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Vol.4 SIGGRAPH2005特集 コンピュータアニメーションの研究発表の場 SCA05

米国のCGの学会であるACM SIGGRAPHと、欧州のCGの学会であるEUROGRAPHが共同で開催するSCA(Symposium on Computer Animation)は、コンピュータアニメーションに関する研究成果の発表の場として、2002年から毎年開催されてきた。SIGGRAPH、あるいはEUROGRAPHの年次大会と併催する形で開催されており(2002年サンアントニオ、2003年サンディエゴ、2004年グルノーブル)、今年はSIGGRAPHの併催行事として7月29日〜31日までの3日間、ロサンゼルスのSIGGRAPH会場近くにあるシェラトンホテルで開催した。今年、論文選定委員会の委員長(Program Chair)を務めたのは、OLMデジタルのテクニカル・ディレクターである安生健一氏であった。SCAの現場での取材と、出発前に安生健一氏から伺ったSCAの傾向についてのお話を交えて、今回のSCAの概要をご紹介する。


SCAについて

SCAは、SIGGRAPH、EUROGRAPHでこれまで論文発表を行ってきた研究者らによって運営されており、領域が拡大しつつあるCGの中でも特にコンピュータアニメーションに焦点を絞ったシンポジウムとして注目されている。この4年間の論文投稿の数を見ても、1回目(2002年)に53件(うち22件が採録、括弧内以下同)、2回目(2003年)に約100件(ロングペーパー22件、ショートペーパー15件)、そして3回目(2004年)が120件(37件)と増加傾向にある。今年は100件(35件)となり、数の上では増加傾向が一段落している。

査読は、1件の論文に対してこれまで3人が担当していたが、今年は4人に増やされている。ちなみに、SIGGRAPHでは論文1件あたり5人のレビュアーが担当するという。すべての投稿論文の査読には、90人以上のメンバーからなるプログラム委員会、さらには外部の研究者が厳正な審査を行う。査読者はいずれも、SIGGRAPH、EUROGRAPHで査独の経験を持つ気鋭の研究者ばかり。ちなみに、Paper Chairの安生健一氏は、査読者の評価を基にした最終決定とプロシーディングスとDVDの編集責任を負った。

安生氏によれば、欧州、アジア、北米地域からまんべんなく投稿があり、プログラムとしても非常にバランスのよい内容となったという。現在のSCAステアリング・コミッティは14名からなり、カナダを含めた北米から8名のほか、欧州から3名(フランス、アイルランド、スイス)、アジアから3名(日本、韓国、中国から各1名)という構成になっている。

さらに、SCAで採用された論文の中から優れた論文については、さらに改訂を施した上でAcademic Pressから発行される論文誌Graphical Modelsに掲載される。昨年も5〜6編が掲載されている。このようにSCAは、シンポジウムと呼びながら、CGの学術的な研究論文の発表の場として、非常に高いステイタスを保ち続けている。


SCA05の傾向

さて、今年のSCA05は、3日間にわたり、全部で12のテーマで35の論文が発表された。前述のとおり、100に及ぶ応募論文のうちから選ばれたものである。

セッションのテーマは次の12であった。
 SESSION 1: Artificial Intelligence for Animation
 SESSION 2: Motion Capture and Editing
 SESSION 3: Natural Phenomena
 SESSION 4: Interfaces and Interactive Techniques for Animation
 SESSION 5: Faces and Hair
 SESSION 6: Performance Animation and Motion Quality
 SESSION 7: Deformable Models
 SESSION 8: Non-Photorealistic Animation and Compression
 SESSION 9: Fluids-A
 SESSION 10: Fluids-B
 SESSION 11: Motion Planning and Crowds
 SESSION 12: Rigging and Hands

全応募論文の傾向として安生氏は、「物理的法則を利用することにより、リアルな動きを実現する試みが多く、ジャンルとしてもシミュレーション、流体、自然現象に多くの論文が集まった」という。

モーションキャプチャーデータを応用した新しい傾向の研究がいくつか発表された点も今回の特徴だろう。モーションキャプチャの研究の新しい傾向の一つに、コンピュータビジョンのアルゴリズムを用いることで、既存のモーションキャプチャ専用機材では取り込むことが困難、あるいは時間やコストがかかる昆虫のような小さい生物のモーションデータを抽出する方法を発表した"Capture and Synthesis of Insect Motion"は、今回のSCAの表紙を飾った論文の一つとなっており、会場でも多くの質問が出るなど注目を浴びた。既存のモーションキャプチャで取得できない典型例として、アリやクモなどの小型の昆虫の動きを撮影した映像からモーションデータを抽出する手法を披露している。より低コストで、しかも専門的知識を必要としない半自動的なシステムを目指した。また、モーションキャプチャーデータがアーカイブ化されていることを前提に、それらのデータを有効に活用するための手法を取り上げた論文もいくつか発表された。


産業と研究の距離

物理法則を利用したCGアニメーション表現の研究の場合、アニメーションにリアリティを持たせるために、演出的な手法をミックスする手法についての研究が発表されていた。こうした発表の背景には、映画やテレビ番組、CMからゲームといった娯楽産業において、よりCGアニメーションの用途が広がりつつあるという点が挙げられる。さらに、米国においては、ILMやPDIなどCGの大手プロダクションが、映画作品の表現力を向上させるために、CG研究者を招いた共同プロジェクトによって新たなツールを開発するといった試みが増えてきている。学術研究分野における先端研究と映像産業との距離が短くなっており、今後とも現場のニーズを研究開発の動機として掲げる事例は増えていくものと思われる。

そうした流れの中で、クリエイターによる演出的な表現を組み込むことで、意図に沿った表現を実現することを検討する研究もいくつか発表された。多くの研究発表に見られた傾向として、映画やゲームなど、具体的なメディアへの表現を意図したものが多かった。つまり、よりリアルにという方向性よりも、現状での理想的な表現に近づけるために、より低コストでより高精細なCGアニメーションの表現をどのように実現するか、というテーマが共通して根底にあったような感じさえ受けた。


空間的キーフレーム法を発表した東大 五十嵐健夫氏

日本からは、東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻助教授の五十嵐健夫氏ら(共著)による"Spatial Keyframing For Performance-driven animation"、慶応大学の修士生 近藤亮氏らによる"Directable Animation of Elastic Objects"が選出された。いずれも、SESSION 4: Interfaces and Interactive Techniques for Animationの論文である。

前述のように、五十嵐健夫氏、ブラウン大学コンピュータサイエンス学科のTomer Moscovich氏、同じくブラウン大学コンピュータサイエンス学科のAssociate Professor of Computer ScienceであるJohn. F. Hughes氏の3人は、「Spatial Keyframing for Performance-driven Animation」と題して、3D空間のキーフレームの手法についての論文を発表した。これは、2002年に「空間的キーフレーム法によるキャラクターアニメーション」として日本ソフトウェア科学会(WISS2002)で発表した論文がベースとなっている。

キーフレームアニメーションにおいて、より高度な表現をするための手法についての論文だ。キーフレームでなめらかな動きを表現しようとすると、どうしても動きを規定するためのキーフレームをたくさん設定しなければならず、作業量が増大する。より少ない作業量でなめらかな動きを作り出すための手法として、単純なキーフレームの設定と、簡単な入力デバイスによる動きの入力を組み合わせた手法を紹介している。キーフレーム間の動きを、「録画状態」でマウスを動かすことによって設定することで、よりなめらかで、演出の効いた動きをごく簡単な作業で作り出すことができる。通常のキーフレームアニメーションと比べ、キーフレームごとに複数の関節角を調整できるので、簡単な操作で複雑動きの移動をリアルタイムに表現できる。

さらにインバースキネマティックスと組み合わせることにより、関節の位置がねじれるなどの現象がなく、関節のあるオブジェクトにおいても直感的なアニメーション設定が可能になっている。


物理シミュレーションにキーフレームを付加 金井崇氏らが発表

物理シミュレーション手法をもとに作ったアルマジロのアニメーション
上記のアニメーションに、本手法を適用した例。キーフレームと軌道の変更を与えても、途中の動きはリアルに表現できる。

近藤亮氏、金井崇氏、安生健一氏は「Directable Animation of Elastic Objects」(制御可能な弾性体アニメーション)と題し、物理シミュレーションに基づいたアニメーションに、キーフレームの手法を取り入れる方法についての論文を発表した。従来の方法では、物理シミュレーションを用いた手法のみでユーザの意図する動きを作り出すためには、複雑な初期パラメータの調整が必要となり、クリエイターが直感的制作する映像制作の現場にはなじまなかった。本論文では、ユーザが形状を制御することのできる弾性体を、キーフレームによって制御することで、物理法則にもとづいた物体の変形を制御することができるというものだ。

有限要素法に基づく形状補間の手法を新しく開発しており、これにより自由度の高い自然なアニメーションを生成することが可能となっている。デモでは、日本のプロダクションが実際に制作したアニメーションを用いて、キーフレームによる補完を行うことで、その動きがいかに演出的な効果を上げるかを示していた。


虫のモーションキャプチャ

このほか、今回採用された論文の中で、論文査読の段階から注目されてきた論文がいくつかある。

SESSION 2のMotion Capture and Editingで発表された「Capture and Synthesis of Insect Motion」では、虫のモーションキャプチャが紹介された。これは、Bristol大学のComputer Vision GroupのDavid Gibson氏、David Oziem氏、Colin Dalton氏、Neill Campbell氏らによるもの。


アリのモーションキャプチャデータから
生成したCGアニメーション

この研究の大きなねらいは「テレビ制作、ゲームなどの産業における高精度なコンピュータ生成のモデル利用の需要の高まり」に応え、より低コストでアニメーションの制作を実現しようというものだ。通常のモーションキャプチャによる動物や昆虫の動きの取り込みは、非常に時間とコストがかかる。多くの場合、熟練したアニメーターが、目で見た動きをキーフレームアニメーションで施すという手段が採られる。勢い、アニメーションはスムーズではあるが、実際の動きよりもリアリティのないものになるわけで、コストと品質のトレードオフが現状となっている。また、最近ではこれまでに作成したモーションキャプチャーデータを再利用するという動きも出てきているが、データのほとんどは人間の動きデータであり、四足歩行の動物やあるいは昆虫などのような多足動物の動きに当てはめるには無理がある。

今回の研究では、大きさと動きのスピードという点でモーションキャプチャ技術を利用しにくい小型の昆虫を対象にして実験を行っている。ビデオ、あるいはフィルムによる撮影データをもとに歩行パターンを抽出し、さらにそのデータを群衆などに拡張するといった一連の作業を半自動的に行う方法を発表している。

大きさ10センチ程度のクモと1センチ程度のアリを撮影。クモの場合は、動きが遅いこともあり、25fpsのカメラを用いることができたという。アリの場合は、150fpsのハイスピードフィルムカメラを使用している。それぞれ一度に3台のカメラを用いて複数匹を撮影している。これによって、短い時間で、複数の動きパターンを取りこめるようにしている。この映像から、モーションシンセシス(Motion Synthesys)の技術を用いた独自のアルゴリズムによって、動きのパターンを抽出している。

動きパターンの構造化において、単純な低レベルの動きから高レベルの動きの構造を組み立て、AR(autoregressive、自己回帰性)プロセスを生成するセグメントと、ワープするセグメントの両方を作り出している。


液状のオブジェクトのコントロール

SESSION 9: Fluids-Aの「Taming Liquids for Rapidly Changing Targets」では、イリノイ大学Urbana-Champaign校のLin Shi氏Yizhou Yu氏が、液状のオブジェクトのコントロールに関しての研究を紹介している。映画「アビス」や映画「ターミネーター2」などでも利用されている液体表現だが、まだ液体の動的な性質を合わせ持った表現としてはまだ十分ではないとしている。論文では液体をどこまでコントロールするかについて、次の4つのねらいを掲げている。
1)ターゲットとなる形状を的確に表現し、キーフレームアニメーションを可能にしながら、液体としてのおおまかな振る舞いもする。
2)オーサリングツールとして、膨大な計算によるコスト高や作業の中断のない、使いやすい環境である。
3)液体としての動きを強制しすぎない。可能な範囲において、自然の動きに従った液状表現を維持する。
4)明白な振動を与えない限り、安定して形状を保つ。

今回の論文は、これまでの液体シミュレーションの研究や、level set method(流体の表面の形状を算出するための界面追跡法の一つであるレベルセット法)などをもとにしている。


歩行中の「押し」に対する動きを生成

カリフォルニア大学のバークレー校のコンピュータサイエンス学科のOkan Arikan氏、イリノイ大学Urbana-Champaign校コンピュータサイエンス学科のDavid Forsyth氏、カリフォルニア大学バークレー校のコンピュータサイエンス学科のJames O'Brien氏による「Pushing People Around」は、歩行する人物のアニメーションに対してさまざまな方向から押したときの動きをリアルに生成するためのアルゴリズムについて研究している。これは、ゲームやトレーニングシミュレーションにおいて、キャラクタが敵のキャラクタや自然現象などの外部の要因によって押されたとき、リアルタイムによりリアルな表現をすることを目指している。3Dのゲームなどでは、さまざまな角度からの攻撃があり得ることから、それらをすべてデータベース化することは現実的ではない。この論文ではまず、ベースラインのアルゴリズムによって、押された力の影響を歩行の動きに単純に加えたものを生成し、さらにそれに体の動き全体の協調性を加味する。最後に、正しい歩行に戻ろうとする動きを加えることで、押された後の動きが自然に見えるようになる。

学習をするアルゴリズムとして「oracle」と呼ぶプログラムをキャラクタに持たせる。oracleは、押された力や方向、そして歩行者の戻ろうとする動きなどから、あらかじめ記録されている動きのパターンと、動きのパターンをどのぐらい変動させるかのパターンを予測し、その中から最適な動きを決定するという役割も持っている。


まとめ

SCAは、SIGGRAPHとEUROGRAPHの共同主催によるものだが、その規模はおよそ300人程度の人が入れるホテルの会場を使った非常にコンパクトな大会だ。並行して複数のセッションが催されることがないため、全員が同じセッションを聴講し、休憩中には、コーヒーを飲みながら参加者と発表者が活発に議論を重ねる。「SIGGRAPHの論文セッションより小規模で、しかしより活発な議論をするための場」(安生氏)というねらい通りの催しになっている。さらに、米国、欧州、アジアのそれぞれの地域における研究者が集まる場として、新たな交流を生み出す可能性にも期待したいところだ。

(小林直樹)

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