大学・企業現場リポート ディジタル最前線

Vol.13 5000万アクセスの超ヒットゲーム『CRIMSON ROOM』を制作

コピーライターからデジタルクリエイターへ変身

高木敏光氏「あ、この赤い部屋のゲーム、やったことある」、「そう、なかなか脱出できないんだよね」。ネットの掲示板サイトなどを通じて、いつのまにかやってしまった人も多いといわれる、赤い部屋からの脱出ゲーム『CRIMSON ROOM』。2004年4月にアップされて以来、ほぼ1年半で世界中から驚異的な5000万アクセスを数えるという超人気のWebゲームだ。これを一人で開発・制作したのが、Director使いの巨匠ともいわれる高木敏光氏である。

高木氏は早稲田大学を卒業後、アルバイト生活を続けながら小説家を目指すが挫折。故郷の北海道に帰り、1991年に、当時設立したての札幌のデジタルコンテンツ会社(株)データクラフトにコピーライターとして入社した。ところが突然に、千葉幕張の気象情報のウェザーニューズ社への出向辞令。
「それまでキヤノン01ショップやMacの広告、販売促進などを行っていたんですが、いきなりお天気マークを作れ、といわれて・・・。プログラマーの勉強はしたことがないし、大学で美術論は専攻していましたがデザインの基礎教育も受けていません。ほんと、どうなるかと思いましたよ。当時は200万円位したMacintosh II FXというパソコンを与えられて、まずはそれを触ることから始めました。その中にDirectorというソフトが入っていたんです。当時は、英語のマニュアルしかなかったので、最初は画像データベースだと思って使っていたんです。そのうちにレイヤー機能が使えることがわかり、これでアニメーションがつくれるんじゃないかと気がついたんです。セル画調アニメも劇映画もこれで作れる!大発見だと思いましたね。そこからDirectorにはまりました」と高木氏。

その後、やわらかいものを表現できるドット絵にもめざめた高木氏は、出向を終えてから、Directorのビットマップベースを主に使って「一日一ムビ」、毎日一つのムービーを作ることを目標にしていった。そんな時、米国マクロメディア社がSockwaveのプラグインに成功。1994年10月に高木氏が作った「キューピーショット1000号」は、ネットワーク上で世界で初めて動いたゲームとして記念すべきものとなった。
ゲームづくりはさらに加速していく。高木氏は「まさに猿のように作りました。他社が40万円程度で企業に売るゲームを、わが社は100万、200万円で売ることができました。高い金額が得られたのは、動画も音楽もすべて自分の手の中でできたものだから、という自負がありました」と当時を振り返る。

アートか、ビジネス利益かのジレンマの中から

売れるゲームづくりの一方で、筆ペンタッチのムービーや女性のヌード写真にタネと肥料をコラージュしたもの、多くのカエルが飛び跳ねていく小さなムービー、自画像ジグソーなど、その折々に発売された動画ソフトや3DCGソフトなどを使って実験的なムービーやアーティスティックな小品を数多く作っていった。それがやがて、アートかビジネス利益かの決断を会社から迫られることになる。

「まさに自分が作ったコンテンツ『ソクラテスの弁明』のような気持ち。いつまでもモノづくりをしたいと思っていましたから、よし、絶対にヒットするゲームを作ってやる!と決心して作ったのが『CRIMSON ROOM』です」。プラズマというソフトを使い、モデリングに3日、スクリプティングに3日、仕上げに1日とわずか10日間足らずで制作。「意気込んで会社のサイトの"TAKAGISM"のトップに載せ、解けたらメールを送って、とメッセージしました。最初の1週間はパラパラと反応が数10通。この程度かと落ち込んでいたんです。するとほぼ1週間後の土曜夜にメールをチェックしたら、外国人から150通位の大量のメールが届いていました。その5分後に100通、1時間たったら1000通に達しました。いずれも"Great!"とか"Fantastic!"、"Your puzzle is very challenging"とかあって、やった〜!と思いましたね」。

まずオランダのゲーム紹介で有名なブログが火をつけ、ベルギーに飛び火。ドイツ、フランス、スペイン、ポルトガルへと伝わり、海を横断してモロッコへ。さらに世界地図の西回りでブラジル、コロンビアへと伝わり、北上してニューヨークへ、サンフランシスコへ。太平洋を渡ってオーストラリアから東京へ。まさに土曜から日曜にかけての一晩でゲームが地球1周をした。そのフィーバーぶりはブラジルの新聞でも取り上げられたという。
「これぞコンテンツの勝利」、「一晩で世界1周のゲーム」と意気揚々と翌日に出社すると、システムの担当者が飛んできた。大量のアクセスで会社のサーバが落ちてしまったのである。以後、『CRIMZON ROOM』に関しては自分でサーバを持つことが余儀なくされた。これが、サラリーマン・クリエイターをやめて独立するきっかけにもなったという。

ディテールに神は宿る

『CRIMSON ROOM』は、閉じ込められた部屋の中をクリックしていき、探し出したアイテムをヒントに脱出をはかるという極めてシンプルなゲーム。シンプルなのに解くのが難しく、それが人気の理由にもなっている。解けない人のために「攻略ゲット」も用意されている。高木氏は『CRIMSON ROOM』の続編として、緑の部屋から脱出するゲーム『VIRIDIAN ROOM』を制作。こちらは1ヶ月半で制作し、もちろんプログラミングも音楽もご自身の手によるもの。その攻略法などが掲示板サイトで盛んに交わされているという。

高木氏のホームページ『TAKAGISM』には、これらのゲームのほか「ランニン・ヌード」、「ワニ交差点」、「アモジャン」、「輪廻転生」、「透明床屋」、「初恋の人」「キューティー・エイリアン」、「北の湖にて」などタイトルを見ているだけでも楽しいコンテンツがいっぱいコラージュされている。そのいずれもが、ちょっと不思議でユーモアにあふれ、新しい表現のものでもなぜか懐かしく、温かい。
アーティストという肩書きではなく職人にこだわりたいという気持ちで、自分の創作への思いを網羅した著書のタイトルを『高木工務店』とした高木氏は、「いまはリアルタイムレンダリングもできるようになったし、スクリプトができ3DCGができれば、誰もが私のコンテンツのようなものを作れます。でも、『CRIMSON ROOM』の類似作も出てきましたが、ディテールのところで違いが出ます。『CRIMSON ROOM』ではゲームをクリアーしていくと重要なところで動画の"踊る男"が登場します。これは実はリビングルームで自分が楽しく踊っているのを撮影して取り込んだもの。ディテールに神が宿る、という言葉がありますが、この"踊る男"のようなちょっとした自分らしさ、独創性がある限り類似作には負けない、と思いました。こうした手作りの感じ、自分らしさ、手垢を感じる部分を大切にして、これからも創作していきたいですね」と語られた。

動力に直結する大きな歯車に

クリエイターを目指している人に向けて高木氏は「組織で制作する以上、ある程度歯車として組み込まれるのはしようがないと思います。ただ、動力に直結するいちばん大きな歯車になるように目指してもらいたいですね。動力に近いほど、自分らしさを生かせる、手垢が感じられる部分です。アニメーションでも、やはり原画を描く人がいちばん重要です。こぎれいにまとめようというのではなく、そこから生まれる独創性や温かみが大切です。生活感があり、手垢や体臭を感じられること。それが15年間のクリエイター生活での印象です。『キューピーショット1000号』をなぜ思いついたかは記憶にありません。ただ、仕事を進めているときはそのテーマだけを考えずに、たとえば映画を見に行ったり街に出かけたり別のジャンルに振ることが必要だと思っています。
そして、あえて自分の不得意なことに挑戦してみること、何か準備して学習することではなく、やってみることがクリエイティビティを高めるためには重要だと感じています。画像がつくれ音楽もつくれるのにユーモアがない、という場合は文学性が欠如。なるべく普通の劇映画や文学作品に触れるのがおすすめです」とメッセージを贈られた.

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