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2013/10/11更新

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コンテンツ業界における最大の資産が人材であることはいうまでもありませんが、経済のグローバル化に伴い新興国の勢力拡大や人材の海外流出などが続き、国内でも人材の流動化が急速に進むなど、状況が大きく変化しています。こうしたなかで人材育成に関する取り組みがいままで以上に重要視されていますが、我が国においては、ことコンテンツ業界に限らず、産業界と学術界の風通しがいまひとつよくないのも事実でしょう。

こうした現状を踏まえ、産業界のニーズと教育界の取り組みを共有する場として、2012年から開催されているのが「CG-ARTS人材育成フォーラム 産学の人材育成に関する交流会-次代を担う人材育成を考える-」です。2013年9月12日に人材育成パートナー企業30社74名、協会委員・認定教育校から教育者約38名が参加し、産業界が求める人材像や、教育機関の役割などについて、幅広い議論が行われました。

フォーラムは二部構成で行われ、第一部は「3DCGアニメ業界、これからの人材育成とは!?」「表現を支える技術の可能性、今後の課題と方向性とは!?」という二つのパネルディスカッションが行われました。続く第二部では参加企業・教育関係者の紹介のあと、立食形式の交流会を開催。参加者間での相互交流や、さらなる議論が行われました。また会場を提供した東京ユビキタス協創広場(内田洋行新川本社内)の施設見学も実施されました。


3DCGアニメ業界、これからの人材育成とは!?

パネルディスカッションの前半は「3DCGアニメ業界、これからの人材育成とは!?」と題して、企業が求める人材像と教育界の取り組みについて、2013年の3月に同タイトルで行われたセミナーで語られた内容を題材におもにカリキュラムの側面から議論がなされました。パネリストは産業界からポリゴン・ピクチュアズ代表取締役の塩田周三氏、サンジゲン代表取締役の松浦裕暁氏、そしてモデレータも務めた神風動画代表取締役の水﨑淳平氏。学術界から女子美術大学アート・デザイン表現学科教授の内山博子氏と、東京工科大学メディア学部准教授の三上浩司氏です。

近年では国内でもフルCG映画が作成されるようになりましたが、多くのCGスタジオは規模が小さく、人材育成もままならないのが現状です。一方で企業ごとに持ち味は多彩で、新人に期待する能力も異なります。いきおい学生に対しても、自社の求める「理想のカリキュラム」で勉強をして欲しいのが人情でしょう。しかし教育界では学校ごとに一律のカリキュラムを組まざるを得ず、企業単位・学生単位できめ細かい指導を行ううえで限界があるのも事実。この両者をどのように結ぶのか、さまざまな議論が展開されました。


企画・演出・デザインなどプリプロダクションを重視する神風動画

神風動画は代表を務める水﨑氏の個人的な活動を母体に、2003年に法人化されたスタジオです。テレビアニメやCM、ミュージックビデオ、ゲーム内ムービーといった短編映像が中心で、主な作品にはTVアニメ「ジョジョの奇妙な冒険」オープニング映像、日本ダービーのCM映像、ゲーム「ドラゴンクエストIX」内のオープニング&ゲーム内映像などがあります。原作者のイラストの持ち味をCGで引き出す作風に定評があり、さまざまな研究開発にも取り組んでいます。水﨑氏も「作家性を重視し、CG制作よりも企画・演出・デザインなどのプリプロダクションを得意とする会社」だといいます。

そのため同社が教育界に求める理想のカリキュラムも、2Dアニメーションが47%、3Dアニメーションが24%、インターンが17%という、CGスタジオらしからぬ内容。企画のプレゼンテーションやコンテ、レイアウトなどの上流工程が多く、手書き風の質感を出すためテクスチャを描くスタッフも多いため、3Dよりも2Dの授業に時間を割いて欲しいと要望が出されました。学生の人気が高い3Dモデリングについても「外部の企業にお願いすることが多いので、弊社ではとくに必要ない」というほどです。


CGアニメーションスタジオからデジタルアニメーションスタジオに進化するポリゴン・ピクチュアズ

ポリゴン・ピクチュアズは1983年に創業し、今年で30周年を迎える日本で最古参かつ最大級のデジタルアニメーションスタジオです。国内に300名のクリエイターを要し、年間で約20時間の作品を制作。今年からマレーシアに制作スタジオを設立するなど、国際分業も進めています。「スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ」「トランスフォーマー プライム」など、売上の約6割は海外クライアント案件によるもの。塩田氏も「大規模ファクトリー型でパイプラインを整備し、海外シリーズなど長期プロジェクトが多い。今後は自社企画の制作に軸足を移していく」と抱負を語ります。

そんな同社の理想のカリキュラムは3Dが63%で、解剖学や歴史といったCG以外の授業も18%と多く盛り込まれました。逆に2Dに関する授業は5%でよいとのこと。もっとも塩田氏は「この配分も将来的には異なる」と釘を刺しました。同社のビジョンは「CGアニメーション会社からデジタルアニメーション会社」に進化することで、3Dに特化した企業戦略では将来的に行き詰まるとみています。また「作品制作において海外も含めて多くの人と協業するには、クリエイティブな引き出しの数が重要」だとして、学生の間に映像制作の基礎や、教養となる知識を幅広く学んで欲しいと話されました。


日本の2Dアニメをビジネスラインに乗せる取り組みをするサンジゲン

2006年に設立されたサンジゲンは、メカや背景だけでなく、キャラクターも含めて作品全体をCGで制作することを掲げるスタジオです。同社の名前を一躍世に知らしめたのは、2012年にProduction I.Gと共同制作したフルCGアニメ「009 RE:CYBORG」でした。2013年10月にはテレビアニメ「蒼き鋼のアルペジオ」もフルCGで制作。さらにアニメビジネスの刷新を掲げて2011年にウルトラスーパーピクチャーズも立ち上げ、マーチャンダイジングや海外展開などを進めています。松浦氏は「『アニメ』に特化し、テレビシリーズや劇場作品など、日本の2Dアニメをビジネスラインに乗せる取り組みが行われている」と説明されました。

理想のカリキュラムも53%が3Dに関するもので、ツールの使い方・モデリング・アニメーションをバランスよく学んで欲しいと要望。そのうえでクリエイターとしての創造力を磨いてほしいといいます。「キレのあるモーションや、カッコいいシルエットなどが、どのように構成されているか、作品をつくり上げていく過程で考察して欲しい」。また「3DCGをレンダリングすると2Dの『絵』になる。この善し悪しが判断できる力が重要。『絵を描く』のと同時に『絵を見る』力も養って欲しい」とコメントしました。


三社三様の「理想のカリキュラム」の比較と、教育機関の取り組み

このように、三者三様となった「理想のカリキュラム」。さらに意見が分かれたのがインターンの位置づけです。総時間の30%を当てたのがサンジゲンで、同社は2013年にデジタルハリウッド大学と協力し、「サンジゲンハリウッド」コースも設置。サンジゲンに特化した授業を行うかわりに、コースを修了して面接を受ければ同社に入社できるしくみです。神風動画も2012年に同校と「カミカゼハリウッド」というコースを設置しています。これらは企業の新人教育を学校に委託する取り組みだといえるでしょう。

一方でポリゴン・ピクチュアズではインターン制度を導入していません。同社では現在はまだ新卒を採用しておらず、まずはプロジェクトベースでの業務委託からスタートし、実績を見て社員に登用しています。むしろ業態が拡大しているなかで、不足しているのは現場のクリエイターではなく、マネージャーなどの中間層だと語られました。

このほか、デッサンの授業についても興味深いやりとりがなされました。ポリゴン・ピクチュアズでは6%の時間が当てられていますが、神風動画・サンジゲンはゼロ。もっともデッサンが不要というわけではなく、両社ともに「学校で教わるのではなく、学生は週末に自主的に取り組んで欲しい」といいます。

塩田氏も「日本人は子どもの頃からアニメや漫画に慣れ親しんでいるため、デッサン力がなくても絵が描けてしまう」と指摘。同社でもデッサンの勉強をしっかりしたクリエイターは2割程度だといいます。しかし、デッサンは現実世界と手元の絵を埋める思考プロセスの練習なので、クリエイターとして一定以上のスキルを習得するにはデッサンの勉強も必要だという認識が高まり、同社でも中堅クラスになると、「デッサンを勉強したい」という声が上がるようになると話されました。

こうした産業界の要望に対して、教育界ではどのような取り組みがなされているのでしょうか。はじめに東京工科大学の三上氏はグループ校に専門学校があり、そこでCGアニメーション教育を行っているため、大学としての差別化が求められたという背景を紹介。1年生から3年生まで作品作りを行う実習期間を設けて、4年生で研究開発を行う独自のカリキュラムにつながったと説明しました。また理系大学のため、入学時から絵心のある学生は非常に少ないという事情も。デッサンなどの課外授業はあるものの、総じてパイプラインの改善や、社内ツールなどが作成できる、テクニカルアーティスト的な人材が輩出される傾向にあるとしました。

これに対して女子美術大学の内山氏は、美大だけにデッサンの実技試験が入試で課せられており、入学後も粘土・造形・サウンド・模型など、幅広い授業が行われていると紹介。その一方で3DCGの授業も2年次に必修化されました。東京工科大学とは反対に、3DCGが苦手な学生もいるとのことですが、学生の間に現実空間とバーチャル空間の感覚を強制的に身につけさせているとのこと。そうした中で最近ではAR(拡張現実)などに興味を抱く学生が増えてきたそうです。「日本のCGスタジオは規模が小さく、分業化が進んでいないため、学生も一通り基礎を学んだうえで、専門分野を選択していく必要があります」(内山氏)

また三上氏は神風動画、サンジゲン、ポリゴン・ピクチュアズの三社は取材やセミナーなどで紹介される機会も多いので、会社ごとのカラーがわかりやすいが、学生が自分で情報を集めるのは大変だと指摘。教員側が積極的に産業界と意見交換を重ね、関係性を作り上げていく努力が必要だと語りました。内山氏も「学生にとっては憧れの会社で働くために、どの程度の技術が求められるのかが気になるところ」と話しつつ、大学ごとにカリキュラムが縛られるため、ある程度は学生の自主努力に任せるしかない側面もあるとコメント。そうした制約のなかでも、学内インターンシップなどの工夫を進めたいとしました。

このほか学術側から指摘されたのが、クリエイターとしての姿勢や、芯の強さを育てるための工夫です。内山氏は「いまの時代は打たれ弱い学生もいるので、モチベーションの上げ方に苦心しています」と課題を語りました。一方で三上氏からは昨今の大学の入学・卒業時期の問題とも絡めて「大学時代は作品制作や研究に没頭し、卒業してから就職活動を始められるようにしたい。大学は秋入学・秋卒業で、卒業後に半年かけてインターンや就職活動を行い、4月入社にすれば学生時代が充実する」と提案。これに対して産業界からも、「学生時代は就職活動よりも、もっと勉強して欲しい」と異口同音に賛同のコメントが上がりました。

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小野憲史

平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。主な連載に「小野憲史のゲーム評評」(inside)など。著書に『ニンテンドーDSが売れる理由』(共著)『ゲームニクスとは何か』(構成協力)がある。NPO法人IGDA日本代表。