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2012/08/06更新

 

本連載ではクリエイティブ業界が求める人材像や、社内での人材育成の取り組みについて、さまざまな角度から紹介していきます。第1回で登場いただくのは、グリー株式会社でクリエイティブセンター長を務める樺澤俊介さんと、デザイナー向けの環境整備や人材育成などを進める今井仁さんです。同社は世界10億ユーザーに使用してもらえるサービスを提供することを目標にかかげ、グローバルに事業を拡大している、いま最も注目を集めている企業の一つです。そんな同社でデザイン部門を統括するお二人に、お話を伺いました。


ー 自己紹介をお願いします。

樺澤俊介さん

樺澤:グリーでクリエイティブセンター長を務めている樺澤俊介です。クリエイティブセンターはグリーに勤めるデザイナーがすべて所属している部署で、デザイン物全般のアートディレクションと制作を担当しています。SNSユーザインタフェース(UI)画面から、ゲーム、アバター、広告、そしてエントランスまで、デザインと関連あるものは、すべて手がける部署です。

個々のタイトルには専任のアートディレクターがいますが、現場のデザイナーは状況に応じて担当タイトルが変わります。これはソーシャルゲームならではの、柔軟性をもったチーム編成を可能にする意味もありますし、ずっと同じプロジェクトを担当することで生じる弊害を避ける意味もあります。ヒットしたタイトルは長く運営することになるため、ニーズの変化への対応や、デザイナーのキャリアパスを考慮したローテーションを心がけています。

その中でも私は組織づくりが担当で、東京・大阪・北京・ソウル・イギリスの開発スタジオに所属するデザイン部門の組織構築を行っています。デザイン部門の採用面接も行います。先日も1日で数名の面接を行いましたが、そのうち日本人は1人だけで、あとはイギリス人でした。海外に在住している方との面接は、テレビ会議システムを使用して行います。

今井仁さん

今井:同じくクリエイティブセンターでコンテンツディレクター兼デザイン企画チームのマネージャーを務めている今井仁です。私のミッションはデザイナーが仕事をしやすい環境を整えることです。PCやアプリケーションの選定から、フォントの契約なども行います。国際的なタイトルを円滑にリリースするためには、フォントの契約一つとっても、おろそかにできません。弊社に移る前は家庭用ゲームの開発を行っていましたが、その時の経験が生きています。
また勉強会など、入社後の教育システムも構築しています。グリーで働くことで、さらに自分が成長していける。そのように体感してもらえるための仕組みをつくっています。

ケータイで飼える不思議なペット「踊り子クリノッペ」 ※画像は2012年7月時点のものです。                              ⓒ GREE, Inc.

― 人材採用についての基準は何ですか?

樺澤:新卒採用に関しては、グラフィックツールなどのスキルはそれほど求めていません。基礎的なデッサン力があれば、入社後にツールを覚えるだけで、3D(3次元)グラフィックも問題なくこなせると思います。実際、私もコンピュータにほとんど触ったことのない状態でゲーム会社に就職して、なんとかこなせていましたから。
それよりもSNSやソーシャルゲームなどのサービスに対する理解力が重要ですね。デザイナー職ではポートフォリオの提出が必須となっていますが、ここでもセンスや幅の広さといった作品面に加えて、人に見てもらうための配慮が細部まで行き届いているかなどの、演出面も評価基準になります。

中途採用ではピンポイントで即戦力を求めています。UIデザイナーを中心に引き続き求めていますが、最近では3Dのスキルを持ったデザイナーもご入社いただいています。ただし、こちらもツールよりマインド的なものを重視しています。弊社は「インターネットを通じて、世界をよりよくする。」というミッションのもと、そのミッションを達成するために、「ロジカル×クリエイティブ×スピード」や、「現状に甘んじない。さらに高い目標をめざす。」「前向きに挑戦する。成功するまでやり続ける。」と言ったバリューを掲げています。これらに共感できるか否かですね。また個人的には「前向きな人」が向いていると思います。変化が早い業界なので、それを楽しめる人かどうかも見ています。

― デザイナー志望の学生にとって、ソーシャルゲームの開発現場で働くイメージが、まだはっきりつかめていない印象があります。

樺澤:そうですね。学生という立場だけでは、見えにくい部分もあると思います。そのため採用チームだけでなく、クリエイティブセンターでも独自に説明会を実施しています。首都圏の美術系大学・専門学校などを訪問したり、就職イベント「クリ博」でも説明会を行いました。会社説明だけでなく、今後は3Dゲームの開発にも力を入れていくなど、弊社のゲームつくりの方向性についても力を入れて説明しました。その結果もあって、2011年と2012年では応募数が増えましたし、学生の理解力も高まりました。

― 入社後の研修はどのように行っていますか?

樺澤:新入社員は、はじめに全社研修を約2週間実施し、その後配属先の本部で先輩社員がマンツーマンでトレーナとしてつき、必要なスキル・知識の習得をサポートします。もっとも、エンジニアやディレクター(企画)部門では採用人数が多いこともあって、より専門的な「GREE BootCamp」と呼ばれる研修が行われています。クリエイティブセンターでも今後は、こうした取り組みを進めていきたいです。

UIの勉強会

今井:入社後はデザイナー向けに、さまざまなセミナーや勉強会を開催しています。エンジニアだけでなく、デザイナー向けにもUIやUX(ユーザエクスペリエンス)を中心に、多くの勉強会があります。弊社では社員がこうしたイベントに出席した際、内容を共有できるWikiを用意しており、誰でも書き込むことができます。

また昼休みの時間にセミナールームでランチ報告会が行われています。福利厚生の一環でパワーランチという制度があり、こういったセミナーに参加する場合は、会社が昼食(お弁当)代を負担してくれます。余談ですが、普段からお弁当代や飲み物代には、会社の補助が出ており、通常価格より安価で購入することができます。弊社の本社がある六本木は食事代が高いので、社員からも好評です。モチベーションアップにつながりますね。

週末には社外の方も参加できる勉強会も開催しています。他のソーシャルゲームや、コンソールゲームの開発者の方も参加して、さまざまな議論を行ったり、情報共有を行ったりすることが目的です。毎回40から50名の方が参加しています。

最後に特定の企業と提携したセミナーも開催しています。現在はアドビ社と提携してAfter Effectsなどのツールの使い方に関するセミナーを開催中です。お昼休みにお弁当を食べながら講習を受けるスタイルです。以前はPhotoshopやIllustratorについてのセミナーを行いましたし、今後も範囲を広げていきたいですね。


― 変化の激しい業界ですが、5年後のイメージを教えてください。

樺澤:いまは、モバイルソーシャルゲームのニーズが高いので、この領域に注力していますが、もともと弊社はSNSから始まった企業です。いまでも会社のアイデンティティはそこにあります。基本は「人と人をつなげるサービス」なんです。いまつくっているようなソーシャルゲームは、そのための入り口にすぎないと考えています。

いまはモバイルデバイスに限定されていますが、5年後はまた新しいデバイスが登場して、新しい環境になっているでしょう。コミュニケーションに対する社会的なニーズを常に観察しながら、柔軟なサービスづくりを進めていきます。いま成功しているからといって、そこだけに集中したり、観察を怠ったりすると、ニーズに取り残されていきますから。


― 「観察」をどのように行われていますか?

樺澤:お客様の動向を観察して、ゲームの追加仕様などに反映させるのは、ソーシャルゲームを運営する上での基本なので、しっかりやっています。アクセス数などの分析にはコストをかけていますし、社内で共有されています。しかし、お客様の生の声など、数字で表れにくい部分については、今後の課題ですね。さらに力を入れていく方針です。


― 開発スタジオも世界中に広がっています。

樺澤:拠点ごとにいろいろな強みがあります。韓国では3D技術やオンラインRPG開発などで先行していますし、ゲーム系の教育機関も充実しているので、技術レベルが高い点が特徴です。アメリカではUXについての考え方が先進的です。こうした各地の事情にあわせたゲーム開発を進めて、それを日本にもフィードバックさせていきたいと思っています。そのための組織づくりを進めている最中です。

今井:国際展開を進める中で、中途採用や海外採用の比率が増えていくため、情報共有が低下したり、もともとの企業文化が薄まったりするリスクもあります。そうならないための基盤を作っていきたいです。幸いなことにデザイナーは言葉が通じなくても、絵で情報を共有することができます。グラフィックデータなどの成果物をシェアしながら、お互いに高め合える環境を作りたいですね。


― CG-ARTSが行っている検定試験や、教科書編纂などの取り組みについて、どのように感じられますか?

今井:自分が何か学びたくなったときに、確かな情報が手元にある環境を整えるという意味では、すごく良いと思います。私も昔、師匠にあたる先輩からクリッピング(画像の一部だけを表したり、切り抜いたりすること)の意味について教えてもらったとき、目から鱗が落ちたことがありました。飲み会で、箸袋の裏に書いてその仕組みを説明してもらったのですが、当時の書籍にはそうした説明が、どこにもありませんでした。私はたまたま、教わる先輩がいたので良かったですが、常にそうとは限りません。

また、ゲーム作りについて体系的に知る機会は意外と少ないんです。ゲーム雑誌に出てくるようなクリエイターはディレクターかキャラクターデザイナーが中心で、何をやっているのか、外からわかりにくいところがあります。ソーシャルゲームではなおさらです。そのため教科書から全体像を学ぶことも、有意義だと思います。私がCGを勉強し始めた頃はほとんど書籍がありませんでしたが、いまでは充実してきました。ゲームも今後そうなっていくといいですね。


― 最後に業界をめざす学生にメッセージをお願いします。

樺澤:世界中には様々な人がいて、その数だけ生き方や楽しみがあります。そのことを理解して、固定概念にとらわれず、柔軟に物事を考えられるようにすることが重要だと思います。ただし、自分なりの信念も必要です。自分が創る物でどのような感情を抱いてもらいたいのか、そのイメージを抱きながら創り続ければ、より多くの人に喜んでいただけると信じています。夢に向かってがんばってください。

今井:もともとすごく流れの速い業界ですが、特に今は流れの速い時期です。そのため、環境の変化を許容できることが重要だと思います。環境の変化とともに自分も変化していき、成長していくことが、この業界では特に求められます。そういった人と一緒に仕事をして、より素晴らしいサービスを世の中に提供していきたいと思います。


 

樺澤俊介さん

グリー 事業連略本部クリエイティブセンター長

武蔵野美術大学を卒業後、家庭用ゲームメーカーに入社して、7年間勤める。その後オンラインゲーム会社で8年間勤めた後、2011年6月にグリーに入社。クリエイティブセンター長として、同社デザイン部門の採用担当や組織化を、日本のみならず全世界規模で進めている。


今井仁さん

グリー 事業戦略本部クリエイティブセンター デザイン企画チーム マネージャー

情報処理系の専門学校を卒業後、CGプロダクション、ゲームデベロッパー、大手ゲームパブリッシャーを経て、2012年1月にグリーに入社。「支えるを究める」をモットーに、デザイナー向けの開発環境整備や社内セミナーなどの企画運営や、国際化の推進を進めている。

 

小野憲史

平日は主夫業に忙しいゲームジャーナリスト。雑誌『ゲーム批評』編集長を経て2000年よりフリーランスで活動中。Webを中心に業界レポート、インタビュー、コラムなどを発表している。主な連載に「小野憲史のゲーム評評」(inside)など。著書に『ニンテンドーDSが売れる理由』(共著)『ゲームニクスとは何か』(構成協力)がある。IGDA日本・SIG-Glocalization共同世話人。