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コース・論文・テクニカルスケッチの傾向(3)
CGプロダクションが最新技術を駆使
2007.07.19

■ハリウッドのメイキングが目白押し
 プロダクション色が強いという傾向は、今年のSIGGRAH全般に渡って見られるようだ。たとえば、今回の"スペシャルセッション"では、ILMがオーガナイザーを務め、「ハッピーフィート」「トランスフォーマー」「シュレックシリーズ」「スパイダーマン3」と、今年の話題映画のメイキングを、各プロダクションが日替わりでプレゼンテーションする。スペシャルセッションに映画VFXの話題が登場するのは決して珍しいことではないが、これほど目白押しに登場するのは近年では珍しい。
 ピクサー社の新作「レミーの美味しいレストラン」は、最終日のテクニカルスケッチに登場する。第一弾として"Oh, Rat!"、続けて"Drat,More Rat!"と、まさにネズミの大行列だ。この映画では、「モンスターズ・インク」(毛・布のシミュレーション)、「ファインディング・ニモ」(流体シミュレーション)、「カーズ」(ライトシミュレーション)などのように、特定の技術が新たに開発されるということはなかった。たが、ネズミと人間という極端にスケールの違う二つの世界の交流や、匂いや味という映像で表わすことが非常に難しい要素を生き生きと描き出すために、これまでに考案されてきた技術を非常に苦労して練り直したようだ。
 このような努力や工夫の数々が、毛、布、群れ、水や煙、ライティングといったテーマごとに紹介される。特に、布に関しては、クロスシミュレーションの歴史にこの人ありというデビット・バラフが講演をおこなうだけに、興味深い。
 クロスシミュレーションに関しては、"Vogue!"というテクニカルセッションもあり、こちらは、映画やゲーム、バーチャル・ファッションショーなど、より多目的なクロスシミュレーションの実用化を目指したものとなっている。また、論文セッションでも、衣服などにマーカーを取りつけて動きをキャプチャーし、このデーターを用いてリアルタイムに布の動きをシミュレーとする実用的なクロスシミュレーションの手法が登場している。

■流体・液体シミュレーションも豊富な事例
 テクニカルスケッチでは、その他にも映画に関連したプレゼンテーションが多い。"Oasis"と題したセッションでは、「スパイダーマン3」のサンドマンに関するシミュレーションの詳細が紹介される。サンドマンという名が示すとおり、ここでは人間が砂に変わっていく様子を流体シミュレーションによって表現している。
 単に砂の粒子の動きを流体シミュレーションで算出するだけでなく、人間の皮膚が変形して、そこから砂の粒子が発生する様子までもが、流体シミュレーション(レベルセットという手法)を用いて計算されている。今回のプレゼンテーションでは、このような難易度の高い技術を、どのようにして実写やキャラクターアニメーションと融合させたかという工夫が披露される。
 流体シミュレーションをテーマにした"Go with Flow"というセッションでも、「バイレーツ・オブ・カリビアン3」「Surf's Up」「300」などの各映画プロジェクトで用いられた流体シミュレーションの詳細が紹介される。
 注目したいのは、ドイツのスキャンライン・プロダクションによる、映画「300」の流体シミュレーション。小規模ながらもハリウッドの大手プロダクションを凌ぐ技術力をもった同社のアイデアが披露されるのは、あまり機会がないだけに、貴重な講演だといえる。
 スキャンライン・プロダクションの他に、ヨーロッパで独自の流体シミュレーション技術を開発しているプロダクションとして、イギリスのダブル・ネガティブ社が挙げられる。ダブル・ネガティブ社の流体シミュレーションは、実写やCGキャラクターとのインタラクションを重視しており、ワープやノイズ関数といった2Dの要素をうまく取り入れた自由度の高いものとなっている。
 今年の論文セッションでは、UBCとの共著で、この方向性の流体の論文も発表している。この手法では、2Dのノイズ関数を用いてポテンシャル場を生成し、乱流のような複雑な流体の動きを近似する。流体の運動方程式を正確に解く場合と比較して、遥かに高速で、なおかつ、流体と物体とのインタラクションを非常にうまく表現できることが大きな利点となっている。映画「Hell-Boy 2」などのプロジェクトで、すでに実用化されているそうだ。

■GPUがもたらす表現の進化
(写真1)

(写真2)

(写真3)

 テクニカルスケッチには、理論と実用化とのちょうど中間に位置するプレゼンテーションが多いのだが、中でも少し変わったものとして、"I'v got You Covered"というセッションがある。主にGPUに適したモデルやテクスチャをつくりだすためのアイデアを集めたもので、基礎的なアイデアからすでに実用化されている具体的な例まで、なかなか発想豊かなものが多いようだ。
 特に、NVIDAが発表する、GPU上での皮膚の質感表現などは興味深い。この手法では、マルチレイヤー(物理的な特性の違う複数の層で構成される物体)に対応したサブサーフェース・スキャタリングが非常に正確に考慮されている点が大きな特徴となっている。
 マルチレイヤーに対応した物理的に正確なサブサーフェース・スキャタリングの計算方法としては、2005年にクレイグ・ドナーとヘンリク・ヴァン・ジェンセンによって発表された、マルチポールを用いた手法(複数の仮想的な光源を用いて、複数の層内で散乱を繰り返す光の挙動を近似する手法)がよく知られている。
 この手法そのものも、実用化を第一に考えたシンプルな手法といえるのだが、やはりこれをそのままGUP上で実装するには無理がある。そこで、今回の手法では、マルチポールを用いた計算を、ガウス関数の形をした基底関数に重みを付けて足し合わせる計算で近似するという方法がとられている。適切な基底関数と重みが決まれば、サブサーフェース・スキャタリングの効果を、「重み付けをして足し合わせる」という単純な計算で算出でき、このような計算はGPU上でも難なくおこなうことができる。問題は、どのようにして適切な「重み」を決定するかで、このあたりの工夫が、プレゼンテーションの中心となるようだ。
(写真1・写真2)
GPU上で、マルチレイヤー構造を持った人間の皮膚の質感をリアルタイムにレンダリングする手法。マルチレイヤーに対応したサブサーフェース・スキャタリングの効果を、できる限り正確に算出している。画像は、2005年に発表されたマルチポールを用いたサブサーフェース・スキャタリングの手法と精度を比較するため、この2005年の論文と同じモデルをGPU上でレンダリングしたもの。
(写真3)
この方法では、顔全体の色味の変化を表わす画像(一番左)と顔全体に入射する光の分布を表わす画像(左から2番目)をベースにして、基底関数を導き出す。左から3番目から7番目までの5つの画像は、いずれも基底関数を表している。これらの基底関数に重みをつけて足し合わせたものがサブサーフェース・スキャタリングの効果となり、これにさらに、顔の表面でのスペキュラー反射(右から2番目の画像)を加えたものが、最終的なレンダリング結果となる(一番右の画像)。

「Efficient Rendering of Human Skin」
(Eugene d'Eon, David Luebke, Eric Enderton(NVIDIA Corporation), Siggraph2007 Technical Sketch" I've Got You Covered")より

■デバイスの先端をかいま見られるエマージング・テクノロジー
 SIGGRAPHのコース・論文・スケッチに関する事前解説の最終回にあたる今回は、テクニカルスケッチを中心に紹介したが、SIGGRAPHというカンフェレンスの中でも、年を追うごとにその重要度を増しているのが、エマージング・テクノロジーと呼ばれる展示だ。もともとは「体験して楽しめる」展示として発足したようだが、最近では、まず新しいデバイスをこの展示に出展し、その後コンセプトを論文化したものを発表するという例も多くなってきた。このところのCG理論は、デバイスと密接な関係を持って進化しつつあるだけに、次世代のCG技術を担う展示の場として、エマージング・テクノロジーに期待されるものも大きい。今年は、日本からの出展も多いようだ。
 SIGGRAPHでは年々、カテゴリー同士の境界が薄れつつある。一つのテーマが、論文、テクニカルスケッチ、展示、アニメーション・フェスティバルなどといった、複数のカテゴリーに渡って紹介されるというケースも増えてきている。これは、理論・デバイス・映像の3つが一体となって、現在のCG技術の進化を支えていることをよく表しているともいえるのだろう。目的意識をもって参加することはもちろん大切なのだが、あまり一つの固定観念に囚われることなく、できるだけ自由な視点で多くのものを体験して欲しい。そこで体験した、思ってもいなかった出会いや発見こそが、Siggraphに参加する最大の意義だといえるのだから。

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