大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.18 産学連携により、学生や研究者に夢を与えながら地域を活性

香川で『動的画像処理実利用化ワークショップ』を開催。

 国立大学の独立法人化により、全国の旧国立大学はそれぞれの特色を活かした教育研究が強く求められるようになった。とくに地方大学では、地元自治体や企業と連携したその地域ならではの研究や地域活性化への貢献が大いに期待されている。
そうした中、社団法人精密工学会が主催、香川大学工学部等が共催する『動的画像処理実利用化ワークショップ2005』(略称:ダイアワークショップ=DIA-WS)が昨年の春に香川県高松市の『e-とぴあ・かがわ』で開催され、成功裡に終了した。
 このダイアワークショップは、刻々と変化する社会現象や問題に対応して、新しい市場を開拓するために必要な画像の取得、圧縮、蓄積、処理技術を産学官で共有しようというもの。
毎年1回、共催の大学を変えて開催されている。そして、今回の実行委員長として取りまとめられたのが知能機械システム工学科自律制御工学講座・石井研究室の石井教授である。

 石井教授は「香川県は県民の貯金率が日本一という手堅い風土で、技術投資などにはあまり前向きではありません。また、理系ばなれもやはり顕著で理数科がある高校は2校だけです。その意識を少しでも改革したいと思い、ダイアワークショップ開催に名乗りを挙げたわけです。画像関連は産学連携がしやすく、また学生に夢を与えられるものですから・・・。
会場も、一昨年にオープンした香川における情報化時代の発信拠点『e-とぴあ・かがわ』を選びました。地域のニーズである『安心/安全で快適な街づくり』と『競争力のある人材の育成』の二つのテーマを掲げ、交通安全予防と個人識別などのセキュリティ技術、ものづくりに夢中になれるような若者の育成や女性研究者・技術者の社会進出について紹介したり討論しました」と香川におけるワークショップの意義を語られる。

理数科高校生による讃岐うどんに関するミニ講演が評判となる。

ワークショップでは、交通安全予防、男女共同参画、若手研究者といったセッションが用意され、画像処理技術に関するさまざまな講演やパネル討論、展示デモなどが行われた。
 「ユニークなのは『食のおいしさ』というセッションも設けたことです。
香川といえば、やはり讃岐うどん。香川県産業技術センターの方に、県産小麦を使った讃岐うどんの取り組みを紹介してもらったほか、香川県立三本松高校理数科の生徒に『しられざるうどんの神秘』という特別ミニ講演をしてもらいました。
学会に高校生を呼ぶことなんて、ほとんどないことです。その講演内容も素晴らしいものでした。懇親会も"さぬきうどんの夕べ" と題し、うどんを振る舞いましたので県外から来られた研究者や技術者の方には大好評でした。ワークショップを通じて若手研究者や女性研究者の交流が深まり、また、技術交流広場では、地元をはじめとする企業20数社に機器展示をしていただけましたので、産学官の連携に大いに役立ちました」と石井教授はその成果を語られた。

熱錬作業者の眼力に頼っていた 製品の欠陥発見 を自動で検出。

 材料強度、非破壊検査、画像処理を専門とする石井研究室では、工業製品の外観検査の自動化、既存構造物の劣化診断技術、動画像処理応用、スキーと雪との摩擦などの研究や開発を行っている。企業との共同研究もある。
たとえば、工業製品の外観検査の自動化として、自動車ボディの塗装欠陥を自動検出する研究がある。自動車ボディの塗装は通常3〜4回行われ、その度ごとに作業員がブツとかハジキと呼ばれる大きさが数百ミクロン程度の小さな凹凸の欠陥を見つけ出して補修するという大変緻密な作業が行われている。これを線状の移動光源を利用してアクティブに欠陥検出を行うものだ。
石井教授は「製品が狙い通りに出来ているか。その品質保証に関する画像検査技術の研究をしています。従来は熟練作業者に頼らずに負えなかった製品の外観検査を自動化することで、作業の効率化とともに優れた品質管理を実現しようというものです。検出対象の欠陥についてはその生成原因や画像としての特徴を分析したうえで、自動化のための実験システムや、そのシステムを効率的かつ確実に運用するための画像処理手法の提案を行っています。プロジェクションテレビの表示面のむらの欠陥や赤外線サーモグラフィで表面直下の内部欠陥の検出なども行っています。」         

地元の食品メーカーに協力して、連携型インターシップを実施。

石井研究室では、香川大学地域開発共同研究センターと協力して地元企業からの技術相談にも応えている。小豆島で佃煮を製造販売する企業からは混入異物の除去に関する相談があった。そこで、定量評価による混入異物の把握を主な作業とした企業との連携型インターンシップを実施。
香川大学工学部3年生5人が10日間の製造現場での調査活動を行い、製造工程の社員向けの教育映像と地場産業の紹介のためのホームページ制作を行った。
 
石井教授は「混入異物は食品製造に関わる企業にとってはまさに切実な問題です。企業での現場実習は10日間でしたが,その前後や研修中にも大学で指導を行い、制作を進めましたので、予想以上の良い成果を挙げることができ企業からは高い評価を得ました。
今後もこうした地域連携に積極的に取り組んでいこうと思います」と語り、「学生や指導の先生方が夢を追いかけられる環境づくりをこれからもしていきたいですね。プロデューサーとしての立場から活動力のある先生方の研究を応援していきたいと思います」と抱負を述べられた。

人間の五感による認識からアプローチし、もっと人間を知る研究へ。

 知能機械システム工学科で石井研究室と同様の自律制御工学講座・澤田研究室では、制御工学や情報工学、ロボティクス、福祉工学、ヒューマンインターフェースなどを専門とする澤田助教授のもと、「画像と音声」「インタラクション」をキーに、人と機械・システムを結ぶ技術を研究している。
たとえば「発話ロボット」は、人間のように発話手法を学習して声まねをするロボット。
発話動作を行う器官をエアポンプ、人工声帯、声道共鳴管などを用いて機械的に構成し、コンピュータによる聴覚フィードバック制御によって自らが音声を獲得し、生成できるようにしたものだ。また、福祉の観点から、脳性まひ患者や喉頭摘出患者の不明瞭な音声を明瞭化するディジタルフィルタリングの研究や、視覚障害者のために楽譜の自動点訳システムを核とした音楽学習・制作のソフト開発なども行っている。


 澤田助教授は「聴覚は人間の五感の中で、視覚以上にごまかしがきかない部分があり、高度な処理技術が求められます。
私の研究室では、人間中心のシステム、人間支援技術、次世代インタフェースの3つが融合したものをめざしています。人間が五感を用いて外界や対象をどう認識しているのかという視覚・聴覚・触覚・力覚を通した人間のモダリティを研究しています」と語られ、「たとえば、ジェスチャは言葉では表現しにくい感情や意志、意向などの感性的であいまいな情報を伝えられ、手話やスキューバダイビングなどでは言語情報の伝達にも使われます。 私達は、単に手話やジェスチャの認識だけでなく、そこに込められた感情や意志、誰のジェスチャなのかという個人性までを抽出する研究を進めています。
また、3段のアームで保持された液晶ディスプレイに小型カメラを装備した『直感モニタ』という新しいモニタデバイスを開発し、ジェスチャ・力覚・視線・表情によって本人の意思や意向をモニタを通してコンピュータに伝えられるようにしました。これにより、たとえば高齢者や障害者の方がベッドに居ながら家族とコミュニケーションしたり、カメラが捉えている屋外の風景をディスプレイで見ながら屋外散歩を体感できます。このように、人間の認識機構をエンジニアリングと物理学的視点からアプローチして、もっと人間を知るという研究を続けていきたいですね」と研究への意欲を語られた。

人に役立つロボットの構築で、 エレガントな工学 を実現。

 同じく自律制御工学講座の煖エ助教授は、システム制御とマシンビジョンが専門。煖エ研究室では、移動物体への追従制御や移動ロボットの自律制御、画像情報に基づく移動物体の検出、カメラ画像を用いた3次元形状計測を研究している。
 たとえば、移動物体への追従制御では、クレーンの作業半径計測をロボットにより自動化した研究がある。クレーンの作業半径を正確に知ることは現場の状況に応じた作業の効率化と安全性確保のために重要なことで、これまでは人手によって計測していた。そこで、ズームレンズ付のCCDカメラとレーザー距離計などを装備したロボットを開発。

 煖エ助教授は「これまでは人が計測していましたので、その分の人件費がかかり、計測時間による作業ロスなども発生していました。このロボットによる自動計測では、クレーンフックにある種のマークを付けることで運動推定による追従制御をしています。カメラが映したマークを画像処理することで明確にマークの位置とレーザー距離計による位置を3次元座標上の奥行き情報にして、運転席の画面に表示 することを可能としました。これによってクレーンのオペレータがリアルタイムでより正確な作業半径を把握することが 可能になります」と語られる。


 また,研究テーマの一つである「画像情報に基づく移動物体の検出」では、カメラが移動物体を追跡して3次元グラフィックで表示する。
煖エ助教授は「この研究はたとえば原子力発電所で危険なエリアに人が立ち入ったりした場合や、ATMのセキュリティ、パーキングでの不正駐車のチェックなどに応用できます。連続撮影した画像群を用いることで出現した移動物体を検出し、それぞれの場所の背景画像の変化を考慮して、出現物体や移動物体を判別するわけです」と語られたうえで、「このような『制御と画像』、とくに視覚化の『ビジュアル』は理学と工学の真ん中に位置するものです。数学系出身の私としては、数学のエレガントさを工学に合体して、"エレガントな工学"をめざしたいと思っています。そういう意味でロボット研究は楽しい分野で、人に役立つロボットの構築をしたいですね」と抱負を語られた。
 
「夢を追い求める環境づくり」に心を注がれる石井教授、「もっと人を知るためのエンジニアリング」をめざす澤田助教授、「エレガントな工学」を実現したい煖エ助教授。夢や抱負はそれぞれ広がり、まだ設立10年に満たない香川大学工学部の新しい息吹が感じられた。

好奇心をもって、自分から動き、自分の言葉で語りたい。
 これからの学生に期待するものとして石井教授は「学生には夢を語ってもらいたいのですが、どうも現実の真ん中で考える傾向が強く、なかなか夢を形成していません。受け身の状態を変え、まず自分から動くということをやってもらいたいですね」と語られ、澤田助教授はただ一言「好奇心を大切にして、人生を愉しむ」。煖エ助教授は「ロボットにならず、自分のことを自分の言葉で表現し、よく考えるようにしてもらいたいです」と締めくくられた。

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