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SIGGRAPH2007 セッション、論文等に関する報告(4)
2007.09.27

 レポートの第一回で紹介したように、SIGGRAPH2007は非常にプロダクション色が強いものとなり、理論面においても、物理的に正確なリアリズムを追求するというよりは、自由度や操作性に重点を置いた手法が大勢を占めていた。この傾向は、流体・変形・ダイナミックシミュレーションなどの分野において、特に顕著だったといえる。今年のSIGGRAPHは、理論と実用の両面で、これまでのCG技術の蓄積が非常に成熟した形で昇華され、同時にCG技術が目指すものが確実に変化しつつあるいうことが感じられる大会だった。(倉地紀子)

●プロダクションにも高度なプログラム技能
画像1、2
2Dノイズ関数を用いて、乱流のような複雑な流体の特徴を近似し、その動きを高速に算出する。 流体と物体との干渉までうまく表現できることが大きな利点となっている。 “Curl-Noise for Procedural Fluid Flow“(Robert Bridson, Jim Hourihan, Nordenstam)より。
(c)ACM



 流体では、複雑な流体の運動方程式を解く作業を、パーティクルやノイズ関数を用いてうまく近似するという傾向が強かった。これは、論文セッションにもプロダクションによるスケッチにも共通していたといえる。
 近年では、ハリウッド映画を手掛けるような大手プロダクションのほとんどが、非常に優秀なソルバー(流体の運動方程式を解くソフト)を保持している。このようなソフトは、自然界の流体の動きをそのまま表現するのには向いている。しかし、滝などのように非常に特徴のある流体の動きや、3DCG映画のように様式化された流体の動きをつくりだす必要がある場合には、コントロールなどの点で不都合が多いようだ。「パイレーツ・オブ・カリビアン3」「レミーの美味しいレストラン」「SURF's Up」などでは、各プロダクションとも、ソルバーを用いた試行錯誤を繰り返したすえに、パーティクルを用いたアプローチを選択している。
 論文セッションでは、UBC(ブリティッシュコロンビア大学)から発表された"Curl-Noise for Procedural Fluid Flow"という論文が、特にプロダクションの技術者の間で人気が高かった。
 この方法では、流体の運度方程式を解く代わりに、2Dノイズ関数を用いてポテンシャル場を生成し、流体のメカニズムをうまく近似した動きをつくりだす。特に、乱流のような、流体の運度方程式を解いて算出することが非常に難しい現象を表現しようとする場合に効果的な手法だといえる。
 ノイズ関数を用いた流体の近似方法としては、これまでにも数多くの手法が考案されてきているが、この方法は、たとえば流体が物体と干渉する様子など、これまで不可能だった表現まで非常にうまく近似している点が高く評価されていた。
 共同開発した英国のダブルネガティブ社は、既に映画「Hell-Boy2」のプロジェクトで、この手法を実用化しているそうだ。

●物理法則の正確さよりも表現力を優先
画像3
有限要素法の解法そのものでは、局所的なボリュームの保存が保障されていないため、通常の有限要素法を用いると、15%以上のボリュームの変化が出てきてしまう(中段)。 有限要素法で用いる物理定数を一般的な値よりも大きく設定すると、ボリュームの変化を2%ほどにとどめることができるが、逆に変形の動きがまるでピンで留めたように不自然なものとなってしまう(下段)。 論文の手法を用いると、ほぼ完全に局所的なボリュームが保つことができ(ボリュームの変化は1%未満)、なおかつ非常に自然な動きをつくりだすことができる(上段)。

Volume-Conserving Finite Element Simulation of Deformable Models Geoffrey Irving, (Stanford University and Pixar Animation Studios), Craig Schroeder (Stanford University) Ron Fedkiw (Stanford University and Industrial Light & Magic)より。
(c)ACM

 変形やダイナミックシミュレーションのセッションとしては、
"Squish, Bounce, and Bounce"という論文セッションが非常に好評だった。セッションで発表されたいくつかの論文はいずれも、厳密な意味での物理的な正確さよりも表現力の豊かさを優先しているという点で、今という時代の要請を的確に捉えた手法といえ、人気の高さの理由はこのあたりにあったのかもしれない。
 中でも、理論と実用の両面で非常に高く評価されていたのが、スタンフォード大学から発表された"Volume Conserving Finite Element Simulation of Deformable Model"という論文だ。
 この論文では、CGアニメーション技術の最後の砦ともいえる人間の筋肉や皮膚の変形に的を当てている。現在のところ、最も物理的に正確な変形シミュレーションの手法とされているのが有限要素法なのだが、この方法を筋肉や皮膚の変形に適用するうえでは、幾つかの問題点がある。
 中でも、ビジュアルな見地から最大の問題点とされているのが、局所的なボリュームが保たれないことだ。なぜなら、過去の研究において、筋肉や皮膚の変形に関しては、その見た目のリアリズムを保つための最大の鍵は、局所的なボリュームを保つことだとされているからだ。この論文では、流体シミュレーションから得たアイデアを有限要素法に取り入れて、この問題を効率的に解決している。
 有限要素法を用いた変形シミュレーションも流体シミュレーションも、シミュレーションする領域を細かい4面体や6面体に分割し、これらの間の力の伝達を方程式で記述する。この意味では両者は非常に類似している。
 だが、有限要素法では局所的なボリュームの保存を保障せずに方程式を解いて行く。これに対して、流体シミュレーションでは、局所的なボリュームの保存を非常にシンプルな式で記述し、これを加えながら流体の運動方程式を解いていく。
 そこで、流体シミュレーションの解法に類似したアプローチを有限要素法に導入しようというのが、この論文の基本的な考え方となっている。 この分野の研究者の目から見てもかなり秀でた解法であるようで、セッション終了後の質問では"congratu
lation"の声も上がっていたほどだ。
 論文執筆者は、流体の研究で名高いスタンフォード大学のロナルド・フィデキウ氏の研究室に所属する一方で、ピクサー社のR&Dにも籍を持っている。研究分野も、流体シミュレーションと変形シミュレーションの両者にまたがっている。特に変形シミュレーションでは、映像制作の分野ではいまだに敬遠されがちな有限要素法の効率的な活用方法を追求している点が興味深い。今回の手法も、そのような背景があってこそ生み出されたといえるのだろう。

●インタラクティブなツールも登場
画像4
シミュレーション(前計算)で算出された結果を、ユーザーの指示に応じてインタラクティブに補正・融合させ、最終的なアニメーションを生成する。 ユーザーの指示が、直感的・視覚的に与えられるようなインターフェースが工夫されている。 一番左は、キャラクターが階段を転がり落ちる動きを、シミュレーションで作成した結果。 シミュレーション結果はインターフェース上では軌跡として表されている。 複数のシミュレーションを並列計算でおこなっているため、複数の軌跡が描き出されている。 真ん中と一番右は、その中からユーザーの意図に合ったシミュレーションを選び出して融合させるための画面をあらわしている。 真ん中はユーザーが描いたボックスの中を通過するシミュレーションだけを選び出しており、一番右はユーザーが描いたボックスを避けて通るシミュレーションだけを選び出している。

Many-Worlds Browsing for Control of Multibody Dynamics
Christopher D. Twigg (Carnegie Mellon University) Doug L. James (Cornell University)
(c)ACM

 同じセッションでカーネギーメロン大学から発表された"Many
-Worlds Browsing for Control of Multibody Dynamics"という論文もなかなか好評だった。
 この手法は、ユーザーの細かい指示にインタラクティブに対応して、数多くの物体の動きを同時にシミュレートすることを目的にしている。手順としては、まず用意されたシミュレーションのデーターベースの中から、ユーザーの意図に合ったシミュレーションをいくつか選び出し、これらのシミュレーションを並列計算でおこなっておく。
 そして、このような前計算の結果を、ユーザーの指示に合わせてインタラクティブに補正・融合する計算を繰り返し、最終的なアニメーションを生成する。補正・融合の段階でも物理計算はおこなわれるが、前計算のシミュレーションと比べるとぐっと計算負荷を軽くして、インタラクティブなフィードバックを可能にしている。
 「キャラクターは止まることなくずっと階段を転がり落ちていく」といった直感的な指示が可能で、なおかつそのような指示をビジュアルに反映させるためのユーザーインタフェースが工夫されている点が大きな特徴となっている。シミュレーション技術そのものというよりも、次世代のシミュレーション・ツールを予感させるユニークなアイデアが、好評を博したゆえんだったようだ。

●より多くのユーザー層をめざすMassive
画像5
Massive のGUI。 ハリウッド映画ではすっかりおなじみとなったMassive だが、より広いユーザー層の獲得を意識して、その操作性の改善を目指している。 最新バージョンでは、車・観客・兵士といった典型的な群れに関しては、その雛形がデフォルトで用意され、レンダリング機能として、メンタルレイも直接呼び出ようになった。 将来的には、他のシミュレーション機能も盛り込んだ総合システムに発展させていきたいようだ。
(c)Massive Software



 この変形やダイナミックシミュレーションのセッションにことのほか興味を抱いていたのが、群集シミュレーション・ツールMassiveの作者ステファン・レジェラス氏だった。物理的な正確さよりも表現の豊かさを優先している、それはMassiveのコンセプトと一致しているのだという。とかくAIツールと混同されがちだが、Massiveは正確な意味ではAIツールとは別物だといえる。
 AIとは、ある現象に対する意志を持った反応のことを意味しており、映像制作という観点から見る限り、この反応を表わすために、神経系の作用までシミュレートする必要は全くないというのが、同氏の考えだ。そして、神経系をシミュレートする代わりに導入されたのが、ファジー理論というものだった。
 ファジー理論とは、いってみれば曖昧さをシミュレートするものといえる。Massiveは、この曖昧さを非常に複雑に絡み合わせることによって、ワンランク上のランダムさを備えた表現を可能にしている。今やハリウッド映画の必需品といえるほど、映画制作に浸透していったが、これも、このような複雑な曖昧さを自社のソフトウエアで実装することが、大手プロダクションにとってもなかなか難しいということを示しているようだ。
 映画の分野ではかなりの成功を収めたといえるMassiveだが、今年は"Massive for Mass"というキャッチコピーを打ち出していた。ハリウッドのプロフェッショナルだけでなく、より幅広いユーザー層を開拓していこうという意向だ。
 このためか、車・観客・兵士など頻繁に用いられる群れのパターンがデフォルトで用意され、レンダリングに関してもメンタルレイを直接起動できるようになった。また、群集シミュレーションという枠を越えて、一つのシーンを作成するために必要とされるあらゆるシミュレーション機能を兼ね備えた統合システムに成長させていくことも、将来的な課題となっている。
 前述した有限要素法と流体シミュレーションではないが、理論においても分野の境界が薄れつつある。この傾向は、ツールに関しても同じであるように感じられた。

●確実に変化しつつあるCG表現技術
 4回にわたって紹介してきたように、2007年のSIGGRAPHは、理論と実用の両面で、これまでのCG技術が非常に成熟した形で昇華されつつあるということ、同時にCG技術が目指すものが確実に変化しつつあるいうことがしっかりと感じられる大会だった。CGの歴史を大きく変えるような画期的な新技術こそ登場しなかったものの、非常に充実した内容に感じられたのはそのせいだろう。もちろん、その延長上では、現在も弛むことのない努力が続けられている。それが、一年後にどのような形となって現れるのかを見るのが、今から待ち遠しい。

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