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2013/1/17更新

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本連載ではクリエイティブ業界で活躍する方々に、ご自身の学生時代から現在にいたるまでの経験や、業界を目指す若手へのメッセージを語っていただきます。今回は株式会社サンジゲンの設立時からのメンバーで、アニメーションディレクターの鈴木大介さんにご登場いただきます。すべてのキャラクターをセルルックの3DCGで描くという革新的な表現に挑戦した映画『009 RE:CYBORG』(2012)において、鈴木さんはメインキャラクターのモデリングやアニメーションディレクターを務めました。そんな鈴木さんが語る、学生時代の思い出や、これまでに勉強してきたこと、アニメCGを制作してみたい方へのメッセージをたっぷりとご紹介します。


ソフトウェアの使い方を理解するだけで、映像表現ができるわけではない

ー サンジゲンの仕事が周知されるのに従って、サンジゲン流のCGを実際に制作しているスタッフの方々に注目が集まる機会も増えてきたと感じています。鈴木さんは、サンジゲンにとって2012年最大の挑戦作だった『009 RE:CYBORG』でアニメーションディレクターを務めるなど、長年にわたりスタッフを牽引なさってきました。今日はCG 業界、アニメ業界を目指す学生や、その指導者の方々に向けて、鈴木さんが経験してきたことを語っていただければと期待しています。

よろしくお願いします…とはいえ、ここ数ヶ月の『009 RE:CYBORG』の印象が強すぎて、それ以前の仕事は遠い昔の思い出のように感じています(笑)。

ー 『009 RE:CYBORG』が一筋縄ではいかないプロジェクトだったことは、映画を見ただけの私にも想像できました。たとえば3DCGキャラクターのフランソワーズ(003)をあそこまで色っぽく表現するためには、並々ならぬ努力があったのではないでしょうか?

おっしゃる通り、神山健治監督も含め僕たちが一番力を注いだのが、フランソワーズの色気をどこまで表現できるかということでした。色気以外にも、キャラクター表現では喜怒哀楽さまざまな感情芝居が求められます。ですが、とりわけ人間の本能に訴えかける要素である色気が表現できれば、ほかも何とかなるだろう、それ以上難しい表現はないだろうと思っていました。神山監督から最初にお話をいただいたとき、まだ僕たちの参加が正式に決まっていない段階から、「ジョー(009)とフランソワーズのキスシーンを表現できますか?」と相談されていたんですよ。キスをキスらしく、しっかりと観せることに挑戦したいという思いを、神山監督は企画の初期段階から持たれていたようですね。

神山監督や鈴木さんたちスタッフがとくに力を注いだシーンの1つが、ジョー(009)とフランソワーズ(003)のキスシーンだった。左はアニマティクス(大まかな動きを確認する工程)、右はストラクチャ(キャラクターや背景などの素材を組み合わせる工程)の画像だ。

ー 過去のインタビューで、鈴木さんは以前から神山監督のファンだったと語っていましたね。加えて、石ノ森章太郎さんの原作マンガ『サイボーグ009』(1964〜未完)のファンでもあったと。

そうなんです。さらに音楽を担当された川井憲次さんのファンでもあったので、好きなものがトリプルでやって来たわけです。ぜひ一緒に仕事をしたい、やるしかないと思いました。『009 RE:CYBORG』の制作が一番大変だったときも、好きだという気持ちが支えになってくれました。『サイボーグ009』は小学生の頃の僕が本屋で発見して最初に買ったマンガであり、模写したマンガでもありました。30年以上のときを経て、その作品の映画化に挑戦することになったんです。最高のモチベーションで向き合うことができましたね。

ー 非常に運命的な巡り合わせですね。長年好きだった対象を裏切るわけにはいかないという情熱が、制作の佳境で心を支えてくれることになったと。『サイボーグ009』以外で、子供の頃に強い影響を受けた作品はありますか?

『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977/日本公開は1978)、『未知との遭遇』(1977/日本公開は1978)、『スーパーマン』(1978/日本公開は1979)の3本は、とくに大きなインパクトを受けた映画ですね。当時は茨城県の土浦に住んでいて、家から徒歩5分くらいの距離に映画館があったんです。父親に連れられて、しょっちゅう足を運んでいましたね。テレビアニメだと『機動戦士ガンダム』(1979〜1980)が好きでした。映画もアニメもマンガも大好きな子供で、よくイラストを描いていました。小学校ではマンガクラブに入って、コマを割ったマンガを描いたこともありました。でも一番強烈に印象に残っているのは、中学時代に作ったSF映画です。8ミリカメラを人に借りて、友人を集めて役者をやってもらい、文化祭で上映しました。僕は上映するのに必死で周囲に気を配る心の余裕は一切なかったんですが、いつの間にかすごい数のお客さんが入っていて、上映直後には拍手がわき起こったんですよ。

鈴木さんが中学2年生のときに制作した6分間のSF作品『GULandDEL』

ー それはすごい。はじめて作った映画で、お客さんに満足してもらえたわけですね。

そうなんです。もうたまらない快感を味わっちゃって、映画を作る人になろうと心に決めました。だから当時の僕にとって一番思い入れが強かったのは、アニメではなく映画なんですよ。とくに『スター・ウォーズ』のような特撮映画がものすごく好きで、SFの本も沢山読んでいました。はじめて1人で映画館へ観に行った映画は『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』(1980)でした。良い感じの特撮オタク少年に育っていましたね。

ー その流れで、ブレることなく日本映画学校(2011年に日本映画大学へと改編された)に進学したわけですね。

日本大学の芸術学部や大阪芸術大学も受験したんですけど、勉強ができなくて、ことごとく落ちてしまいました(苦笑)。日本映画学校の創設者は映画監督の今村昌平さんで、当時は3年制でしたね。映画作りをしっかりと勉強できそうだなと思って入学を決めました。ただ、特撮映画を作りたくて入学したものの、学校では特撮を学ぶ機会はほとんどなかったんですよ。そうこうするうちに、特撮だけに執着するのは勿体ない、もっと人間ドラマの作り方を勉強したいと思うようになって、最終的にはドキュメンタリーのゼミに入りました。何本か映画を作りながら、脚本を書いたり、絵コンテをきったり、演出方法を教わったりしましたね。今の仕事で絵コンテをきるときにも、当時習ったことを思い出しながらやっています。僕を指導してくださった先生は現場たたき上げの方で、イマジナリーラインのような基礎的なことから、登場人物の感情の流れを表現するカットの割り方まで、幅広く教えてもらいました。それから当時の僕は伊丹十三監督の映画がすごく好きで、演出テクニックを紹介した伊丹監督の著書を熟読していましたね。

ー CGとは全く無縁の学生生活だったんですね。でも今現在のCG制作の現場では、映像演出まで理解しているアーティストが少ないと嘆く声を頻繁に耳にします。CGを勉強する前に映像演出を勉強したことは、後々の人生で、すごい武器になったのではないでしょうか。

その通りだと思います。サンジゲンのようなアニメCGを作る集団であっても、映像演出のテクニックはすごく重要です。もしも僕がCGを教えるなら、まずは全員にデジタルカメラを持たせて、街に繰り出して撮影してきなよって言うでしょうね(笑)。カメラの使い方、レンズの使い方、ライトの当て方、そういったことをマスターしないと、ソフトウェアの使い方をどれだけ知っていても映像表現はできないと思います。

ー 頑張って表現したつもりでも、映像演出の約束事を理解していないと、何となく収まりの悪い画になりがちだと聞きますね。そして違和感の原因を探ろうにも、約束事を知らないと分析しきれない。

そう。だから日々、会社でそれを若いアーティストたちに教えるしかないのが現状です(苦笑)。演出まで突っ込んで語れる人は現場でも少数なんですよ。CGの作り方も大事なんですが、学校にいる間に、映像の作り方も勉強しておいてほしいなと思います。

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鈴木大介さん

株式会社サンジゲン
取締役/アニメーションディレクター


日本映画学校卒業後、音響・音楽担当として複数の映画制作に参加。その後CGデザイナーに転身し、ゲームのムービー制作やCGキャラクターを使った雑誌連載に従事。『ヴァンドレッド』(2000〜2002)、『ガラクタ通りのステイン』(2002〜2003)などの制作を経て、2003年よりフリーランス集団「三次元」として活動。2006年に松浦裕暁氏らと共に株式会社サンジゲンを設立。『009 RE:CYBORG』(2012)では、メインキャラクターのモデリングやアニメーションディレクターを務めている。

 

尾形美幸

フリーランスのエディター&ライター。EduCat(エデュキャット)の屋号のもと「教育」を軸足に、Webサイトや雑誌での記事執筆、教材制作などを生業とする。東京芸術大学大学院修了、博士(美術)。CG-ARTSにて、教材やWebサイトの企画制作を担当した後、2011年4月に独立。著書に『ポートフォリオ見本帳』(MdN/2011)、共著書に『CGクリエーターのための人体解剖学』(ボーンデジタル/2002)がある。