2012/01/25更新

取材・編集協力/CGWORLD.jp リポーター/宮田悠輔 写真/弘田充

プロになるための戦略的アプローチ

プロになるためには戦略が大事と話す元生さんだが、その戦略を立てる上で、実際にどのようなことを行ったのだろうか?ポイントとして、“卒業制作(卒制)”があげられる。

「就職の成否は、すべて卒制にかかっていると考えていました。だからデジハリに入った直後、傾向と対策を練るためにライブラリにあった過去の卒制の映像作品を時間の許す限り見ましたね。そのうちに何が良くて何が悪いかという傾向が見えてきたので、それを1つ1つ潰していく感じで、自分の卒制に反映させていきました」

戦略的アプローチを実行するための情報収集ともいえるこの分析には、前職での経験が大いに反映されていたようだ。そして元生さんは、以下の分析結果を導き出した。

【1】「長い作品は罪」
【2】「To be continuedで終わるのは恥」
【3】「作家性アピール系と、物語を伝えたい系は良い作品が少ない」
【4】「カメラのレンズ設定がデフォルトのままの作品が多い」
【5】「苦手なものを出す必要はない」
【6】「尺よりカット数を稼ぐ」
【7】「就職したいなら1人で作るのが良い」
【8】「テンポの遅い作品が多い。2倍速にしても遅いくらい」

誤解のないように補足しておくが、これはあくまでプロダクションが採用したい人材という観点から、当時の元生さんが個人的に作品制作の方向性を導き出したものであり、コンペなどで賞を取ることを目的としたものではない。

「採用側は、学生の卒制を見て感動したいとは思っていないだろうと予測を立てました。判断基準は、上手いか下手かです。わかりやすく表現すれば、下手な人間は入社させないだろうということです。作家性や物語性に縛られてオチまで必要になるような作品は、制作の工数が増えるのでプランから排除しました。加えて、奇をてらう表現は実力を正確に評価し辛いでしょうから、避けるよう気を配りました」

目的はあくまでも採用側に自分の実力を正しく評価してもらうことであり、そこからブレるような試みはしないという方針が、この時点で設定されていたといえるだろう。これらを踏まえ、元生さんは自らをプロの現場へと送り込むための卒業制作に着手し始めた。

「授業以外の時間は自習室に籠り、チュートリアルをベースにMayaを操作しながら色々と学んでいきました。それと、当時はDTPのアルバイトもやっていました。授業のない日は昼にアルバイトを入れて、夜は学校に行って自習するという生活でしたね」

元生さんのすべての行動は、CG業界でプロになるという1つの目的に集約されていた。もちろん、こうした意識は、卒制への技術的な取り組みにも影響を与えていた。

プロに見せることを意識した制作手法

自分をプロの世界へ売り込むための戦略的な方針をベースに、元生さんは走っているバイクのCGアニメーションの卒制を完成させた。

「自分ができる範囲で、最高のモノを作ろうと思いました。例えばバイクのモデリングでは、鑑賞者に見せる片側だけを集中的に作り込むといった工夫をしました。不必要な部分にデータや手間を割くことを省き、代わりに見える部分には通常の倍の手間を掛けて作ったので、その分クオリティアップにつながったと思います」

見える部分のクオリティアップに注力する。この方針が徹底された結果、ライダーのズボンの裾のはためき、バイクの写り込み、カメラのレンズ設定など、視聴者の100人に1人しか気付かない、けれどもプロの目にはしっかり留まる、さり気ないこだわりや、緻密なディテール表現が詰め込まれた作品が仕上がった。そして、この卒制がDFのスタッフに評価され、採用にいたったそうだ。

「今でも当時のことはよく覚えています。デジハリにDFから電話がかかってきて、ちょっと面接に来てもらえないかといわれました。面接後は早々に採用が決まり、トントン拍子に話が進んでいきましたね。就活用に頑張ってポートフォリオも作っていたんですが、結局それを使うことはなかったです」

学生時代は、つい作品内のすべての要素を作り込みたい衝動に駆られてしまうものだ。しかし元生さんは数多くの卒制を冷静に分析することで、自分の目的を達成するための傾向と対策を導き出し、本当に必要なことだけを確実に実践していった。この行動は、就職活動に対する戦略的アプローチのよい手本といえるだろう。

元生さんが制作した、走っているバイクのCGアニメーションのスクリーンショット。数多くの卒制を見て分析を重ね、自分の実力を正確に評価してもらうための工夫を戦略的に盛り込んだ作品に仕上げられた。このムービーがきっかけとなり、デジタル・フロンティアへの就職が決まった。

「自己分析や客観視っていうのは重要なポイントだと思います。そのあたりは氷河期といわれる時代に行った就職活動で身に付けたことでもありますね」

元生さんの時代と同様、現在も学生にとっては厳しい時代である。しかし、自らを客観視することを忘れず、自分が立てた目的を達成するためには、何が必要で何が不必要なのかを冷静に分析できれば、そこから先の道は大きく変わってくるはずだ。

また、何もこれは就職活動に限った話ではない。作家を目指す、コンペで賞を取る、学生のうちから仕事をするなどの目標をもった人達も、自分のことに置き換えて、ぜひ考えてもらえればと思う。

デジタル・フロンティア 元生晃司さん 〜後編 3年やれば“自分”というものが見えてくる〜