2011/05/11更新

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

転機となった受賞 〜客観的な評価は確かなキャリアアップに繋がる〜

その卓越したレイアウト力やデザインセンスが買われ、プロジェクトによってはディレクションまで手掛ける機会も増えたと言う尹さん。学生諸氏はもちろん、同業者にとっても羨ましい話だと思うが、はたして、どのようなキャリアを経て現在の仕事スタイルを確立したのだろうか?

OJに入社し、実際にプロのCGデザイナーとなってから最初に影響を受けたのが、現在もOJでモーショングラフィック・ディレクターとして活躍中の山本信一さんだったと言う。

「自分ならではの表現を作り、それによって収入を得たいという想いを、多くの人が根本にもっているのではないでしょうか? 山本さんは、僕がプロになって最初に出会った、それを実践している人でした。入社2〜3年目だったと思うのですが、ソニーから山本さんに、ある映像機材展で流すための映像を作ってほしいという依頼がありました。すると山本さんは僕の隣で、曲は誰々に頼んで、それに合う映像を俺がこう作って、ブースではあの機材を使ってこう流す、みたいなやり取りをサラっとやったんですよ。当時の僕はCG作業だけで手一杯だったので、『その気になれば、こんなこともできるんだ!』って、衝撃を受たんです。それからは"どうすれば山本さんみたいになれるのか?"を常に意識しながら仕事をしていました。山本さんと出会えなかったら、今の自分は確実にいなかったでしょうね」

その後も山本さんを目指し、着実にキャリアを重ねた尹さん。1つの転機となったのが、2004年の第8回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の優秀賞を受賞したYKK AP EVOLUTIONのCG制作を手掛けたことだった。

「やっぱり、受賞という客観的な評価を得たことは大きかったですね。僕の人生が変わるきっかけになりました。指名の仕事が増えましたし、CGパートだけでなく、映像全体のディレクションまで任される機会も頂けるようになりましたから。まぁ、その代償として休みは減りましたけど(笑)」

いわばキャリアの転機を引き寄せたわけだが、翌2005年はさらなる飛躍の年となった。三井不動産 芝浦アイランド 3LDKイメージ映像にて、第9回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門の優秀賞を2年連続で受賞という快挙を成し遂げたのである。さらには、ビデオアーティストとしても活動していた前述の山本さんに誘われ、『山本信一と二つの映像個展』というイベントを共同開催するまでに至った。

自分のすぐ近くに目標となる人がいたことは、尹さんにとって幸運なことだったと思う。ただ、このような人との出会いは、尹さんだけに限ったことではないだろう。CG・映像制作は、才能が才能をよぶ実力主義の世界だ。実力を磨く努力を怠らなければ、尹さんのような出会いをよび込むチャンスは、誰にでも巡ってくるのではないだろうか。

謙虚な姿勢と広い視野 〜ディレクションをするようになり、実感したこと〜

クリエイターとよばれる人種は、一般の人とは違う視点をもっていると言われることが多い。しかし尹さんは、自身をいたってノーマルな人間だと表する。

「僕は、どんな依頼でも一所懸命に働ける人間でいたいと思っているので、『そんなのは僕の表現じゃない』みたいなこだわりはないんですよ。アーティスティックな感性が求められる仕事なので、秀でた才能とか、常識から逸脱することを恐れない強さが大事、などと思われがちですけど、"仕事"なんだから『一所懸命やります!』という謙虚な心構えをもつことの方がよほど大事だと、僕は思います」

こうした考えを抱くようになったのは、高校卒業直後に金属加工の仕事をしていたことに加えて、その後の日本電子専門学校時代に、当時カプコンの売れっ子プロデューサーだった稲船敬二さんの特別講演を聴いた経験が大きいそうだ。

「講演の中で、『この仕事は難しくない。誰だって業界に入れますよ』と言われたのですが、そう言いながらも目が笑ってなかったんですよ(笑)。稲船さんは学生の本気度合いを探っていたのではないかと思うんですが、その時に、見た目ほど華やかではないし、大変な仕事なんだろうなと感じ取ることができました。専門学校では、こうした現場のプロによる色々な講演が定期的に催されていたんですが、まめに出るようにしていました。現場を知らない学生にとっては、1つの大きな情報源になると思いますよ」

学生時代に夢見た仕事に就くことができた後も、謙虚さを忘れずにいる尹さん。映像のトータルディレクションを手掛けるようになってからは、広い視野をもつことの大切さも学んだと言う。

「『ユニクロ』のCMシリーズで有名なタナカノリユキさんからは、色々なことを学ばせて頂きました。世の中には、化け物じみた天才がいるんだなと思いました(笑)。一緒に仕事をさせて頂いたソニーエリクソンのauケータイ(W44S)CMのプロジェクトでは、タナカさんがディレクションを手がけられました。タナカさんは常に物事を俯瞰して見ている人なので、僕がCGデザイナーの視点からディテールの辻褄合わせに固執しちゃったりすると、『そうじゃなくて、この表現で大事なのはこっちだよ』といった具合に、映像全体をディレクションする視点に立ち戻らせてくれたんです。実際にアーティストとして活躍されてきているのに、CMという極めて商業的なスタンスが求められる仕事でも確かな結果を出されているのだから本当に尊敬します。『YKK AP EVOLUTION』がきっかけで、より広い視野に立つことを求められる仕事が増えて来て戸惑っていた矢先に、タナカさんと出会えたのは本当にラッキーでした」

ディレクションに限らずプロとして仕事をする上では、予算やスケジュールなど、様々な条件を考慮しつつベストを尽くすことが求められる。つまり、1つの事項に囚われない柔軟な対応力が求められるのだ。

尹さんが参加したプロジェクト:その1 Sony Ericsson W41S『トランスフォーム』篇(2006) 制作:ドアーズ Dir.:尹 剛志 尹さんが得意とする3DCGによるモーショングラフィックスが実に印象的。本作ではCG制作だけでなく、監督も務めた。

尹さんが参加したプロジェクト:その2 Sony Ericsson W44S『TV Mobile debut!』篇(2006) 制作:葵プロモーション Dir.:タナカノリユキ 3DCGで作られた実機をコラージュして、非常に複雑なモーショングラフィックスを実現している。本作を通じて、タナカノリユキ氏から多くのことを学んだそうだ。

大人たちは常に真剣勝負をしている

前編でも述べたが、現在は企業にとっても学生にとっても厳しい時代である。しかし、こうした逆境の先には、あの辛い経験しておいて良かったと思える時が来るはずだと、尹さんは自身の経験を踏まえて語る。

「日々CG技術は高度化しています。HDサイズが当たり前になり、表現の幅は増え、それに合わせて学ぶことも増え続けています。『昔の作り手たちは、自分たちより楽してたんじゃないのか』って、今の学生さんは思っているかもしれません(笑)。だけど、君たちが思っている以上に、大人たちは常に真剣勝負をしているぞ。だから遠慮なく全力で挑んで来い。業界自体を変えてやるんだという気持ちで来いと、機会があれば積極的に伝えていきたいですね」

昨今、日本のCG・映像業界は、アジアを始めとする諸外国のプロダクションに押され気味の状況が続いている。しかし、個人レベルでの実力は決してハリウッドにひけを取らないと、尹さんのような第一線で活躍する多くのクリエイターやエンジニアが語っているのもまた事実だ。ぜひ、現場にいる人たちにはよりいっそうの奮起を期待しつつ、この業界を目指す学生たちがさらに増えていくことを願っている。

尹さんが参加したプロジェクト:その3 佐川急便 企業CM『ビジネスに染まる』篇(2010) 制作:ロボット Dir.:新井風愉 昨年手掛けた佐川急便の企業CM。尹さんは要となるトラック車体側面のモーショングラフィックスを担当した。