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2015/07/16更新

 

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今回は、徳島県徳島市にある専門学校 穴吹情報公務員カレッジ (以降、穴吹カレッジ)にて、ゲームプログラミングを教える川下秀之先生と、ゲームグラフィックスを教える松崎和仁先生が、ゲーム会社Aimingの大阪スタジオで体験した20日間のインターンシップの模様をお伝えします。「学生ではなく、教員がインターンシップを体験する」というユニークな試みが、どういうきっかけで企画され、実施にいたったのか、どんな成果が得られたのかを、関係者へのインタビューを通して紐といていきます。



相当アグレッシブに行動しないと、この不利な状況は挽回できない

川下秀之先生 / 松崎和仁先生

穴吹カレッジは全国に185校ある(2015年5月時点)CG-ARTSの認定教育校の1つで、デジタルクリエイト学科のゲーム開発・3DCGアニメーション制作・Webデザインなどの指導には、CG-ARTS提供の教育カリキュラムが活用されています。そんな同校で長年プログラミングを教えてきた川下先生が“教員インターンシップ”の構想をねり、NPO法人 国際ゲーム開発者協会日本(以降、IGDA日本)の理事でもあり、以前から交流のあった筆者に協力を依頼してきたのは2014年12月のことでした。「徳島県内にはゲーム会社がないので、ゲーム業界に行きたい学生たちは、大阪や東京といった県外での就職を目指して活動します。当然費用がかかりますし、情報を得るのにも苦労します。もちろんインターネットを使えば、さまざまな情報を得られますが、それらは体系化されておらず断片的です。我々教員も同様の問題に直面しており、不採用になった学生の何が悪かったのか、何を改善すれば良いのか、確信がもてないままに指導をしています」。そんな状況に手詰まりを感じていた川下先生は、最近活発化しているゲーム会社による学生向けインターンシップを、自分たち教員が体験できないかと考えたのです。「プログラム担当の川下と、グラフィックス担当の私が、それぞれの職種でインターンシップをさせていただき、そこで学んだ技術・知識・空気感・仕事の進め方を学生たちにフィードバックしていけば、より実践的な指導ができるのではないか、より即戦力に近い学生を輩出できるのではないかと考えたわけです」(松崎先生)。とはいえ、あまり前例のない試みに協力してくださる会社を見つけるのは容易ではありませんでした。川下先生からの依頼を受けたIGDA日本が、そのネットワークを活用して複数の会社に打診をし、Aiming 大阪スタジオの協力が確定するまでに2ヶ月弱を要しました。

森順子氏(Aiming 人事マネージャー)

本件の相談を小野憲史氏(IGDA日本 理事長)から受けた森順子氏(Aiming 人事マネージャー)は、当時のことをつぎのように語りました。「若手の育成につながるような活動に対して、当社は非常に積極的です。大阪までいらして、良い授業をするためにインターンシップをしたいとおっしゃる両先生の熱意は当社の方針に合致しました」。こうして協力が決まったものの、“教員インターンシップ”はAimingにとって初の試みでした。「これまでに学生のインターンシップは数多く実施してきましたが、先生を受け入れるのは初めての経験でした。学生とまったく同じことをやっていただくわけにはいかないでしょうから、何をご提案すれば良いのかと、アイデアが浮かばず悩みましたね」と古谷直也氏(企画・運営グループ マネージャー)は語りました。一方で、不安はあったが好印象だったと、 清水聡氏(開発グループ マネージャー)はふり返りました。「私は勉強会が好きで、社内外を問わず活動しています。勉強したいと思っている先生がいらっしゃるなら、協力したいと思いました」。

古谷直也氏(企画・運営グループ マネージャー)

まずは顔合わせとして、インターンシップの内容を具体的に相談するための、Skypeを使った打合せが実施されました。「両先生のスキルセットや、期待しておられることを詳しく伺いました。そのうえで、やっていただけそうなことを提案し、事前に読んでおいてほしい本を紹介したりもしましたね」(古谷氏)。自分たちから依頼したものの、最初にSkypeで打合せをしたときには、かなり緊張していたと松崎先生はふり返りました。「当校の学生の多くは、Aimingを始めとするゲーム会社への就職活動で苦労しています。自分の教えた学生の歯が立たないということは、自分の歯が立たないのに等しいと思うのです。自分のもっている知識で受け答えができるのか、せっかくの機会をいただいても、全然歯が立たなくて、インターンシップの期間中ずっとモニタや本とにらめっこして終わるのではないかと……不安ばかりが先行していました。実際、最初のSkypeでは要望や提案をうまく伝えられず、Aimingの方々に引き出していただく場面もありましたね(苦笑)」。Skypeでの事前相談を経て、川下先生のインターンシップ(プログラマ研修)は3/5~3/17、松崎先生のインターンシップ(デザイナー研修)は3/18~3/31に実施されることが決まりました。「我々2人が同時期にインターンシップを実施して、お互いの感じたことをディスカッションした方が良いとAimingからは提案されたのですが、2人が一緒に学校を離れてしまうと、その間の学生指導が滞ってしまいます。年度の変わり目で、比較的職場を空けやすい時期ではありましたが、それでも翌年度に卒業を控えた学生のフォローなど、やらなければいけないことは多々あったのです」(川下先生)。両先生との対話を通して、地元にゲーム会社がない地域でのゲーム教育の難しさが伝わってきたと古谷氏は語りました。「人、会社、競合校の数が圧倒的に少ないですから、流れてくる情報の量も少なくなります。ものすごく興味をもっていて、執着の強い人は大都市に行くので、どんどん力が流出していくのだろうと思います。相当アグレッシブに行動しないと、この不利な状況は挽回できないでしょう。今回のような試みは必要なことだし、我々にできる協力はさせていただきたいと感じました」。


本当に遠慮なくお願いできるようになるまでには、時間と慣れが必要でした

川下先生のプログラマ研修では、Aimingが運営しているオンラインゲーム『VALIANT LEGION』のバグ修正フローを体験することになりました。「本ゲームの開発にはUnityを、バージョン管理にはgitを使っていたので、それらに関する本を事前に読んでくださるようお願いしました。当社の新卒や中途採用のスタッフの多くがつまづく点だったので、インターンシップの時間を有効に使っていただくためには予習が必要だろうと思ったのです」(古谷氏)。川下先生の研修期間は10日間でしたが、実際のゲーム開発には年単位の時間が必要です。当然ながら、すべてを修得することは不可能なものの、何か1つでもエンジニアが実際に行っている作業を体験してもらいたかったと清水氏は語りました。「既存のゲームに新しい機能を追加しようとすると、覚えなければいけない範囲が非常に広くなります。バグ修正であれば手をつけるべき場所を限定できるうえ、実際に使っているツールも一通り体験できるので、適しているのではと考えたのです。川下先生には、まず最初にゲームの開発環境を自分で整えていただき、その環境を使ってバグ修正をしていただきました」。

川下秀之先生

作業を通して、実際のコードに触れられたことは大きな収穫だったと川下先生は語りました。「プロのコードに触れられる機会はゼロに等しかったので、開発のなかでの約束事、変数の名前のつけ方、関数の規約などを見せていただけたことは新鮮でした。お陰で、学生に対して実践的なフィードバックができるようになりましたね。gitによるバージョン管理の方法も早速学生に伝え、学校での開発でも実践するようになりました」。このように、終わってみれば有意義なインターンシップだったものの、期間中は戸惑いの連続だったと川下先生は続けました。「スマートフォン用ゲーム開発にも、オンラインゲーム開発にも慣れていなかったので、ソースコードを理解するまでに時間がかかりました。加えて、指示されたバグがどこにあるのかを追跡するのにも手こずりました。それ以前の開発環境のセットアップでも苦労しましたね(苦笑)」。作業中はクライアントサイドだけでなく、サーバサイドのプログラムも視野に入れる必要があり、そのサーバはLinuxベースで動いていたそうです。川下先生は運よくLinuxを学んだ時期があり、しかも持参した資料のなかにLinuxの解説があったため、何とか対応できたとふり返りました。「もしそれらの経験がなかったら、手も足も出なかったかもしれません。開発環境の全体像・作業内容・スケジュールについて、事前にもっと詳細まですり合わせておくべきだったと反省しました」。

松崎先生のデザイナー研修では、『VALIANT LEGION』に登場する武器をMayaでモデリングすることになりました。「切りの良いところまで進むたびに、私の担当になった2名のデザイナーがデータをチェックして、フィードバックをくださったのです。それが非常に勉強になりました。一見すると形ができているように見えても、そのままゲームに組み込めるかというと、そうではなかったのです」。今回のゲームはスマートフォンでプレイすることが前提のオンラインゲームだったので、ポリゴンの数やテクスチャの解像度を抑えつつ、見栄えの良いモデルをつくる必要がありました。「ここが駄目だ、あそこが駄目だと指摘していただくことで、学生のデータとプロのデータの距離を、身をもって実感することができました。学んだことを、今度は私が学生にフィードバックしていかなければいけません」。


松崎和仁先生

さらに松崎先生は、モデリング作業と並行してAimingスタッフへのヒアリングも積極的に行ったそうです。「川下のインターンシップが終わった後、入れ替わりでお世話になったので、準備時間を長く取れました。“これもしたい、あれもしたい”と考える余裕があったので、思い切って私からお願いしたのです」。とはいえ、その要望を切り出すまでにはためらいがあったといいます。「Skypeでの打合せ段階から、Aimingの方々は何度も我々に“遠慮しないで良いですよ”とおっしゃってくださいました。でも、本当に遠慮なくお願いできるようになるまでには、時間と慣れが必要でした」。インターンシップに入って3日目、Aimingのアーティストたちが松崎先生をランチに連れ出し、“遠慮しないで良いですよ”と再び語りかけたことで、漸く緊張が解けたそうです。「せっかくの貴重な機会なので、現場の方々の生の声を聞きたい。とくに若いスタッフの話を聞きたいとお願いしました。それから、学生に何を教えたら良いのか、どんなカリキュラムが良いのか、意見をいただきたいともお願いしました」。メディアで紹介されたり、イベントに登壇したりする開発者の多くは、業界経験数十年のベテランです。そうではなく、学生たちと年齢の近い、最近まで就職活動をしていた人の話が聞きたかったと松崎先生は語ります。「学生時代にどんな勉強をしたのか、どんな作品をつくったのか、今はどんな仕事をしているのか……といったことを教えていただきました。そういった話の方が、私が教えている学生の参考になると思ったのです。さらに、市販されているMayaの解説書をデザイナーの方々にご覧いただき、“もし優先順位をつけるなら、どの機能から教えるのが良いでしょうか?”と聞いてまわりました」。ハイエンドな3DCG映像制作でも多用されているMayaには、数多くの機能が搭載されており、解説書の内容も多岐にわたっています。しかし、ゲーム開発で必要とされる機能は、そのなかの一部です。「限られた時間のなかで、ゲーム業界を目指す学生に何を教えるべきか、実際に仕事をしている方々から率直な意見を伺えたことは大きな収穫でした」。

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尾形美幸

株式会社ボーンデジタル所属。NPO法人 国際ゲーム開発者協会日本 理事。CG分野の書籍制作、雑誌&Webサイト記事執筆などを生業とする。東京芸術大学大学院修了、博士(美術)。CG-ARTSにて教材の企画制作等に従事した後、フリーランスのライター・編集者を経て現職。共著書に『改訂新版 ディジタル映像表現』(2015/CG-ARTS)、著書に『CG&ゲームを仕事にする。』(2013)、『ポートフォリオ見本帳』(2011/ともにエムディエヌコーポレーション)がある。