大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.21 Second Life と最先端CG 〜次世代デジタルクリエイティブの発展〜

「ゼロ」という名前に込められた意味

船戸氏「『想像と表現を結ぶ時間差をゼロにしたい』という意味があります。クオリティの高いものをできるだけ短時間(ゼロに近い時間)で出していきたいということです。
また、CGというもの自体が『色即是空』 “中身があるようでない”ものです。そういったニュアンスも全部ひっくるめて『ZERRO』と。
通常プロダクションというと、来た仕事を請け負うのがメインになりますが、そればかりではなく、自分たちでゼロからつくり上げた新しい表現を発信していきたいと考えています」

4K(4096x2160 pixel)と呼ばれる次世代のCGを追求し、一方で、世界中でユーザー数が600万人とも言われる話題の仮想世界、Second Lifeのコンテンツ製作を次々に手がけている、CGアニメーション・VFX制作プロダクションの株式会社ゼロ・イメージワークス。

代表の船戸賢一氏は、以前はデジタルカメラなど、ハードウェアのデザインをメインに、Webデザインや3DCGのキャラクターデザインなどを担当する、プロダクトデザイナーだったという異色の経歴の持ち主。

きっかけはタイミング

仕事とは別に個人的に行っていた映像やデジタルコンテンツ制作を学ぶため、2003年にデジタルハリウッドのVFXコースを専攻する。卒業のタイミングで大学院が設立されることになり、制作スキルを高めることはもちろん、現場のことについてももっと学びたいと考えたのがきっかけで大学院へ進むことになる。同校には、いろんな業界の変わった人たちが集まってきており、これが起業後の重要なネットワークとなっていく。

卒業後1年間は、会社に勤めながら葉加瀬太郎氏らミュージシャンとのコラボレーションDVD作品『Bloom』の制作に没頭。そのプロジェクトが終了する際に、今後も制作を続けていきたいという思いが強くなり、起業を決意する。
デジタルハリウッド・エンタテインメント(株)がCG部門設立を検討していたタイミングでもあり 、いよいよゼロ・イメージワークスが誕生する。

最初の大仕事『アキハバラ@DEEP』で現場感覚を磨く

起業してすぐに、石田衣良原作の人気小説を映画化した『アキハバラ@DEEP』の映像効果(VFXスーパーバイザー)を担当することになる。いきなりの2時間映画にも関わらず、5月に仕事のオファーを受け、6〜7月にかけて撮影と同時にCG制作を行うというハードスケジュールの中、スタッフや制作環境を整えていった。 「とにかく時間がなかったですね。よく無事に終わったなって思います(笑)」

アキハバラ@DEEPアキハバラ@DEEP

アキハバラの街をフルCGで制作するシーンもあったが、メインは実写合成で、現場にマシンを持ち込んでは作業を行い、その場で監督のチェックを受けるという作業もありました。重要な仕事もやらせていただきました。ロゴやキャラクターのデザイン、これまでにやってきたグラフィックの経験を活かすことができました」    

世界最高峰のCG表現技術を日本へ

2006年10月より、デジタルハリウッド大学大学院と参画企業らによるNCG(=New generation CG)プロジェクト(「次世代超高精細度映像のためのCG映像制作環境の研究」)に参加している。
本プロジェクトは、次世代の標準フォーマットとして提唱されている「4K」(ハイビジョンの4倍の解像度)での表現を可能にするための、新たな環境を構築するのが目的だ。
文部科学省にも採択され、将来的には映画製作の現場などで使用することを念頭に置き、大規模な開発を進めている。簡単に言うと、ハリウッド映画(たとえば「ロード・オブ・ザ・リング」など)に見られるような、驚異的なクオリティを誇るCGによる群衆シーンを日本でも製作できるようにする、ということだ。

2分間に1年半をかける

日本発、初の超高精細度CGのテーマは「関ヶ原の戦い」。15万もの兵士が戦いを繰り広げたというあの関ヶ原だ。
大規模群集シミュレーションツールや、分散コンピューティングを利用可能にするレンダリングソフトウェアの開発を行うためには、とにかく人・人・人……のシーンが必要だった。
ZERROは、このプロジェクトの映像制作部分を担当しているが、なんとその製作に1年半程かかるのだという。日本のCG映像制作の発展を担う重要なプロジェクトに関わりつつも、「2分のトレーラーといっても、とにかく単純にボリュームがあるので大変です。
このプロジェクト専任のスタッフたちがおり、制作にあたってもらっています。来年3月には研究発表を行うため、実質的には今年いっぱいの作業になります」と気負いは感じられない。

「2K(2048x1080pixel)という現状の映画フォーマットではフィルムにはかなわない部分があるんですよ。そこで、4K(4096x2160 pixel)ではフィルムの表現力にどこまで迫ることができるかという挑戦をしているんです」と、同プロジェクトの戦いはまだまだつづく。

Second Lifeでは、制約を逆にいかすという発送

Second Life今話題の Second Life(以下、SL)は、米Linden Lab社が運営するインターネット上の仮想世界のこと。
船戸氏が「3Dツール付きの仮想世界」と簡単に説明してくれたように住民(ユーザー)はSL内に用意された3Dツールで建物や洋服、家具などを作成し、所有または販売 することができる。ここではSLについての詳しい説明は割愛し、まずSL内でのコンテンツ制作について聞いた。

「初歩的な技術でつくることが可能です。今のところ他の3Dソフトでつくったデータの持ち込みはできません。テクスチャなどの素材はアップできますが、あとはこの中でつくるしかない。それがおもしろいところでもあるんですが、Second Lifeハードルとなっているところでもありますね。
もし外部の3Dデータの持ち込みが可能になれば、企業なども参入するんでしょうけれど」 サーバの負荷を軽減するために最小限のパーツでできているのだと、イスなどを見せていただいたが、確かに、プリムという基本形状の組み合わせに、外部からインポートしたテクスチャを貼り込んで質感を演出しているだけだ。
3Dツールとしてはかなり限定された機能しかないので、それほど敷居は高くなく、あとはモチベーション次第だという。制限されればされるほど、重要となってくるのはデザイン力や発想力で、「なぜPS3よりもWiiが売れているか、ということと通じるものがあると思います」と、船戸氏は“アイデア勝負の面白さ”をこう分析した。

制作者、企業、そしてユーザー

現在、船戸氏が携わるコンテンツはいくつかあるが、その中から1つ紹介しておく。宙に浮くスペースコロニーのような形状。
この春、六本木の東京ミッドタウン内にオープンした「d-labo(夢研究所)」を模しており、併設された「夢」や「お金」にまつわる書籍を揃えたブックコーナーやカフェなども再現されている。
実際に行った人であればそのリアルな空間をより楽しむことができるし、まだ訪れたことがない人に対しては会場への興味を喚起することができるだろう。リアルとバーチャルを連動させた、ブランディングコンテンツだ。
現状、国内ではまだまだ好例は少ないが、それでもSL内にコンテンツを持ちたいと考える企業は増えているという。

船戸氏ただし、船戸氏は大きな問題点も指摘する。「ユーザーが増えているようであまり増えてない」ということ。日本語版は今年中にリリースされる予定だが、障害となっているのはどうやら言葉だけではないようだ。
「多くのユーザーはとても受動的で、テレビのように一方的に与えられるものだと思っている。つまり、何をしたら面白いのか、ということがまだわかっていない。今後は、SLと現実世界とをつなぐコンテンツをつくっていかなければならないでしょう。
僕たちがやるべきところはそこだと思います。 現在製作中の案件ですが、SLの画面キャプチャを編集してムービーで見せるというアイデアを使っています。ムービーにすることで、静止画だけを見せるよりも何ができるかよくわかる。『何ができるのか』をいかにして伝えるかが大事で、そこの橋渡しをしている人が少ない。SNSや、SL内でだけでやっている方はいますが、中から発信しても外には伝わりにくいんです」

SLは今後どうなっていくのか、また私たちはどう使っていくべきかを聞いてみた。

「今後はインターネットブラウザと同等になると思います。つまり、ブラウザの1つとして浸透していけばよいのではないでしょうか。ただし、その中で何をやるかは、Webでできることとまったく違う為、特にクリエイターであれば、自分の表現媒体としてどう考えていくかが大事です」

ネットワークをつくるにも作品ありき

もう1つ、事業内容として掲げられているインキュベーションについては、「これからいろんな人たちがCGを発展させていってくれると思いますが、そういう人たちがここに集まって、何かものをつくる力をつけていってくれたらいいですね」と語るが、社員とプロジェクトごとの専任スタッフが混在している同社の制作環境は、若手が実務経験を積めるいい機会となっている。 NCGプロジェクトやSLコンテンツ製作では、それなりにスキルのある人が必要となるが、今いるスタッフの多くは船戸氏がデジハリ時代に築き上げた人脈によって見つけてきた人材だ。卒業して、制作会社などで実務経験を積んだ後に同社へたどり着くケースが多いというが、やはりネットワークの重要性を実感するという。

東京にいる人たちにくらべて地方在住者は仕事のチャンスが少ないように思えるが、という質問に対しては「今年ちょうど某クラシック音楽アニメの楽器CG制作に関わったのですが、モデリングの担当の方は札幌在住で、実際には一度も会いませんでした」とそんな不安を払拭してくれた。とはいえ、その人も社のネットワークによって仕事を依頼することになったのだというから、では、パイプのない人はどうしたらいいのだろうか。

「もっと作品を見せたり、自分から売り込んだりした方がいいでしょうね。 スキルを見せていただければ、こちらからもこういう可能性があるというお話ができ、何か新しいものが一緒に生み出せるかもしれないですし」

ひたすら制作し、何かを見つけること

DIGITAL FRONTIER GRAND PRIX船戸氏は、母校の優秀作品発表会「DIGITAL FRONTIER GRAND PRIX」などにも足を運び、自らの目で学生たちのスキルを見極める。 「クオリティが高いですよ。腕のいい人はすぐどっかに持っていかれちゃいますからね(苦笑)」と、まるでプロ野球のスカウトさながらだ。

では、船戸氏が求める人材とはどのような人なのだろうか。クリエイターにも制作スキルに加えてディレクション能力が必要かと聞くと、「それは徐々に身につけていけばいいと思います。まずは自分の作風なり、やりたいことをみつけ、とにかく作って、得意なものを何か1つ持ててからですね。ただ、私もそうですが、制作に入るとついのめり込んでしまって、少しひいた目線を失いがちです。そこは意識して全体を見渡し、その中で今、自分が何をやっているのかを考えながら進めていけば、自然にディレクション能力が身についていくと思います」

一方で世界レベルの高精細CGを追求する技術を持ちながら、他方ではメディアの特性を生かしてシンプルなアイデアで勝負する。その両方を併せ持つことが、頭を柔軟に保ち、新しいクリエイティブが生まれてくる秘訣なのかもしれない。

 

[Vol.20] 博報堂のDNAを引き継ぐクリエイティビティの高いWeb制作
[Vol.19] 大ヒットの話題作
『デスノート』のCGを制作
[Vol.18] 産学連携により、学生や研究者に夢を与えながら地域を活性
[Vol.17] 次世代コミュニケーションテクノロジーの創出
[Vol.16] 医学と工学の高度な融合をめざして
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[Vol.14] 札幌から発信する独自の3DCG開発ノウハウ
[Vol.13] 5000万アクセスの超ヒットゲーム
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[Vol.11] 柔軟な研究姿勢がテーマの広がりをもたらす「地球統計学」からモーションデータ利用の新手法
[Vol.10] 「自動車のデザイン開発における映像プレゼンテーションの役割」
[Vol.9] 映画「HINOKIO」で、子供たちが未来に飛翔する勇気を与えたい。
[Vol.8] 人と人との新しい出会いと深いつながりを求めて。
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[Vol.6] 質感を見て、触って、脳で感じる。日本発の感性情報技術を
[Vol.5] 「CGをコミュニケーションツールに」インタフェース研究でCGに新たな可能性
[Vol.4] SIGGRAPH2005特集
[Vol.3] 公平で円滑なデジタルコンテンツの流通をめざして。
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[Vol.1] 人間の個性や人間らしさをデジタルでサイエンスする。
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