2011/11/09更新

本連載ではゲーム業界の人材教育・キャリアパスについて、第一線で活躍されている方へのインタビューを通して、さまざまな角度から紹介していきます。第14回で登場いただくのは、ユビキタスエンターテインメント代表取締役社長兼CEOの清水亮さん。HTML5ゲームのコンテスト「9leap(ナインリープ)」も共同主催されている清水さんに、「HTML5」をキーワードとした、Web時代のプログラマ像について伺いました。

HTML5って何ですか?

そういう直球な質問をされたのは初めてなので、ちょっと回答が難しいですね。端的にいうと、HTML5はWebの記述言語であるHTMLの5番目のバージョンのことです。2008年にドラフト(草案)として発表され、現在も細部の仕様策定が続いています。2014年にW3C(World Wide Web Consortium)から正式勧告がなされる予定ですが、すでにドラフトをもとに対応を表明しているWebブラウザ上で、HTML5で記述されたWebページを表示することができます。

HTML5はなぜ注目されているのですか?

これまでHTMLはWebページを記述することが目的でした。しかしHTML5では、従来はFlashをはじめとするプラグインによって提供されていた、マルチメディア要素や動的なグラフィックス表示などの機能が取り込まれて、ブラウザだけで実行できるようになる予定です。

これによって、Webだけでネイティブアプリのようなプログラムが実行可能になります。いちいちアプリをインストールしなくても、Webページを見るような手軽さで、さまざまなことができるようになるわけです。

たとえば弊社がD2 COMMUNICATIONSさんと共同主催しているゲームプログラムコンテスト「9leap」も、対応言語がJavaScriptとHTML5となっています。HTML5を使うことで、投稿されたゲームはWindowsやiOS、AndroidといったOSの違いを気にすることなく、Web上で遊ぶことができます。これが大きな注目を集めている理由の一つではないでしょうか。

9leapでHTML5を採用された理由は何ですか?

「9leap」はもともと、Web上で小中高校生向けに小論文を募集して、一番才能を感じた人にMacbook Airをプレゼントするというプロジェクト「#givemac」からスタートしました。ただ、これだと僕だけしか楽しめない。また、審査の公平性の担保にも限界がある。もっと多くの人に自分が作った作品を評価してもらって、審査の基準も明確で、後になっても作品が残り続ける。そんな環境を提供したいと思った時、自作ゲームのプログラムコンテストが一番だと思ったんです。

僕が子供の頃は、パソコン雑誌やゲーム会社などが、いろんなゲームコンテストを開催していましたしね。僕もパソコン雑誌「I/O」にゲームプログラムを投稿したのをきっかけに、雑誌で連載をもつようになり、それが長じて現在にいたっています。

ただ、世の中にはいろんなプログラム言語がありますが、どれも初心者が学ぶには癖があるんです。その中でもHTML5とJavaScriptの組み合わせは、一番わかりやすい。実行結果がすぐに確認できるし、特別な環境を必要とせず、ノートPC一台あれば始められる。しかもPCやスマートフォンなど、いろんな端末で遊んでもらえる。これはいいと思ったんです。

9leapについて、簡単に紹介してもらえますか?

Web上で開催しているプログラムコンテストです。参加資格は25歳以下の学生で、投稿型プログラムサイト「9leap.net」上で行っています。後期の受付は12月31日までで、上位5名にはMacbook ProかMacbook Airの最新モデルが授与されます。さらに前後期を通した最優秀賞の受賞者3名には、2012年3月に米サンフランシスコで行われる「Game Developers Conference」への視察旅行ツアーが授与されます。

コンテストとは別に、「9leap.net」に直接プログラムを投稿することもできます。こちらの参加資格は特にありません。投稿者の平均年齢は約26歳で、社会人の方からの投稿も4割くらいありますね。近年ゲームの開発規模がどんどん拡大する中で、逆にゲーム性の進化は少なくなっています。一方「9leap.net」はカジュアルゲーム中心ですが、ゲーム性のショウケース的な役割も担えればと思っています。

Web上で開催しているプログラムコンテスト「9leap」

清水さんにとって、プログラムの魅力は何ですか?

誰とも会話しなくて良いこと。というのも、世の中には「会話」を介さないと、確かめられないことが、たくさんありますよね。でも会話が入ると主観という、曖昧な要素も加わる。たとえば僕は国語の授業が大嫌いだったんです。なぜかというと、先生が「この時の与兵の気持ちは」なんて教科書を片手に説明したりするわけです。でも、それは先生の主観であり、解釈ですよね。おまえ与兵かよって、いつも心の中でツッコミを入れてました。

ところがプログラムは自分の意図通りにコンピュータが動かなかったら、誰に聞くまでもなく、自分が間違っているとわかるわけです。結果を確かめるのに、曖昧なものが入らない。だから自分一人で短期間のうちに、どんどん習熟していけるんです。学校で変な勉強をするより、よっぽど良かったんですよ。

プログラミングで学んだことは、現在どんな風に生きていますか?

僕は長い間、コンピュータという「絶対に裏切らない」ものを相手にプログラミングしてきたので、逆に社会に出てから、人間という「裏切る可能性がある」ものを相手にプログラミングすることが、面白いと思えるようになりました。つまり組織を作って、運営していくということです。絶対に裏切らない人間はいませんよね。コンピュータも大規模化が進むと、一定の割合で故障が発生します。仮にあるコンピュータが故障しても、全体としての機能は維持して働くようにシステムを構築しなくちゃいけない。これは組織も同じです。だから前向きなおもしろさを感じます。

しかもコンピュータと違って、人の性能は一定じゃないから、もっと難度が高い。経営者の中には「部下が全然いうことを聞かない」とぼやく人もいますが、僕は「システムの中に、有機体という不確定要素が加わっている」という制約条件のもとで、経営という名のプログラミングをしていると思っているので、あまり苦にならないですね。

Webプログラマをめざす学生にアドバイスはありますか?

うーん、どうだろう。「やめておけ」という回答はまずいですかね?というのも、仮にCGをやっているプログラマがWeb業界に来たら、あまりに文化が違うので、愕然とすると思うんですよ。僕自身も初めは「つまんねー!」とショックを受けました。

CGエンジニアリングには、動作が速くて見た目が綺麗であることが求められます。最終的に「見た目」でごまかせる世界なんです。でもネットの世界では、いくら綺麗でも、サーバが落ちたら意味がない。このギャップって大きいんですよね。

またゲームの世界でも、最近ではソーシャルゲームのように、領域が広がってきました。そこでは「おもしろさ」という要素の中に、サーバが落ちないといった、これまでは考えなくて良かった要素が新しく加わっています。いわば「おもしろさ」が再定義されている時期なんですよ。Webプログラマを目指すなら、頭の切り替えが必要でしょうね。

プログラマの将来像をどう捉えますか?

これも同じで、プログラマを目指していてはまずいと思うんですよ。というのも、プログラマなら誰でも数学が使えますよね。英語の文書だって読める。でも数学者や翻訳者になるわけじゃないですよね。たまたま今、プログラマという職業があって、そこそこ稼げるから、みんなやっているだけだと思うんです。だからプログラミング技術がある=「手に職をつける」ということとは、ちょっと違うんじゃないでしょうか。

今後はプログラマ自体の存在感が、どんどん低下していくと思います。それこそ「英語が話せる人」くらいに。昔は英語を職業にしようと思ったら、英語の先生か、通訳か、キャビンアテンダントくらいしかありませんでした。でも今は英会話ができなければビジネスで成功できないといわれるくらい、ありふれたスキルになっていますよね。または電信技師のように、エジソンの時代は花形職業だったけど、現在は自衛隊や海上保安庁などの非常にニッチな環境下でのみ存在する職業になっているか。そのどちらかだと思います。

だから「9leap」の投稿者にも、将来ゲームプログラマになって欲しいとは、まったく思っていません。僕自身、プログラマになりたかったわけじゃありませんでしたから。それでも僕がそうだったように、プログラムを学んだことが間接的に、世の中のさまざまな場面で役立つと思います。

清水さんが学生時代にやっておけば良かったことは何ですか?

男女交際。これは冗談ですが、車の免許を取っておけば良かったですね。実は免許がなければ、海外だとまともに一人で生活できないんですよ。公共機関が発達していて、車がなくても普通に生活できる国は、先進国でも日本の都市部くらいなんです。

たとえばアメリカのシリコンバレーでは、アップルとグーグルが近所にあるといっても、車でなければ行く気になりません。こんな風にアメリカは巨大な田舎町なんです。これはマイクロソフトにいたとき、痛切に感じました。いつも上司の車に便乗させてもらっていて、非常に行動の自由が制限された思いでした。

ヨーロッパでも、国際間の移動ですら、飛行機よりも車で移動した方が早いケースが多々あります。そもそも飛行機では点と点の移動だけで、行動の幅がずいぶん制限されてしまいますよね。若くて吸収力が高い時期に、最初から制限を課すことはない。

ところが日本では、社会人になってから車の免許を取るのが非常に大変です。だから学生には「今のうちに免許を取っておいた方が良いぞ」といっているんです。それもオートマチックだけじゃなくて、マニュアル込みで。ヨーロッパでレンタカーを借りようとすると、オートマチック車はほとんどベンツになるので、料金が跳ね上がるんですよね。

最後に教育機関に対するメッセージをお願いします

先生方に何かいうのは、おこがましい気がするんですが、あえていえば目先の技術ではなくて、技術の基礎や歴史をしっかり教えて欲しいです。たとえばHTML5が正式勧告されたとしても、すぐHTML6が出てくるでしょう。そんな風に技術の変化が速い領域で、しっかりと変化に付いていくためには、基礎を理解していることが重要だと思います。

それに企業は今、即戦力の学生を求めていないと思うんです。というのも今のプログラムは習得が簡単なので、1ヶ月も研修すれば、Webプログラムくらいなら誰でも書けるようになるんです。だから、わざわざ学校で教えるまでもない。その一方で、CGの理論やモノの考え方などは、一見役に立たないようで、いろいろなところで役に立つと思うんです。

歴史についても同じですね。CGというのはコンピュータの最先端の研究領域で、そこで生まれた理論や発見が、日常的に使っているものにまで、さまざまに応用されている。CGの黎明期から現在に通じるまでの、研究と応用の歴史をちゃんと教えてあげられれば、単に「お絵かき」をするプログラムを作るだけじゃない人材が生まれてくると思うんですよ。

「お絵かき」っておもしろいから、そこだけ目立っちゃうんです。入り口はそれでもいいけど、実際にはCGを描くためにどれだけの人が、どれだけの苦労をして、その中からどんなすばらしいモノが「お絵かき」を越えて生まれてきたのか、そこに興味をもつようになって欲しい。そちらの方が重要ではないかと、僕は考えています。