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2014/10/20更新

「先輩からのメッセージ」のコーナーでは、デジタルコンテンツ制作の第一線で活躍する方々に、ご自身の学生時代から現在にいたるまでの道のりや、業界を目指す若手へのメッセージを伺っています。今回ご登場するのは、フリーランスのデジタルマットペインターで、映画を始め、TVシリーズ、CM、ドラマなど、数多くの映像制作に携わってきた東城直枝(とうじょう なおえ)さんです。マットペイントは、画面内の一部にペイントされた絵を配置することで背景を表現する方法です。高校1年生のときに見た映画がきっかけで「デジタルマットペインターになる!」と決意した東城さんに、その夢を達成するまでの道のりを語っていただきました。


「続きを見たい」という思いが「続きをつくりたい」という思いに変化

ー 東城さんのデジタルマットペインターとしての初仕事は、1997年にまでさかのぼるそうですね。映像制作がアナログからデジタルに移行する過渡期だったのではないでしょうか?

デジタルマットペインターは国内に10人いるかいないか……という時代でした。この職種で雇用してくれる会社はなかったので、全員がフリーランスでしたね。「女性なのに、よくこの仕事に興味をもちましたね」と珍しがられるのは日常茶飯事でしたが、最近は女性のマットペインターも増えていると、同業者たちから聞いています。

ー マットペインターという仕事が周知されていなかった時代に、なぜ、それを志したのでしょう?

高校1年生のときに映画館で見た『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』(1980)のインパクトが非常に大きくて、「早くこの続きを見たい!」と強烈に思ったのがきっかけでした。これは3部作の2作目なのですが、当時の私は前作を知らず、何の予備知識もない状態で見たのです。劇中では問題ばかりが起こって、何も解決しないまま“3作目に続く”という形で締めくくられました。その直後から、毎晩夢のなかで続きの物語が展開され、私自身もその中の登場人物になっていたのです(苦笑)。そんな夜が1〜2週間続き、落ち着いた頃には「続きを見たい」という思いが「続きをつくりたい」という思いに変わっていました。近くの大きな本屋で『The Art of Star Wars』という洋書を買い、その中で紹介されていた制作に携わった人たちの仕事を片っ端からチェックしていったのです。花形職種だった当時のSFX(Special Effects)は、電子工学の知識が必須だったので却下。他にもストップ・モーション・アニメーション、オプチカル・カメラマンなどが紹介されていました。そんな中で「これならできる!」と直感的に思ったのがマットペイントだったのです。『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』では、背景の各所でマットペイントが使われていました。「きっとロケをしたに違いない」と思った背景が実はガラスに描かれた1枚の絵だったと知って、「やられた!これを仕事にしよう!」と決めたのです。

ー でも先ほどの話ですと、当時の日本にはマットペインターを雇用してくれる会社はなかったわけですよね?

インターネットが普及する以前の時代、高校生が得られる情報は限られていました。それでも絵を仕事にすることだけは決めていたので、取りあえず美術大学に進学し、イラストレーションを専攻したのです。当時、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』のポスターを手がけたのは日本人イラストレーターの生頼範義さんでした。紙1枚に描かれた絵で、2時間分の物語を伝えきる生頼さんの仕事に感銘を受けたことも、専攻を決める際の要因になりましたね。大学卒業後は地方の広告代理店に就職し、交通広告、新聞広告、TVのCM、FM番組の構成、いろいろな企画出し、イベントの実施、シナリオ執筆、コピーライティングなど、ありとあらゆる仕事に携わりました。低予算のなかで、制作工程全体に気を配りながら、広告に関連する仕事を一通り経験しましたね。その後は放送局に転職しましたが、その間もずっと、マットペイントの仕事に就くための情報を集めていたのです。

ー その時代の経験で、今に活かされていることはありますか?

“制作工程全体に気を配る”という意識は、マットペイントの仕事においても必要です。そういう意味では、無駄ではなかったと思いますね。マットペイントの仕事は単体だと成立しません。最近のマットペイントは3DCGモデルに投影(カメラプロジェクション)される場合が多いので、3DCGアーティストたちとの連携が必須です。モデリング、テクスチャ、シェーディング、ライティング、コンポジットの各工程を経て、最後はどんな風に表現されるのか、監督はどんな最終形を求めているのか、それらを考えながらつくらなければいけません。「言われたことだけやっていれば良い」「この部分の絵を描けば良い」という意識では不十分なので、何のために描いていて、どう使われるのか、つねに考えながら作業をするようにしています。

ー “考えながら”ということは、つまり、足りない情報があれば自分の方から集めにいく、聞きにいく、という姿勢が必要だということでしょうか?

そうです。担当している絵が必要とされる理由をマットペインター自身が理解していない場合には、多くの無駄が発生します。とくに日本の映像制作の仕事は時間に余裕のない場合が多いので、なるべく最短で必要なものをつくれるよう心がけた方が良いですね。そもそもマットペイントは効率化を志向する中で生まれた技法なので、その中で無駄が発生しては元も子もありません。

 

人との出会いを大事にして、マットペイントの仕事へとつなげていった

ー 先ほど「広告代理店や放送局で働きながら、マットペイントの仕事に就くための情報を集めていた」とおっしゃいましたね。具体的には何をなさったのでしょう?

近くにいる方々に片っ端から自分のやりたいことを伝えて、関係していそうな方を紹介してもらいました。ただし、当時はマットペインターといっても理解してもらえなかったので、「映画をつくりたい」「映画関係者に知り合いはいないですか」という聞き方をしていましたね。そんなことを続けていたら、とある映像プロダクションの方から、当時すでにアメリカのILMでマットアーティストとして活躍していた上杉裕世さんの連絡先を教えてもらえたのです。「最先端のマットペイントの現状を直接聞きたい!」という思いで、いきなり連絡を取り、会っていただく約束を取り付けて渡米しました。その直前に、務めていた会社は辞めましたね。ILMは『スター・ウォーズ』シリーズの産みの親であるジョージ・ルーカス氏が、自分の映画をつくるために設立したスタジオです。このスタジオに上杉さんが入ったことを最初にTVで知ったときは、もの凄く焦りました。「先に行く日本人がついに出てきた!」ってね。でも実際にお会いしたら、とてつもない才能の塊で、「この方がいらして良かった」「この方と出会えて良かった」と強く思いました。それ以来、上杉さんとは定期的に情報交換をさせてもらっています。

ー 会社を辞めて渡米とは……、思い切った決断ですね。ちなみに、当時、おいくつくらいでしたか?

30歳くらいです。当時の私には「自分は絶対にマットペインターになれる」という根拠のない自信があったのです(苦笑)。ILMで上杉さんからいろいろな話を聞かせていただき、帰国した後、また幸運な出会いがありました。とある映像制作会社が開催した忘年会で、株式会社スペシャルエフエックス スタジオの古賀信明さんにお会いしたのです。当時の古賀さんのスタジオは、まだ法人化しておらず、フリーランスが寄り集まって仕事をしていました。そこでマットペイントに必要な3DCGソフトウェアの使い方を教えていただき、本格的に仕事をスタートさせたのです。

ー 人との縁を手繰り寄せ、夢の第一歩を踏み出されたわけですね。非常に情熱的な“就活”だと思います。

古賀さんとお会いした忘年会には、現在、第一線で活躍されている映像関係者が数多く集まっていましたね。当時はインターネットのような便利な道具はなかったので、人との出会いを大事にして、マットペイントの仕事へとつなげていった感じです。ただ、今の時代であっても、直接お会いして話をしたほうがいろいろな展開へとつながりやすいとは思います。

ー マットペインターとしての活動を始めて以来、本当に数多くの映像作品に携わって来られたわけですが、とくに印象に残っている仕事はありますか?

TVシリーズ『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』シーズン4〜6(2011〜2014年)は、思い出深い作品ですね。これは『スター・ウォーズ』シリーズのサイドストーリーで、ジョージ・ルーカス氏が原案・製作総指揮を担っています。先にもお話したように、私は高校1年生のときに『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』を見て、「この話の続きをつくりたい」「これをつくったジョージ・ルーカス氏と一緒に仕事がしたい」と思ったのです。今考えると、おこがましい話ですけれどね(苦笑)。でも『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』のマットペイントを担当したことで、夢をかなえることができました。大人になっていろいろと見切りをつけていくことも大事かもしれませんが、私の場合は思い続けたことで、ちょっとだけ良いことがありました。

ー 素敵なお話だと思います。『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』は、国内だと、株式会社ポリゴン・ピクチュアズが手がけた3DCGアニメーションですよね。その中でも、マットペイントの出番があったのでしょうか?

3DCGアニメーションといっても、作中のすべてを3DCGでつくるわけではありません。遠くの森、建築物、空、惑星など、要素が多くて複雑だったり、レンダリングに時間のかかる背景は、マットペイントを使う場合が多いです。とくに複雑なのに登場回数の少ない背景を、いちいち3DCGでつくってしまうと費用対効果が低いですからね。『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』は、リアルな実写映画とは一味違う独特の世界観だったので、マットペイント作成時には写真素材を使わず、すべてブラシで表現するというルールがありました。一方で、色の選択などは任せてもらえる場合が多く、非常に楽しい仕事でした。

ー 本作のマットペイントは非常に緻密なお仕事ですが、1枚当たり、どのくらいの時間がかかりましたか?

イメージがつかめなくて、2週間くらいかかる場合もありました。そういうときは、だいたいのラフを描き、スーパーバイザーやクライアントの意見を聞きながら進めていましたね。迷いがないときは、3日くらいで最後まで描き上げて、「これでどうですか?」と見せることもありました。アニメーションの仕事であれ、実写の仕事であれ、マットペイントは物語を構成する一要素なので、科学的に正しい絵を描けば良いわけではありません。たとえ科学的には嘘だったとしても、自然に見えることの方が重要なのです。だから、前後のストーリーや、そのシーンに登場するキャラクターの気持ちも考慮しながら、色味やトーンを決めるようにしています。

 

学生のうちに、自分の目で見て、自分の手で触れるものづくりを経験してほしい

ー マットペイントの仕事をしていくなかで、東城さんが大切にしていることを教えていただけますか?

仕事をしていると、いろいろな問題が起こったり、思いがけず状況が変化したりします。そんな中でも、1度引き受けて取り組むと決めたら、自分が後悔しないよう、そのときに出せる最大限の力を発揮したいと思っています。とくに映画の場合、1度納品された作品は後々まで残りますからね。そうやって取り組んだ作品を見たお客さんが、かつての私のよう作品世界にのめり込んでくれたなら、それが一番嬉しいです。ネタばらしをする必要はまったくないですが、「あれは絵だったの?!」と思ってもらえたら、合成だと気づかずに楽しんでもらえたら、「やった〜!」って感じますよね。

ー では、この仕事をしていて、大変だなと感じることは何でしょうか?

先ほど、マットペイントは「効率化を志向する中で生まれた技法」だと言いましたが、どんな事態も効率的に解決できる魔法の道具ではありません。でも「絵だし、CGだし、簡単にできるよね」と思われることが多いのです。仕事への理解が低いために、必要な予算や時間を確保してもらえない。ここ数年は、そういう事態に拍車がかかっていると感じます。その一方で、期待されるレベルは年々上がっているので悩ましいですね。この問題はマットペイントだけでなく、VFX(Visual Effects)全体にも言えることです。現在の映像制作において、マットペイントは必須の工程になっていますから、そのための予算もきちんと確保して、上手に、効果的に使っていただけると嬉しいなと思います。

ー 最後に、今後の展望と、読者である学生へのメッセージをお願いします。

私自身はこれまでフリーランスとして活動してきましたが、今後は同業者と協力して、マットペインターどうしの横のつながりを強められるよう、試行錯誤をしていきたいと思っています。1人で仕事をすることの利点もありますが、いろいろな人から多様な意見を聞きながら、相談しながらやる方が私は好きなのです。そうすることで、自分だけでは思いつかなかった世界を表現できるからです。それからマットペイント以外の技術も身に付けて、1人でショットの面倒が見られるジェネラリストに近いスキルを、多少でも身に付けられれば良いなとも思っています。海外も含めて、最近は複数のスキルをもっている人が重宝される傾向が強くなっているのです。フリーランスをやっていると、高価な機材を調達したり、新しい技術を習得する時間の確保が難しいのですが、同じような課題を抱えた仲間と連携して1つずつ解決していきたいですね。

今現在は学生で、将来はCG を仕事にしたいと思っている方は、自由な時間のあるうちに、自分の手でものをつくる経験をしておいた方が良いと思います。パソコンでいろいろなソフトウェアに触れることも大切ですが、マットペインターを目指すなら、筆や鉛筆で絵を描いてほしい。モデラーを目指すなら、粘土などを使って立体造形に挑戦してほしいです。仮想空間でものをつくるだけでなく、自分の目で見て、自分の手で触れるものづくりを経験した方が、ものづくりに必要な感覚が身につきやすいと思います。最近のソフトウェアは便利にできているので、なんとなく操作するだけで綺麗な絵ができてしまいます。だからこそ、アナログな手段で、自分の身体で確認しながら表現してみることで得られる発見が必ずあると思います。

「これをやりたい」「これが好き」という気持ちが根底にある人は、苦しいなんて感じずに、新しいことに挑戦していけます。そういう気持ちを携えた若い力が、どんどんVFXの世界に入り、伸びていってくれると良いなと期待しています。

 

東城直枝さん

デジタルマットペインター

フリーランスのデジタルマットペインター。広告代理店・放送局勤務を経て、映画を中心にマットペインターとしてCM、TVドラマ、ゲームなどの映像制作に携わっている。代表作は、映画『at Home』(2015年)、『魔女の宅急便』(2014年)、『利休に尋ねよ』(2013年)、『彼岸島』(2010年)、『20世紀少年』(2009年)、『やじ きた道中てれ すこ』(2007年)、『眉山』(2007年)、『犬神家の一族』(2006年)、『HINOKIO』(2005年)、『血と骨』(2004年)、『座頭市』(2003年)、『壬生義士伝』(2003年)、『ターン』(2001年)、TVシリーズ『スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ』シーズン4〜6(2011〜2014年)など。

 

尾形美幸

フリーランスのライター&編集者。CG分野の書籍制作、雑誌&Webサイト記事執筆などを生業とする。東京芸術大学大学院修了、博士(美術)。NPO法人IGDA日本 理事/Student-TF世話人。著書に『CG&ゲームを仕事にする。』(2013)、『ポートフォリオ見本帳』(2011/ともにエムディエヌコーポレーション)、寄稿に『ゲームクリエイターが知るべき97のこと 2』(2013/オライリー・ジャパン)がある。屋号は 「EduCat(エドゥキャット)」。なかなか軸足の定まらない野良猫ではあるものの、なるべくEducateに関わる方々を応援したいという願いを込めている。