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SIGGRAPH2007 セッション、論文等に関する報告(1)
2007.09.27

 2007年のSIGGRAPHは、予想どおり非常にプロダクション色の強いものとなった。ハリウッドの大手プロダクションが軒並み揃えて開催したコースやスケッチの数々は、入場規制が出るほどの大入りで、プレゼンテーションそのものも、その構成にストーリー性を持たせるなど、工夫の凝らされたものが多かった。これらのプレゼンテーションでは、いずれも社内で開発した独自の技術をお披露目することが一つの大きな目的となっているのだが、そこには一つの共通した特徴があった。(倉地紀子)

●表現にあわせたツールの使い分けが鮮明に
 ハリウッドの大手プロダクションがこれまでおこなってきた自社開発の多くは、市販ツールが到達していない高度なレベルのリアリズムを実現することを目的としていた。そして、ここでいうリアリズムとは、現実の世界にみられる自然界のしくみを復元することだったといえる。
 だが、今回のプレゼンテーションを見る限り、プロダクションが自社開発でめざすリアリズムは確実に変わりつつある。現実の世界のリアリズムはどちらかというと市販のパッケージソフトにまかせ、自社開発では、現実の世界のリアリズムを越えた表現の豊かさと効率化をめざすという方向性が顕著になってきている。
 「スパイダーマン3」の砂の表現ではHoudiniが大活躍し「レミーの美味しいレストラン」ではネズミの群れの表現にMassiveという群れの生成ソフトウエアが用いられている。
 世界に先駆けて炎の生成ツールを自社開発したPDI/Dreamworksも、「シュレック3」では炎の表現にMayaの流体機能を用いている。
 しかし、シーン独特の豊かな表情を完成させるためには、このような市販のパッケージソフトが持つ汎用的なシミュレーション機能だけではなかなか難しい。フォトリアルであれ、様式化されたものであれ、アーティストが考えているとおりの表現を、できるだけ即座に絵にできるようなツールでサポートする必要がある。
 そして、これこそが自社開発の目指すべき方向性だというのが、各社に共通したこのところの傾向のようだ。もちろん、そこには、市販パッケージソフトの成熟や自社開発にかけるコストの制限といった背景もあるようだが、映像制作が目指すリアリズムに変化が出てきていることも確かのようだ。

●リアリズム追求の方向性に異変
 追求するリアリズムの変化という現象は、論文発表などに見られる理論面にも見られた。これまでのCG理論は、現実の世界のリアリズムをいかに物理的に正確に復元するかを目指してきた。そして、2000年以降は、このようなリアリズムをいかにしてリアルタイムにつくりだすかという研究が盛んになった。
 だが、ここにきて、これらのリアリズムを人間の創意工夫で自在に操れるようにするという研究の方向性も顕著になってきた。たとえば、フォトリアルな質感をつくりだすために、撮影画像をそのまま用いたり、撮影画像を計測して質感を表わす関数やそのパラメーターを復元するという手法がある。
 もともと、これらの手法は、撮影画像そっくりの質感を復元するために考案され進化してきたわけだが、今年は、撮影画像をもとにして質感復元のための基本となる画像や関数を生成し、これらをインタラクティブにエディットして、ユーザーが思い描いたとおりの質感を物理的な精度も保ちながら復元する手法が複数登場している。そして、このような復元を、これまでCGで用いられてきた色空間ではなく、より人間の知覚に即した色空間でおこなう試み、さらにこのような色空間が物体の形状にどのように依存するかを探る試みなども登場した。
 今回のものに関していえば、著しく斬新なアイデアといったものは見られず、どちらかというとこれまでのCG理論の延長上といった感が強かったが、今後の発展が期待される方向性だといえる。

●コード化による画像の復元
 撮影画像をもとにして画像のデプスを自在に操る手法(バーチャルリフォーカス)も多数登場した。今年のcomputational photographyの最大のターゲットは、このバーチャルリフォーカスだったといえるほどだ。そして、これらの手法に共通していたのが、「コード化(coded)」というアプローチだった。
 コード化の手法では、白黒のドットやストライプのパターンでレンズを覆ったり、これらのパターンを投影しながら撮影をおこなう。こうして撮影された画像そのものは、通常のカメラで撮影された画像よりも情報量が少ないのだが、これをデコードすることによって、通常のカメラで撮影された画像がもちえない豊富な情報を復元することができる。
 撮影画像をもとにして情報を復元する場合、通常のカメラを用いて撮影された画像を用いると、膨大な数の撮影画像が必要となるのだが、コード化の手法を用いると、より少ない数の撮影画像を用いて特定の情報を十分な精度で復元できることが大きな利点となっている。コード化の手法そのものは昨年もいくつか登場していたが、今年はこのアプローチを取った手法が数多く発表されており、computational photography中に、「coded computational photography」という新たなジャンルを確立したともいえる。

●「キャッシュ」を用いて効率化
画像1
全体をMCRTでレンダリングした結果。MCRTではサンプリング数が少ないと誤差がノイズとなってあらわれてしまう。


画像2、3
イラディアンス・キャッシングを用いたレンダリング結果。画像2で示される点でのみMCRTをおこない、その結果を補間して画像3の画像を作成した。MCRTのサンプリング数は同じでも、全体をMCRTでレンダリングした場合よりもノイズは減っている。



 自由度の高いリアリズムを効率的につくりだすための手法として、今年のスケッチに頻繁に登場したのが「キャッシュ(cache)」という言葉だった。ここでいうところのキャッシュとは、限られた位置や条件で算出した結果を記録しておき、これらの記録された情報をうまく結びつけて、任意の位置や条件のもとでの計算結果を導き出すことを意味している。
 CGの分野で、キャッシュという言葉を技法の名称に最初に導入したのは、イラディアンス・キャッシングという手法だった。イラディアンス・キャッシングは、モンテカルロ・レイトレーシング(MCRT)の効率化を目的に考案された。MCRTの計算工程で最も計算負荷が重いのは、ディフューズ反射を繰り返した光(間接的ディフューズ)の計算だが、間接的ディフューズは位置の変化による光の強さの変化がなだらかだという利点も持っている。そこで、あらかじめ限られたサンプル点でのみ、間接的ディフューズの計算をおこなっておき、その計算結果を補間することによって、任意の点における間接的ディフューズを近似しようというのが、この方法の基本的な考え方だ。

●ピクサーが映画でキャッシュを活用
画像4
映画「レミーの美味しいレストラン」
(c)WALT DISNEY PICTURES/PIXAR ANIMATION STUDIOS.  ALL RIGHTS RESERVED. 大ヒット上映中!
 キャラクターの豊かの表情は、本文中のキーポイントとキャッシュを用いた技法を使って作りだされた。奥のキッチンのレンダリングには、イラディアンス・キャッシングを導入したグローバルイルミネーションが用いられている。



 手法が考案された80年代後半にはあまり高く評価されることがなかったものの、年月を経るにしたがってその評価は高まり、2000年に入ると映画プロジェクトなどでも活用されるようになる。そのような背景もあってか、考案から20年近くを経て、今年のSIGGRAPHでは晴れてコースのテーマに選ばれた。
 「レミーの美味しいレストラン」のスケッチでも、イラディアンス・キャッシングの考え方を導入して、キッチンや食物のレンダリングをおこなう方法が紹介された。ただし、イラディアンス・キャッシングの補間方法では、あくまで物体表面がディフューズ表面であることが前提となっている。つまり、物体表面がピカピカしているような場合には、この補間方法は適用できない。したがって、コースにおいてもスケッチにおいても、「どのような反射特性をもった物体表面にも適用できる補間方法」を考え出すことが、将来的な課題とされていた。
 キャッシュの考え方はアニメーションにも取り入れられている。今回のSIGGRAPHでピクサー社が発表した論文の手法もその一つだ。この方法は、直接的には顔のアニメーションを高い自由度で効率的に作り出すことを目的としている。
 手順としては、まず顔の表面に多数のサンプル点をとる。そして、特定の数の特徴ある顔の表情をさせたときに、これらのサンプル点の位置がどう変化するかを算出し、その結果を、顔の表情を横方向にサンプル点の位置を縦方向にとった行列に格納する。
 次に、この行列を解析することによって(具体的にはPCA=主成分分析という手法を用いる)、表情の変化の特徴をもっともよく表わすサンプル点をキーポイントとして選び出す。
 フルフレームのアニメーションは、これらのキーポイントに対してだけ作成し、各フレームの顔の任意の点の位置は、そのフレームのキーポイントの位置を線形補間することによって算出する。PCAを用いてキーポイントを選択した場合には、キーポイントの動きを線形補間した結果の物理的な整合性が保障されている。
 このため、シミュレーションであれ手付けであれ、キーポイントさえ確実なアニメーションを作成しておけば、それらに重みを付けて足し合わせるだけで、いずれの点においてもビジュアル的に整合性のとれたアニメーションが自動的に算出される。これがこの手法の利点となっている。
 もっとも、PCAを用いたキーポイントの選択やキーポイントのアニメーションの線形補間という考え方は、2003年に変形シミュレーションの手法としてすでに発表されている。したがって、今回の手法のアプローチが斬新であるとは言い難いのだが、2003年のものと比較してより汎用性の高いシンプルな手法となっていることも確かだ。また、「レミーの美味しいレストラン」でも、この手法を用いてキャラクターの顔の表情がつくりだされているそうで、実際の映画プロジェクトで実用化されということの意味も大きいといえるだろう。

●理論・実装の両面で変化しつつあるCG
 昨年・一昨年と同様に、SIGGRAPH2007でも、CGの歴史を大きく変えるような画期的な新技術が登場するということはなかったといえる。だが、理論とその実装という両面において、CG技術が目指すものが確実に変化しつつあるということ、そしてこの両面が、足並みを揃えて同じ方向に向かって進化しつつあるという手ごたえが感じられたことも確かだった。
 今回のSIGGRAPHが、CGの歴史における一つのターニングポイントだったと認識する日も、そう遠くはないのかもしれない。(第一回終わり)

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