2011/05/18更新

本連載ではゲーム業界の人材教育・キャリアパスについて、第一線で活躍されている方々へのインタビューを通して、さまざまな角度から紹介していきます。第9回目では趣向を変えて、CGアーティストが実際の写真撮影を学ぶ意義や、カメラを用いた撮影経験の必要性について掘り下げます。お話を伺ったのはプレミアムエージェンシーの鮫川裕彦さん、綿貫寛さん、宮田瑛児さんの3名です。鮫川さんと綿貫さんはゲーム業界で10年以上のキャリアをもつベテラン、宮田さんは入社4年目の若手です。経験や立場の異なる3名ですが、写真撮影に対して皆さんこだわりがあり、興味深い話が飛び出しました。

始めに皆さんの経歴について、簡単に教えてください。

鮫川:CGIディレクターの鮫川裕彦です。ゲーム業界で仕事を始めたのは1999年で、ちょうどドリームキャストが登場した頃です。これまで主に背景モデラーとして、さまざまな作品制作に携わってきました。現在はフリーランスとして仕事をこなしつつ、弊社の制作でもディレクション的な立場で携わっています。

綿貫:同じくCGIディレクターの綿貫寛です。もともとキャラクタのモデリングを専門にしていましたが、最近では次第にディレクションの仕事が増えてきました。

宮田:CGアーティストの宮田瑛児です。まだ入社4年目で、主にモデリングを担当しています。素材制作が中心で、ムービー制作は手がけたことがありません。早くそうした仕事も任されるように、日々勉強中です。

CG制作と写真撮影では、同じ映像と言っても水と油という印象もありますが、CGアーティストが写真撮影を学ぶメリットは何でしょうか?

鮫川:大前提として3DCG制作は、現実世界で写真や動画を撮影することと、非常に似ているんです。3DCG空間は一種の箱庭世界です。その中でカメラを設定して、ライティングを行い、レンダリングすることは、現実空間で写真を撮影することと、まったく変わりません。そのため、実際の写真撮影について学ぶことや、カメラでの撮影経験は、CG制作でもとても参考になるんです。

綿貫:日常の仕事でも、デジカメで撮影した写真を、CGモデルのテクスチャに使用するケースが増えています。特に最近では実際の商品や、自然物などをリアルな3DCGで再現することも少なくありません。こういった仕事では、CGアーティストでも写真撮影に対する正しい理解が求められます。

宮田:最近のデジカメは大半の操作がオートで行えますが、常に適正な撮影ができるとは限りません。時にはホワイトバランスや色温度の設定などを、マニュアル(手動)で行う必要があります。いくら撮影後にPhotoshopなどで修正できるといっても、そういった処理 は最小限にした方が、より多くのオリジナルデータを失わずに済みます。

鮫川:もっとも、これまではゲーム機の性能に限界があり、それほどリアルなCGは再現できませんでした。ところが現世代機になってからは、それが一気に必要になってきた感じですね。ゲーム機の性能は今後も向上していくので、CGアーティストに求められる写真撮影のスキルもさらに高まっていくでしょう。

昔から写真撮影の知識や経験があったのでしょうか?

鮫川:いえいえ、記念写真くらいですよ。私の場合、写真素材を使った最初のゲームタイトルは、約10年前に参加したXbox向けのRPGでした。現実の社会が舞台だったので、新宿や六本木などの風景をデジカメで撮影し、それをゲームの世界観に合うように修正して、背景に使ったんです。当時はゲームの背景と言えば、アーティストが2Dの絵を描くのが普通でしたが、徐々に写真を使う頻度が増えていきましたね。

もっとも、当時のデジタル一眼レフカメラは非常に高価だったので、コンパクトデジタルカメラで撮影したんですが、今から考えれば非常にチープな性能しかなくて、撮影は失敗の連続でした。今では当たり前になっている手ぶれ補正機能などもなく、その場では良いと思った写真でも、いざ戻ってチェックしてみると、使い物にならなかった…なんてことが何度もありましたね。他にも観光地で撮影しようと思ったら撮影禁止だったり、カメラのバッテリが切れてしまったり、さまざまな失敗を重ねながら、撮影技術を身につけていきました。

最近の現世代機向けのタイトルなどで、写真撮影の知識や経験が生かされたケースがあれば、教えていただけますか?

鮫川:最近だと、四季折々で移り変わる、リアルな日本庭園をゲーム内で再現しました。その時はモデリング用資料とテクスチャ用素材の収集のため、毎週のように都内の主要な庭園を撮影して回りましたよ。プロのカメラマンさんに同行してもらい、撮影をお願いしながら、さまざまなアドバイスを受けました。最終的には、自分たちだけでも必要な写真を撮影できるようになりました。

同じ松の木が被写体であっても、見て美しい写真の撮影と、ゲーム制作で使いやすい写真の撮影とでは、方法は大きく違います。テクスチャ用途で使う場合は、Photoshopで切り抜きやすいように、植物の後に白色の紙を配置したり、色が映えるように下からレフ板を当てたりして撮影することもありました。カメラの操作だけでなく、撮影のための環境作りも合わせて、習得していきました。

3DCGのテクスチャ用途で使うために撮影された松の葉の写真

撮影した写真をもとに制作されたテクスチャ

天候と時間も重要でした。晴天では不要な影が生じるので、撮影には曇天が良いんです。背景に余計な人や車が写り込まないように、早朝に撮影するのも重要ですね。

綿貫:ゲームの制作現場では、私たちが撮影した写真を参考にしながら、CGアーティストがモデリングをしたり、テクスチャを貼ったりしていきました。CGアーティスト全員が植物に詳しいわけではありませんでしたが、黒松と赤松の細かい色の違いなどの再現が求められました。そのため、一次資料となるデジカメの写真は、できるだけ正確に撮影する必要があったんです。

鮫川:人間の記憶なんて、当てにならないものです。当時は桜の木を嫌というほど撮影したので、花びら、めしべ、おしべの形状などを正確に把握していましたが、今となっては、もうあやふやにしか覚えていません。木の節目の形なども同じです。後から正確に再現できるように、被写体の特徴をしっかりと捉えた写真を撮影しておくことが求められます。インターネットの画像検索エンジンで収集できる写真だけでは、必要な情報を得るには不十分なので、やはりCGアーティストが自分で撮影する必要があるんです。

木の特徴を捉える目的で撮影された写真
(クローズアップショットからフルショットまで、被写体との距離を変えて、何枚も撮影している)

撮影した写真をもとに制作されたテクスチャ

左のテクスチャを貼った3DCGの木

綿貫:一方で、あるWebサービス用のコンテンツ制作では、洋服やスニーカといった実際の商品を、リアルなCGで再現する必要がありました。そのためCGのテクスチャ用に実際の商品を撮影したのですが、カメラマンさんのテクニックに改めて驚かされました。想像以上の数のライトを使い、洋服のシワは専用のスチームアイロンで丁寧に伸ばしてから撮影していました。写真撮影の難しさ、奥深さを思い知らされました。

ムービー制作の場合は、写真撮影や動画撮影の知識や経験がどのように役立ちますか?

鮫川:ムービー制作の最初のステップが「絵コンテ」です。これからムービー制作を学ぶ学生の場合は、市販されている絵コンテを通して監督の意図を読み取ったり、自分で絵コンテを描いたりすることで、ムービー制作のための大きな糧が得られると思います。最近では動画撮影機能がついたデジカメも多いので、「絵コンテ」に沿って、自分で簡単な動画クリップを制作してみるだけでも、良い勉強になりますよ。

また、最近はムービーの作り方も進化しており、多様性を増しています。希なケースではありますが「絵コンテ」を用意しない現場も経験したことがあります。あるバーチャルアイドルのライブ映像では、舞台となるステージやキャラクタをCGモデルで制作し、そのシーン内に配置したカメラを操作しながら、監督が直接演出をつけていきました。つまり、絵コンテを描くことなく、ムービーが制作されたわけです。ハンディカメラの手ぶれ感や、カメラを支えるクレーンのリアルな挙動を、3DCG空間内のカメラでも再現させることで、よりリアリティのある映像が制作できたんです。このような制作において、もしも写真撮影や動画撮影の知識がまったくなければ、監督の行為の意味が理解できないと思います。そうなると、言われたことをするだけのCGアーティストになってしまいます。それでは、クオリティの高い映像を作ることはできないでしょう。

また、アートディレクターなどのポジションでは、監督とCG制作現場の間に立って、情報の橋渡しを行うことが求められる場合もあります。一般的な傾向として、アニメや実写作品の監督は、CGの造詣が深くありません。そのためアニメや実写では簡単にできることが、CGでは非常に大変だったり、その逆だったり、といった食い違いが起きます。たとえば監督から「ここでバーッと戦闘機を3kmくらい飛ばして」なんて言われると、CG制作現場の人間は「3km分の背景モデルは、どうやって用意したらいいんだ」と頭を抱えるわけです。こうした意見の食い違いを解決する上で、実写撮影の知識や経験があると有効ですね。

学生にオススメのカメラはありますか?

鮫川:テクスチャとして使うなら、パースがつかない写真が望ましいですし、マニュアルでの設定がしやすい方が便利です。そうなるとデジタル一眼レフが欲しくなってくるのですが、最初はコンパクトデジカメでも十分だと思います。そこで物足りなさが出てきたら、ステップアップしていけば良いのではないでしょうか。実は私も両方を持っていますが、ほとんどコンパクトデジカメしか使っていないんですよ。

写真撮影を学ぶ上で、参考になる資料があれば教えてください。

鮫川:最近ではインターネット上の情報が充実しているので、「写真撮影」などのキーワードで検索すると、非常にたくさんのWebサイトがヒットしますよ。またカメラメーカの公式サイトでも、さまざまな撮影テクニックの情報が得られるので、チェックすると良いでしょう。

宮田: [digital] LIGHTING & RENDERING」(ボーンデジタル)という、CGアーティストのバイブル的な教科書があり、感銘を受けました。自然な色温度・レンズの絞り・露光時間といった、アナログでの技術解説を踏まえた上で、CG制作の技術も説明されているので、大変勉強になります。学生の皆さんにオススメしたいですね。

最後に、CGを学ぶ学生にアドバイスをお願いします。

宮田:私の場合、専門学校ではCGソフトの使い方を学ぶのが精一杯で、それ以外の余裕はありませんでした。写真を撮り始めたのは仕事を始めてからなんです。今では常にコンパクトデジカメを持ち歩いており、現実世界は全てが素材集だと感じています。学生のうちから写真撮影に触れておいて損はないと思います。

鮫川:私も専門学校でCGソフトを学びましたが、限られた時間では、操作の習得が限界でしたね。前述の通り、徐々に仕事でデジカメが必要になって、操作を覚えていきました。しかし、私が学生だった頃とは違って、今ではデジカメが安価になっているので、宮田君のように常にデジカメを持ち歩く姿勢を学生のうちから身につけて欲しいと思います。

たとえば、いくら綺麗なモデルを作っても、ライティングが下手だと、レンダリングした結果も見劣りしてしまいます。レンダリングソフトの差異などは、吹き飛んでしまうんです。そもそも、レンダリングソフトの違いなんて、カメラでいえばニコンとキヤノンの違いみたいなものです。レンズワークやライティングなど、もっと本質的な部分の知識を習得する必要があるんです。写真撮影がそのきっかけになれば良いですね。