陰関数曲面の高品質なレンダリング手法についても「すでに完成しておりいつでも発表できる状態にある」とのことである。
GPUの次なる取り組みとして、GPUクラスタの研究を計画している。これは、高性能化が著しいGPUを、グラフィックス以外の計算にも利用しようという研究の一環だ。
スタンフォード大学の統計結果によると、今のCPUの演算スピードは、20GFLOPSぐらいだが、GPUはすでに160GFLOPSに達しようとしており、今後も成長の余地が大きい。GPUを新しいコンピューティングリソースとして位置づけ、有効に活用するための研究が進められている。昨年8月、ロサンゼルスにおいて開催された「GP2」(Workshop
on General Purpose Computing on Graphics Processors)では、まさに、GPUをグラフィックス以外で活用するための研究が一堂に介している。金井氏もこのGP2に参加し、上記の研究について発表している。
「GPUは単価も安いので、コンピューティングリソースとしても、利用されていくのではないか。GPUだけを使って計算するというよりは、計算の援用として用いられると考えています。処理のかかる計算のいくつかをGPUに回すということが一般的になるのではないでしょうか」(金井氏)。
GPUは現在、その演算の速さゆえに、メモリアクセスによる遅延が計算効率を下げている。また、GPUの標準的な言語がないなど、さまざまな課題を抱えている。いわゆる、ストリーミングプロセッサとしての働きが十分にできるための環境が整うには時間がかかりそうだ。こうした課題を解決するための手法として、マルチスレッド化という方向性も検討されている中、金井氏はGPUをさらに並列計算させるためのGPUクラスタを提案している。グラフィックス計算のためのクラスタとしては2002年に、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)などが、従来のPCクラスタシステムにリアルタイム映像生成機能を加えた「ボリュームグラフィックスクラスタ(VGクラスタ)」を開発している。これは、「大規模ボリュームデータ」を高速に可視化するためのもの。金井氏の今回のGPUクラスタは、ビジュアリゼーションが目的ではなく、流体計算をはじめとする科学技術計算など汎用的な計算エンジンとしての利用を目指している。
最新技術と社会のニーズとを結びつけようとする金井氏のスタンスが生み出した研究成果は、各領域で役立ちながら、金井氏のテーマである「形状」の研究をさらに押し進めつつある。GPUの研究も新たな領域を広げ、金井氏の研究をさらに深めていくことになりそうだ。
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