2011/05/11更新

十十(ジット)尹剛志さんインタビュー ~前編 CGとの出会い~

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

尹剛志さん(最後列中央)と、現在籍を置く"VFX工房"十十(ジット)のスタッフ一同。尹さんの左にいるのが、十十代表取締役の定岡雅人さん。

第一線で活躍するクリエイターやエンジニアの方々に、プロとして必要な素養や、それを習得するための学習法を尋ねる本連載。前編に引き続き、新進のVFX工房十十(ジット)にて、CGデザイナーとして活躍する尹 剛志(ゆん たけし)さんのインタビューをお届けしよう。今回は、学生のうちから身に付けておいた方が良い心構えやスキルについて、尹さん自身のキャリアを振り返りながら語っていただいた。

インプットを増やす 〜幅広い知的好奇心が意外なところで役立つ〜

売れっ子CGデザイナーとして活躍中の尹さん。実は、もう少しCGとは関係ないことにも学生の頃から手を出していれば良かったと思っているそうだ。

「若い頃って、余裕がないのでどうしてもCG一辺倒になってしまいがちなんですよね。もちろん、3DCG技術は日進月歩なのでプロになってからもまめに勉強することが欠かせないんですが、それ以上に、人間としての"引き出しの多さ"が仕事を進める上では大事だなと、演出まで担当するプロジェクトが増えてきてからは、改めて痛感しているんですよ」

アイディアのヒントは、何気ない日常生活の中に落ちている場合も多い。それゆえに普段から視野を広くもち、CGや映像表現以外のインプット・ソースも積極的に吸収しておくと、それが意外な局面で役立つのだと言う。特にTVCMやMVのような短期決戦のプロジェクトでは、話が来てから調べ始めるのでは間に合わないこともある。そんな時に真価を発揮するのが"引き出しの多さ"なのだ。

コミュニケーション力を養う 〜月並みだが、それゆえに重要〜

プロになっても知識や技術の自発的な習得は当然必要である。しかし、それと同じぐらい"コミュニケーション力"も重要であることを、学生諸氏は認識しているだろうか? 尹さんは、株式会社オムニバス・ジャパン(以下、OJ)在席時に、面接官として、一緒に仕事をしていく人を探す上で、このコミュニケーション力を重視していたと言う。

「友達の前だとイイ感じで喋れているのに、大人の前に出ると喋れなくなる学生さんをよく見かけますね。特に自分の作品について説明できない学生が多い。恥ずかしいのか、何も考えていないからなのか……。自分の作品についての説明ができないのは、その作品に対して、しっかりと向き合えていないからなんですよ。そうした学生の場合、予め面接向けに用意した答え以外のところをコチラが突くと、急に言葉に詰まってしまいます。まずは自分が作った作品を冷静に見直してみて、そこから見えてきたものを、ちゃんと言葉にして伝えられるようになってほしいですね」

制作物に対する説明責任は、もちろん採用面接に限ったことではない。ビジネスの場におけるアカウンタビリティと言うと大げさに聞こえるかもしれないが、クリエイターの仕事においても、制作物に対する説明責任はしっかりと負わなければならないのだ。クライアントに対するプレゼンテーションや、制作チーム内での意思疎通など、プロの日々は、説明を求められる場面の連続である。自身の制作物に対して責任をもち、目をそらさずにしっかりと向き合うことを学生時代から心掛ければ、大きな武器になるはずだ。  

現在、尹さんが所属している株式会社十十(ジット)のオフィス内観。洗練された内装と解放的な空間が実に魅力的だ。PC本体はデスク近くには置かず、すべてマシンルームに収納しており、スタッフごとに決められた席はない。 「もの作りにおいては、その時々に応じて柔軟な対応が求められます。こうしたオープンな環境にすることで、CGデザイナーやオンライン・エディター、プロデューサーといった職種にこだわらず、好きな時にいつでも気軽にコミュニケーションがとれるので、良いアイディアも生まれやすいんですよ」

スペシャリストになる 〜広く浅くではなく、狭く深く

ひとくちにCG制作と言っても、モデリング、アニメーション、レンダリングといった一連の作業工程から、屋台骨を支えるプログラミングまで、多くの専門知識や技術が要求されることは、学生諸氏も日々痛感しているのではないかと思う。さらに3DCGの技術は日進月歩のため、すべてを極めるのはほぼ不可能と言っても過言ではないだろう。「だからこそ、1つで良いから絶対に他の人に負けないと思える"武器"をもつことが大切」と、尹さんは力説する。すべての技術を平均的に身に付けるぐらいなら、何か1つだけ秀でることを目指した方が、後々強みになるのだと言う。

「周りの人間ともよく話をするのですが、1つの分野を突き詰めた人は、突き詰めるコツを身に付けています。そのため他の分野に移っても、何でも無難にこなす人より、習得期間が短くなる場合が多いのです。このような人は、得意分野を1つに絞る過程で、自分の弱点と、それをカバーする術を把握しています。新しい物事であっても、効率よく対処できるのです。例えば『モデリングなら絶対アイツだよな』と言われるような、突出した武器を1つ身に付けてほしいと思います」

日本の制作現場では、様々な分野に対応できるジェネラリスト的な役回りを求められることが多いのは確かだ。しかし制作現場の状況を詳しく観察すると、実際にはデザイナーの素養や希望に応じて、ゆるやかな分業体制を取っている場合がほとんどである。前編で紹介した通り、尹さんの場合はレイアウト力が武器となっている。学び始めて間もない学生は、自分の可能性を狭めたくないという思いから、様々な分野を学びたいと考えるかもしれない。しかし、1つの分野を習得した後、他の分野を学んだ方が近道となる場合が多い。広く浅く学ぶのではなく、狭く深く学ぶことを心がけてほしい。

1つのアイディアに固執しない 〜作り込んだ作品を否定する勇気をもつ〜

CGを学ぶ学生に限ったことではないが、学校などで課題提出を求められた場合、1つだけ提出する人がほとんどだろう。もちろん競技会やコンテストのように厳格なルールが定められている場合であれば、それに従う必要がある。しかし"絶対的な答えが存在しない"もの作りの現場では、自発的なアレンジは歓迎されることが多い。(言うまでもなく、相手の意向を踏まえていることが大前提だが)特に数の指定がない場合は、自主的に複数の案を提示してプレゼンすることで、結果的に上司やクライアントからの評価が上がり、転じてキャリアアップに繋がる可能性もある。尹さんは、1つの課題に対して2〜3個、いや5〜6個も作品を提出するような学生がいたら、その人は必ず伸びると力説する。

「アーティスト思考が強いと言うか、自分の中から出てきた1つのアイディアに価値をもちすぎる学生が多いように感じます。愛着をもち、ディテールにこだわること自体は否定しませんが、"捨てる勇気"もすごく大切なんですよ。最初の勢いで形作った作品に満足するのではなく、それを否定してみる勇気をもつよう心掛けないと、そこから伸びないんです」

自分が作り込んだ作品を壊したり、修正したりすることに対して、気持ちが消極的になってしまう人は多いだろう。しかし「他にもっと良い表現があるのでは?」と考え、次なる方法を常に探るのが、プロに求められる姿勢なのだろう。加えてプロの制作現場では、オーダー通りに作ることが必ずしも"ベスト"ではない場合も往々にしてある。様々な角度から作品を検証し、別バージョンの可能性も探ってみることで、クライアントのオーダーと自身の作家性を両立できる可能性が高まるのだ。

尹さん流の4つの“心構え”

その1:インプットを増やす
その2:コミュニケーション力を養う
その3:スペシャリストになる
その4:1つのアイディアに固執しない
ここまでで紹介してきた以上4つの"心構え"を、CG・映像業界を目指す学生には身に付けてほしいと尹さんは語った。できるところから、実践してみると良いだろう。